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らびおがゆく Vol.3

山形県を中心とした演奏活動等

アクセント

2017年03月12日 23時59分59秒 | ヴィオラ
 最近、楽譜を読むにあたって一番悩む記号があります。

 ズバリ「アクセント」です。

 アクセントは、楽譜上のある音符を強調、強勢して演奏する事なのですが、そのアクセントは、一旦強く弾いて、すぐに音が抜けるのか?もしくは、ただはっきり演奏して欲しいのか?短いアクセントなのか長いアクセントなのか?作曲家や、曲、もっと言えばその部分によって多種多様な解釈が生まれます。

 アクセントは弦楽器のピッチカート(指で弦をはじく)奏法と同じで、扱いによっては諸刃の剣になってしまいます。

 ただ単にアクセントを考えなしに勢いだけで入れてしまうと、ピッチも不安定になりかねないので、その扱いは慎重に選ばなければなりません。

 楽譜は、不完全なもので、脚本家が書いたセリフと一緒で、どう演じるかは演奏者の方に任されていることが多いのですが、作曲家の意図をちゃんと考えて、演じなければそれはただのセリフの棒読みになってしまいます。

 アクセントは通常頻繁に書き加えられるものではないのですが、音の発音をはっきりさせるために、あまりにも自動的に(私には無用に感じられるのですが)全ての音にアクセントを感じさせるような演奏をする人達がいます。そういう方々とアンサンブルをしていると、タイミングやピッチのズレを修復しながら演奏しなければならないので、こちらはより疲弊してしまい、集中力が削られてしまいます。ソロであっても押し付けがましいアクセントの嵐のような演奏は聴いていて疲れてしまいます。

 プロでもアマチュアでもこの音には、アクセントがあるのかないのか?(もちろん表記されていなくてもアクセント気味に演奏する箇所は山のようにあります)常に考えながら演奏したいものです。
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いつまでも

2017年03月03日 23時59分59秒 | ヴィオラ
 昨日の山形響演奏会では、長年の恩師K先生が客演首席で来てくれました。

 会話の中で、オケを辞めてから自分の欠点を2箇所見つけて、現在矯正に勤めているという話が持ち上がりました。

 最近は、その修正部分が、終了間近らしく、以前より楽そうに演奏しているのに、音が深くなっていました。

 定年を迎えてからも自分の修正点を自ら見つけ、修練している姿は、弟子として眩しく映るとともに、この方が先生でよかったと改めて思う良い機会になりました。

 先生に負けないように、頑張り続けます。
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楽譜への書き込み。

2017年02月04日 23時59分59秒 | ヴィオラ
 大学オケに所属していたり、市民オーケストラに所蔵していた時分は、私もそうでしたが、指導する立場になって最近感じることがあります。

 先生に言われた注意事項を、演奏会で使用する楽譜に全て書き込む人たちがいるのに気付きました。

 例えばボウイングの変更を先生に指示されたら、消しゴムを使用せずに書いてあったボウイング記号をぐちゃぐちゃと消して、その付近に逆のボウイングを書いたり・・・・音楽的なアドバイスを日本語で「もっと弓を使う・弓先から・早い弓で、もっと元気に、ここは目立つ・・などなど」書き込みが多くなって、しかも速書きのため大抵は汚い走り書きのような文字で、作曲家の書いた音符が読めないほどに、一生懸命書き込みのです。

 先生から少しでも良いアドバイスを受けようと一生懸命なのは認めます。しかし、その楽譜で練習するときならいざ知らず、本番の時に目に入る日本語は邪魔にならないのでしょうか??

 音符もフレーズも読めて、尚且つその指示も本番中に演奏しながら頭に入って演奏できるのでしょうか??

