▼ Xにはメニエル症候群やアレルギー性じんましん等の治療歴があったが、新社屋移転前と移転後ではXの症状は明らかに異なり、移転後の症状は新社屋において発生したホルムアルデヒドにより化学物質過敏症に罹患したものとみるのが相当である。
▼ 本件発症は、12年5月ないし8月にかけてであるところ、当時行政はホルムアルデヒドの室内濃度指針値を0.1mg/m(0.08ppm)と定めてはいたが、事業者に対しホルムアルデヒドによる健康リスク低減措置を求める通達が発せられたのは14年3月のことであり、本件当時、XがM社に対し具合の悪いことを伝える等していたとしても、Xの症状が新社屋の改装によって発生したホルムアルデヒド等の化学物質によるものと認識し、必要な措置を講じることは不可能または著しく困難であったといえる。
▼ Xを診断した医師から、M社に対し社内空気清浄が必要であるとの説明がなされた時点で、同社には化学物質発生の可能性を認識し、安全性を検討すべき義務が生じたといえるが、その後、Xが就労したのは4日間であって、その後には休職していることからすると、当該義務の不履行とXの被害の発生・拡大の間に因果関係を認めることはできない。
▼ Xほど深刻な症状の者はいなかったこと、本件ホルムアルデヒド濃度は、一般健康労働者にとっては症状が出るほどの曝露濃度ではなかったこと、医師の間でもシックハウス症候群または化学物質過敏症が広く知られていたとは認められないこと等からすれば、M社において、安全配慮義務に違反したとまでは認められず、また、換気によって、Xの症状がより軽度にとどまったことを認めるに足りる証拠はない。
1)本件控訴を棄却する。
2)控訴費用は、Xの負担とする。