5月5日、端午の節句の日に次男は産まれました。
今日が、お誕生日です。
我が家では、子供達の『お誕生日のお祝い』が、その年の一番大きなイベントでした。
招く客も、彼らが幼い頃は祖父母をはじめとする叔父や叔母、あるいは従兄弟などの親戚が主でしたが、成長するにしたがって友達が主体になり、わいわいガヤガヤと賑やかなパーティーになりました。
それも、高校生になると招待客を呼ばず、私達家族だけのささやかなものへと変わっていきます。
でも、内容は変わっても、『お誕生日のお祝い』をしなかったことは、それまで一度もありません。
さすがに、大学生になると、それぞれが忙しくなり、お誕生日どころではなくなってしまったために、我が家の一大イベントも終了しました。
ただ、プレゼントの調達役だった夫は、家で、『お誕生日のお祝い』をしなくなってからも、息子達にプレゼントを贈り続けていました。
彼らが大学を卒業して社会人になってからも、また、結婚してからも・・・・です。
それは、昨年、夫が亡くなるまで続きました。
40歳にもなる息子に、まだ、誕生日プレゼントを贈るなんて、過保護以外の何物でもないと言う気もしていましたが、でも、今にして思えば、夫は、息子に誕生日のプレゼントを贈ることで、親の感覚を呼び戻していたのかも知れません。
子供は、特に男の子は、大人になるにつれ、父親を煙たがり、そばに行こうとしなくなります。 (我が家だけかしら・・・?)
反抗的な態度をとることも多々ありました。
息子達の気持ちがどうであれ、夫は、平常と変わらない態度で、彼らの誕生日には欠かさず、プレゼントを渡していました。
去年の今頃は、夫は入院・闘病中でしたが、息子の誕生日を忘れることなく、病室からデパートの外商の担当者に電話をかけ、プレゼント(お仕立て券付きのYシャツ)の手配をしていました。
今年は、亡くなった夫の代わりに、私が息子へのプレゼントを考えようと思ったのですが、生憎のコロナ騒ぎでデパートが休業中のため断念せざるを得ません。
そのことを息子に言うと、「今までのことで、充分過ぎるほどだよ・・・」との返事。
父親の気持ちは息子にもキチンと届いていました。
ただ、父親の生存中に、もう少し、優しく、素直な態度で接していれば良かった・・・と後悔はあるようですが。
(それは、私も同じ事で、あれも、これもと、全てが後悔だらけです)(>_<)
『後悔、先に立たず』・・・ですね。
(写真の五月人形は、次男の幼い頃の面影に似ている気がして、見つめていると、胸が『キュン!』となります。)