 出来たら超人です。

 私なら、なるべく書き込みを減らして、音楽に集中したいですから、余計なことは頭に入れるのが前提で、綺麗な楽譜をいつも見ていたいのです。

 オーケストラだったらプルトを組む事が普通で、二人で一つの楽譜を見ながら演奏します。

 音楽には調性があるのに、シャープやナチュラル、フラットをやたら書き込む方がいます。その方の中には調性という概念がなく、一つ一つの音符をただ並べているだけなんでしょうね。私は、書き込みがあるとそれが、その調性にない臨時記号に見えてしまうので(転調かと勘違いさせられる時も)、出来ればよほど意外な音でなければ、調号は書き込んでほしくないのです。

 あとヴィオラの楽譜だとたまに見かけますが、ヴァイオリンの持ち替えの方が、隣の奏者に無断でフィンガリング(指使い)を書き込むのも勘弁して欲しいです。正直、邪魔でしょうがありません。消しゴムの消費が、後々多くなります。

 隣の人と同じ楽譜を見るのだから、書き込む時は美しく最小限度に書き込みはするべきです。
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弾き初め。

2017年01月07日 23時59分59秒 | ヴィオラ
 年末年始、個人的な練習は置いておいて、本日山形Qの弾き初めでした。

 一年の計は元旦にあり、今日は元旦ではありませんが、正月明けの弾き初めで今年の活動のスタートホイッスルがなったような気がします。

 今年もおそらく多忙を極めそうです。次の年末までGo!なのかもしれません。

 久しぶりに長時間弾き続けましたので、力んでいるつもりはないですが、筋肉もバリバリ、まだ体も起きていません。

 帰宅後、恐ろしく目が疲れていることにも気づき、目の奥がず〜んと痛いのです。普段の練習は、あまり楽譜を凝視することはしないようにしているので、久しぶりの練習で目が必要以上に疲れてしまったようです。なので、ものすごく久しぶりに肩こりも発症。

 体が慣れてくれば、疲れない体に戻れるのですが、もう少しの辛抱です。

 帰宅後、個人レッスンもありました。

 見本(と言えるほど素晴らしいものではございませんが・・・)を生徒に聞かせるときに、左手の指がつりました。

 それだけ疲労感満載だったようです。(情けない話です)。

 明日は、温泉でも行って少しメンテナンスします。
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ヴィオラ Vol.47

2016年10月06日 23時59分59秒 | ヴィオラ
 最近、他人の練習方法でとても気になっていることがあります。

 プロでもアマでもオーケストラの練習場にて、その人は練習をしなければならない曲があるとします。

 練習するのは褒めることは出来てもけなすことは出来ません。凄いことですから。

 ただ私が気になっているのは、その方法なのです。他人は自分の鏡ですから、よく観察していると・・・・・。

 その方々は、まだ楽譜の音符が十分に並ばない状態から、フルスイングで(大音量で)、幾分早めのテンポで、気持ちを入れる練習をされるわけです。その方々の練習方法/調整方法ですから、止めさせる事はするつもりがないし、そんな事を言う権利も私にはございません。

 私が、上からですみませんが言わせてもらえれば、それは練習ではなくて、癖の上塗りなので、即刻止めて休んでいた方が本番に上手く行く可能性は上がりますよと言いたいです。

 楽譜の音符が並ぶまでは、弦楽器だったら冷静に、なるべく気持ちを入れないで、弓は弦に噛まなくてもいいから(弓の毛の節約になりますよ。消耗品ですから)、小さい音で(耳の節約になりますよ)、ゆっくり確実に弓の速度や使う場所を考え、適切なヴィヴラートを選択するなどしながら練習すれば、遠回りなようでその曲が弾けるようになる一番の時間節約になる気がします。

 スカスカの音で良いので、体も全然疲れませんし、「楽器を演奏するのには、まず脱力だ!!」と先生方から言われた感覚が、身につく感じがします。

 楽器を良い音で(良い響きで)ならす練習は、別の練習を(開放弦のボウイング、音階・エチュードなど)静かな家で練習する方が良いと思うのです。

 わざわざ、私はこの曲を一生懸命に練習しています〜!!とアピールする必要もないし、音が並んでいないのですから周りに、カッコ悪いのを印象付けるのを避けられます。

 
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やっと少しずつですが・・・・。

2016年09月15日 23時59分59秒 | ヴィオラ
 一昨日に庄内地方の高校で音楽鑑賞教室を行った後、秋田県の大曲に移動。

 そして昨日、大曲南ロータリークラブさんの主催・東北電力大曲営業所の協賛で、大曲支援学校にて、山形響の仲間達10人とコンサートを行って参りました。

 本日は、山形響の派遣で、(メンバーは山形Qの4人)県立こころの医療センターにてコンサートを行いました。

 約16年前(この10月で16周年を迎えます!山形Q)の第1回定期演奏会のプログラムの挨拶文に書かせてもらいました「病院等で演奏して山形〜地元に還元できるような団体になりたい」という希望が(当時は夢物語のような話でした)少しずつですが、可能になってきました。

