
久しぶりの京都駅。


これ!
ランチ食べて


リヒノフスキー侯爵
この人はヴァイオリンを演奏し、モーツァルトを支援したりしています。
妹が「おもしろいカバン屋さんがISETANに来るから行かない?」と、誘ってくれたので行って来ました。
何がおもしろいかっていうと、バッグの生地、持ち手、リボンを自分で選んでつけられること。
常設店舗ではないので、来たときに行かないとありません。
妹は2回目なので、夏仕様のバッグのリボンと持ち手を替えて

秋冬仕様に
妹は新たにもう一個

私はさんざん迷って

これ!
これは楽しい~。
バッグの生地がしっかりしているのできれいで、長持ちするらしい。というのは妹曰く。

ランチ食べて
久しぶりに姉妹だけで語りました。
帰ると、ヴァイオリンの島崎さんが、「コロナでずいぶん合奏してない!合奏に飢えてる。一緒にしてよ~!」とFBからお願いされていました。
ワクチンも打ったので、密にならないように、ビオラの金重さんと三人で10月にトリオしましょうとなりました。
曲はベートーベンのセレナーデ。
ルートヴィヒ ヴァン ベートーベン(1770-1827年)のセレナーデop 25

13歳のベートーベン
1795-96年にフルート、ヴァイオリン、ヴィオラのために作曲され、6つの楽章からなります。
後にベートーベン自身によって、フルートとピアノのために編曲されました。そちらはop41と呼ばれています。
ウィーンからボンに移り、リヒノフスキー侯爵の家に住みます。
革命のせいでボンの楽団が解散して路頭に迷い、父のうつ病とアルコール依存のせいで弟たちを養わなくてはならなくなり、大変でした。
が、リヒノフスキー侯爵が屋敷の一部に住まわせてくれ、イタリア式の楽器や、年金600フローリンももらえるようになります。

リヒノフスキー侯爵
この人はヴァイオリンを演奏し、モーツァルトを支援したりしています。
父親も1792年に亡くなり、ようやく安定した生活を送るようになり、きちんとした身なりをし貴族向けの曲を書いていた頃です。
この曲を出版する頃にはウィーンで人気が高まっていました。
第1楽章Entrata「入場」
第2楽章Tempo ordinario d'un Menuetto
第3楽章Allegro molto
第4楽章Andante con Variationi
第5楽章Allegro scherzando e vivace
第6楽章Adagio
第7楽章Allegro vivace e disinvolto
第1楽章Entrata 演奏メロスアンサンブル
ホームページも楽しくていくつも買いそうになります。(懐具合があるので買えませんが😅💦)
自分でカスタムするので、買った後の愛着も大きいですよ。
楽しんで下さいね✨
レクリエイティブというブランドなんですね。ホームページがとても楽しくて、バッグの生地や持ち手やリボンをいろいろチョイスできて、着せ替え人形のようです。
あんまりにも可愛くて、新作のライラックアッシュの生地のバッグ、オンラインで購入してしまいました。
素子先生のおかげで、とても素敵な買い物ができました。
いろいろ値上げの秋になるようです。困ったものです😓
京都市交通局では バスと 地下鉄の 値上がり致しますので
取り扱いに 注意!
地下鉄の 初乗り運賃 現行値段から 210円から 確か 230円へ 確か 汗
市バス 均一 230円 から 250円へ
ちなみに 企画乗車券等は 各 現行値段より 各100円以上 ぷらす
ちなみに 今発売していない スルッと関西 の 企画乗車券
私鉄と地下鉄と 各バスの 共通カード
値上がり無し ※ 外国向けで 発売
また 日本国内向けの カンサイスルパス 発売は 現在未定
発売していれば エリア内やと 関係なしで 乗れる
書き込み以上っす!
完!
ベートーベンは楽譜を売ることに熱心で、3人集めないと出来ないトリオより、人気のあったピアノとフルートの二人でできる楽譜が売れることを知っていたと思います。
音楽の才能だけではなくGacktさんのように
先見の明があったと思います。
それにかなりお金にはシビアだったようです。
倒れられたとのこと驚きました。
お身体お大切に、ゆっくり養生なさって下さいね。
ベートーベンはバロックとロマン派への橋渡し的存在なのでそうです。ハイドンに弟子入りしたくてウィーンにやって来たぐらいですから。
アレンジしたのでしょうか、、
なんか軽快な曲ですね。
今も昔も音楽家にはパトロンが
必要なんじゃ無いでしょうか?
確かに現代では、流石に居ませんけど、、
音楽家に取っては昔の方が良かったかと。
まあ、私の師匠である妹尾さんは、、
レコードやらCDは1990年代までで止まって
居たので。専属して居たビクター音産の
「フライングレーべル」が消滅して仕舞い。
彼は自分で録音したものを手作りCDに焼いて、
ライブハウスやら、コンサート会場で
売って居ました。私はタダで譲り受けて
居ましたけど・・・・・・。
ミュージシャンは大変ですよね、、
あのGACKT君は利口だから、先見の明が
あって1990年代のCDバブル期に、、
「これ、CD売れなくなるな、、」と踏んで、
このままではダメだ。だから会社経営を
しようと思い立って今や13社の社長ですよね
なんか人工ダイアモンドの制作会社の
顧問もして居るそうですね・・・・・。
自分の将来を見据えて居る人は違うと
思いましたよ。それで巨万の富を築いたの
だから。凄いです。。。
また、関係ない話を書いて居ますね、、
ああ、私は此間意識が無くなって、、
来週検査です。blogの更新は1ヶ月程、
休みますが、過去記事など見てくれたら
嬉しいです。人のblogには見に来ます。
宜しく・・・・。
最後にお土産です。昔の歌謡曲ですが、、
いい曲ですので聞いてみて下さいね。
https://www.youtube.com/watch?v=6oJad8sG5ac
それではまた・・・・。