 私達のような個人活動で行っている山形Qの名前より、結局!!母体である山形響がこういう活動に対して積極的に動き始めてくれたのが、一番大きいのです。

 普段なかなか演奏会にききに行くことの出来ない生徒さん達や患者さん、病院スタッフの方々にコンサートを提供できる事は、演奏家としても大きな喜びを感じています。

 個人的な話ですが、音楽大学に行く前2年間ほど精神科のある大病院で嘱託職員をしていた事があるので、こころの医療センターの雰囲気はとても懐かしく感じました。

 昔のような一般世間から患者さんを隔離するような施設(窓に鉄格子があるような・・・)ではなく、院内も明るく開かれた感じがして、現在は、だいぶ心の医療も姿を変えてきたのだろうと吃驚しましたが。

 また是非機会があれば、行きたいです。関係者の皆様!誠にありがとうございました。

(写真)移動中の月山道にて。
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レッスンの効用

2016年09月07日 23時59分59秒 | ヴィオラ
 カテゴリー的には、ヴィオラでも指導でも無いのですが・・・・・・。

 オーケストラのお仕事、クァルテットの活動、大学のオーケストラサークルの指導以外にも個人レッスンを不定期ですが行っています。

 個人レッスンですが、毎年のように生徒さんのレッスン希望の回数が変わりますので、やたらとレッスンを行っている年もあれば、ほとんど行っていない年もあります。お子様の場合、生徒さんの家へ訪問して指導する場合もありますが、大学生以上の生徒さんは基本的に我が家へ来てもらってレッスンをしています。

 レッスンは、基礎、エチュードやら課題曲を見ています。一生懸命練習してきたものを見て、駄目出しだけではレッスンの役割は半分で、先生は整体師のように楽器を演奏する生徒さん達の歪みを整えてあげて、レヴェルアップのための方法を一つでも良いからお土産に持たせてあげるのを理想としています。

 今日は、こんな話を書くつもりではなく、レッスンの私への効用を書こうかと思いました。

 教える事で(言葉で説明・見本演奏など)、自分のヴィオラの演奏へも役に立つと思います。

 私個人的な最大の効用は、生徒さんが家に来るので、部屋を片付ける力が湧く事かもしれません。忙しい毎日を送っているので、だんだんと部屋が乱雑になってくるのは仕方ないところ。しかし、いざ休みがあってもなかなか部屋を綺麗にするモチベーションが上がりません。部屋の乱れは、心の乱れ・・・・・。分かっているんですよ。毎日少しずつやればたまらないものを、ためてしまうのは私の悪い癖。

 掃除機は意外と頻繁にかけるものの、読んだ本、聴いたCDなどついつい積み上げて、だんだん部屋が窮屈になってきます。

 レッスンの約束を入れてから当日まで、かっこわるくない程度までは部屋を整えなくてはなりません。

 レッスン当日、よそ様の家の部屋のように綺麗になっているので、私へのレッスンの最大の効用は、心の乱れ(部屋の汚れ)が激減する事なのかもしれません。

 しばらく、レッスンが無いと少しずつ・・・・・・。しょうがないのかな・・・・。
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やればできる。

2016年08月22日 23時59分59秒 | ヴィオラ
 楽器だけの話ではないのですが・・・・・・。

 みなさんは親に「やればできる」なんて言われたことはありませんか??親としては、子供の能力は高いと思いたいし、この子はいつかは着火してくれて、例えばその内に勉強に専念して成績も上がってくれるだろうと希望もあるでしょう。そして子供に「やればできるのに・・・」という言葉を染みこませてしまうように思います。

 本人も「私は(俺は)やれば出来るんだ!」と思い込んでいるのが始末におけないところ・・・・。無意味なプライドだけが高くなってしまいます。
 
 楽器の話に戻せば、楽器を演奏する最大の才能は、何時間でも努力することが出来る事というのは、わかりきっていることです。子供の頃に少し器用で、まわりの子達よりエチュードや曲が進んだとしても、そしてプロになれたとしてもそんな努力しない人は、熟す前に落果してしまい腐ってしまいます。

 ここまで書けば分かるでしょう??

 やれば出来るという言葉は、一種の思い込み・洗脳・勘違いで、「やれば出来る事をしないから、現在は出来ていない・・・・それを放って置いているのを許しているあなたは能力が根本的にないので、やれば出来る人ではなくて、やらないので出来ない人」なんだと自覚が必要です。

 自分はそうなりたくないなぁ〜と思ったのが20前後の頃・・・・。

 もう30年近くやってきているのに、まだ足りないのか、才能がないのか?やるべき事を本質的にしていないのか・・・・。

 オヤジの独り言でした。
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対策・・。

2016年05月23日 23時59分59秒 | ヴィオラ
 座っている時間が長くて、腰痛にたびたび悩まされてきました。ウォーキングなどしてだましながら生活しています。

 山形Qで利用させてもらっている公民館に、置いてあった話題の腹筋マシーンでたびたび遊んでいました。

 この年になって、腹筋がいくつに割れているとかを自慢するような感性はもはやございません。そんなことよりこの腰痛をどうにかしないと。と思い今回この器械を購入するに至ったのですが。

 腹筋を鍛える効果よりも、普段忙しいとたびたび痛める背中の筋肉に効果があることが分かりました。

 学生の頃までは体の大きい人に背中合わせで担いでもらって緩めるような~背中のストレッチ運動が簡単にできるのが、予想をこえた一番の収穫でした。

 愛犬~ピノコが不思議そうに見守ってくれる中で、毎日少しずつやってゆきます。
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レヴェルアップチャンス。

2016年01月29日 23時59分59秒 | ヴィオラ
 山形Q 第58回定期演奏会を終えました。

 本番少し前から、本番の反省をへて本番直後から、疲労感はあるものの、アドレナリンが大量に出ているからなのか??休む事無く、無性に自分のヴィオラと向き合いたくなります。本番前は演奏会の成功をイメージして、本番後は自分が至らなかった点(他メンバーやお客様にばれていようがばれまいが、自分の中で失敗だったと悔しさは必ずあるものです。)の補強の練習になります。どういう音でヴィオラを奏でたいのか?という事をクァルテットを15年以上続けてきて、少しずつ改善をして参りました。

 15年前とは、同じ曲を演奏するにしても感じ方も演奏方法一つ一つ別人のように違います。(1年前でさえ、もう違います)。

 「Back to the Future」や「JIN-仁」の世界のように、もし過去に行くことが出来たら20代の学生時代だった自分に会って、「君の方向性は間違っているよ!練習仕方もまずいね、こういう感覚で演奏するんだよ」などとその時に最適なアドヴァイスをしてあげられるのに・・・・・。なんていつも思ってしまいます。

 今回はF.シューベルトのD.87を約8年ぶりに演奏しました。過去の自分が譜面に書き込んだボウイングや注意事項も的外れな気がして、あんなに苦労していたのは過去の自分が稚拙だったのだな・・・と気恥ずかしい気持ちもわき上がります。

 本番前後は、自分と向き合える良い機会なのだなと・・・・実は、今が最大のレヴェルアップチャンスなのです。
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他人の手

2015年06月07日 23時59分59秒 | ヴィオラ
 安部公房の小説に「他人の顔」てぇのがありましたっけ・・・・・・。

 学生の時に先生に「一日練習を休めば自分に分かり、二日練習を休めば隣で演奏している人に分かり、三日練習を休めばお客様に分かり、四日練習を休めば素人に戻る」と言われていたのを思い出します。

 1週間の入院のせいで、ただいま私は、先生の言葉通りなら、完全にずぶのド素人になったわけですが、体力回復を図ると共に、楽器の感も取り戻さなければなりません。

 極端な話に聞こえるかもしれませんが、松ヤニの塗り方、楽器の構え方まで忘れてしまったような感覚で昨日から練習を再開しました。

 せっかくなので、もう開放弦を鳴らすところから小一時間・・・・楽器もいじけているように感じます。それだけで、もの凄く疲れる気がします。

 しかし、あがいたり、苦しんだりしないように休み休み。

 本日は、J.S.Bachの作品を(基本から)少しずつ弾いて行きます。

 まったく右も左も自分の手ではないような・・・・。

 自分の思い通りにはなりません。もう少し以前のようになるには、時間が必要かもしれません。

 頑張ります。

 明日からオーケストラの現場へ復帰予定。

 焦らず少しずつ・・・少しずつ。
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人の音を聞け!!

2015年05月03日 23時59分59秒 | ヴィオラ
 アンサンブルの時などよく「人の演奏(音)を良く聞け!」と指導を受ける事があります。

 私も学生時代は何度か言われたことがあります。

 では?そもそも一緒にアンサンブルしている人の音を聞かない人がいるのでしょうか?いませんよね。おそらく。

 そういう風にアドバイスを受けると「私は聞いていますよ」と言い張る人もいます。でも他のメンバーは、その人が自分勝手に演奏していると主張します。

 これはどういうことでしょうかね?

 私の楽器~ヴィオラの場合、ヴァイオリンやチェロのように反応の早い楽器ではありません。だからといってカラヤン&ベルリン時代のコントラバスのようにみんなより早く音を出してもずれてしまいます。ヴィオラの楽譜は他の楽器より少し楽譜上、音が少なかったり、音飛びが少なくて困難が少ない場合が多いので余裕が少しあります。

 他の音を聞けと言われて、聞きながらその音にただつけるような演奏は、自分が合っていると思って音を出しても遅れてきこえてしまうこともしばしばです。私も人の音を聞いてそれに合わせて行くような演奏をしばらくしていましたが、ある時気づきました。人の音は聞きすぎても行けないし、聞くなら特定の音ではなくて、自分の音も含めた全体を聞くべきだと。

 自分だけ気持ちいい音の合わせ方だけでは、全く不十分だと結論に至りました。

 全体の音をさらに聞こえるようになるには、スコアを勉強すればいいのでしょうか??勿論です。

 もっと効果的な方法(私だけかもしれませんが・・・・・)教えましょうか??簡単なことでがっかりしないで下さいね。

 自分のパート譜を穴が開くくらい練習することです。

 自分のパート譜を熟知して余裕が生まれたとき初めて、他人の音の聞こえる量が格段に増えます。

 ちょっと詰まらない話でしたかね??
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籠もる

2015年04月22日 23時42分08秒 | ヴィオラ
 音楽大学に入学する前後は、冷暖房のないところで・・・寒いときはジャンバーを着て、夏は首にタオルを巻きながら必死に練習したものでした。

 とにかく練習時間を取らなくては!!と半ば強迫観念に似た気分で毎日過ごしておりました。

 話は脱線しますが、私の母校~武蔵野音楽大学の江古田校舎が建て替えされるようで、今までは1・2年生が入間校舎で、3・4年生が江古田校舎だったのですが、江古田校舎を建て替えて1~4年生まで江古田校舎に通うようになるそうです。学生の人数もしぼってゆくのですかね・・・よく知りませんが。1年生にとって4年生なんてもうお姉たま、お兄たまでレヴェルも違うし、良い目標設定が出来るのでしょうね。今までは上下の一学年しか知り合わなかったのですが(特別な出会いは置いておいて)、今度からは上下かなりの学年と知り合う良い環境になると思います。

 話戻ります。

 とにかく若い頃は、時間をかけて練習しました。(おそらく・・もう忘れています。その頃の苦労は)。

 年齢を重ねるにつれて、練習の仕方が大きく変わりました。体の色んな所、特に体力的なこと、気力色々ですが、若い頃のようにならなくなってからです。

 出来ない事があると(楽譜が弾けない事)、以前ならがむしゃらに練習していましたが、楽器を持ったり持たなかったりですが、何故弾けないのか?何が原因なのか?何が分かっていないのか?など弾けるための最短コースを考えてから練習するようになりました。簡単に言えば体より頭を使うようになりました。

 そして、その中でも弾けない原因探しが一番の練習になると結論づけて練習しています。

 さて、4/25(土)・今度の土曜日に山形市文翔館で山形Q 第55回定期演奏会があります。

 4人での練習は後、ゲネプロ入れて2回!

 最終チェックに入っています。

 もう何日もない今にきて、(録音を聴いたりなどして)自分が弾けない場所や勘違いしている場所が色々見つかり始めています。全てをクリアーにするためにここ数日、若い頃のように時間を取って練習しています。勿論体力勝負だけではない練習ですので、頭も疲れますが少しずつクリアーになってゆく自分の楽譜が、まぶしく見えてきました。

 もう3ヶ月近く練習しているのだから、今頃??遅いだろう!!という声が自分の中からも他からも聞こえてくる感じがします。元来スロースターターなので、これでは駄目だと思いつつ頑張っちゃっているんです。

 演奏会に来てくれるお客様のために良い演奏をというのは勿論ですが、自分は他のメンバーに恥をかきたくないと常々思って練習しているんですが、今回は、ちょいと苦手な無調系の曲なのでいつもより苦労しちゃっているんです。

 でもだいぶ先が見えてきているので土曜日には万全になるでしょう(希望的ですが)。

 演奏会どうかご来場下さい。

 一度練習し始めたら止まらないのですが、練習に入るまでが長いのが今後の課題かもしれません。(余話)
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楽譜をめくる。

2015年04月12日 23時59分59秒 | ヴィオラ
 10年ほど前からヴィオラを演奏するのに肩当て無し、滑り止めの布(など)無しで演奏するようになりました。

 若い頃にある方に、肩当てなしの方が結局は楽だよ!とアドバイスを受けていたのですが、その時は無理で・・・結局山形響に入団してから試みてきました。今では、肩当てはない方が演奏しやすくなっているので、数年ごとに壊れる肩当てを買わずにすむし、ふとしたときにボトっと落としてみんなに注目を浴びることもありません。

 演奏には支障が無くなったのですが、ただ一つ問題があるとすれば、譜面のページをめくる時。

 肩当てがあれば楽器をアゴに挟んだままどちらかの手でめくる事が出来ます。

 私は基本左手でめくりますので、楽器を右手でもって素早く左手でめくるようにしています。オーケストラの時はほとんど問題は無いのですが、年に5回未満くらいしか譜めくりの機会がないので、(基本的に表側に座って楽譜をめくる機会はありません)譜めくりの技術は年々退化しています。

 クァルテットの時は、自分の譜面は自分でめくるのは当たり前ですが、1小節もしくは1~2拍で楽譜をめくらなければならない時は、少々緊張がともないます。めくれずに間に合わない事がないようにするためです。楽器を演奏するときはない譜めくり震えが手に起きることもあります。汗。

 演奏以外にも練習が必要なのは分かっていますが、何年経ってもやれていません。今後の課題の一つです。

 ただ写真のような譜めくり出来ない箇所は、困りものです。作曲家の音楽のせいではなく出版社のセンスの問題のような気もします。

 要らない気遣いが必要な作品は演奏頻度が下がる可能性があるように思えるのですが・・・・。

 出版社頑張れ!!
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準備中

2015年03月27日 23時59分59秒 | ヴィオラ
 明日は、第14回目となるつくしんぼコンサートが行われます。

 つくしんぼコンサートと名前がついていますが、山形Qのメンバーと元メンバーの生徒さん達の所謂発表会になります。もう14年目なのか・・と時間の経つのがはやいのに吃驚している場合ではなく、私目の役目は当日のプログラムを制作すること・・・・。

 出演する子供から大人達の名前と演奏曲の最終チェックをしながら・・・(これね自分の生徒さんではない子もいるので、毎年間違えが発見されて申し訳なく思っているのです)・・・意外と大変なんです。

 最初の頃、よちよち歩きだった子が高校生・大学生になっているのですからそれなりに歴史も出来てきました。

 しばらく私の生徒さんの出演はありませんでしたが(数年、生徒さんを持たないようにしていました。無責任に教える事は出来ませんから)、今回は社会人の方が一人出演します。

 その生徒さんはプロ指向ではないので、自分の演奏したい曲を演奏しなさい!と後先考えず選曲させて、それに向かわせました。

 私の子供の頃は、発表会が近づくとソリャ~モウ逃げ出したい憂鬱な日でしたとも!

 でも色々経験して、折角練習した曲を本番にかけることが、どんなにその人の上達に繋がるかだんだん分かってきました。

 明日は是非とも頑張ってもらいたいものです。
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