くまドン旅日記

写真が趣味です。自然の風景、旅行、歴史に興味を持って撮影を続けています。

名所江戸百景028 第49景 水道橋駿河台 鯉のぼり

2013年05月01日 12時30分26秒 | 名所江戸百景
 こんにちわ、「くまドン」です。

 今回は、子供の日が近いので、鯉のぼりについてです。

 広重の名所江戸百景にも、鯉のぼりを題材にした絵があります。
 下の絵は名所江戸百景「第49景 水道橋駿河台」です。

 現在のJR中央線お茶の水駅と水道橋駅(すいどうばしえき)の中間あたりの本郷台地の高台から南西方向を見下ろした風景です。
 手前の大きな鯉のぼりが風に吹かれて動く様が良く描かれています。奥に商家の元気に泳ぐ2匹の鯉のぼりと、武家の旗(のぼり)、富士山が遠近法を用いて、鯉のぼりの隙間にバランスよく描かれています。
 絵の下の川は、神田川(かんだがわ)です。奥にかかっている橋の手前に水道橋(すいどうきょう、水が渡す橋)があったらしいのですが、何故か広重の名所江戸百景に描かれていません。

【鯉のぼり】
 江戸時代の旧暦の5月5日に、「端午の節句(たんごのせっく)」「菖蒲(しょうぶ)の節句」が行われていました。
 武士の家では、菖蒲と「尚武」を語呂合わせして、奥座敷に鎧(よろい)・兜(かぶと)を飾り、玄関に旗指物(のぼり)を飾り、男児の立身出世・武運長久を祈る年中行事でした。(絵の旗のある家は、武士の家です。)
 鯉のぼりは、江戸時代中頃に裕福な商人の家で始まった習慣でした。最初の頃は、経済的余裕の生まれた商人の家で、武士のまねをして、武具の模造品を作らせ、五色の吹き流しを飾りました。さらに吹き流しに鯉の絵を描くようになり、現在の鯉のぼりが生まれたわけです。(逆に言えば、武士の家は鯉のぼりは飾らなかったわけです。)
 江戸時代の鯉のぼりは真鯉(まごい、黒)のみで、さらに、関東地方の風習で、関西にはありませんでした。明治以降に緋鯉(ひごい、赤)が追加され、全国に広まりました。

 下の写真は、絵とは逆に、現在の水道橋の西にある後楽橋の隣にある歩道橋から東方向に神田川と水道橋を撮影したものです。

 写真の奥の広重の絵が描かれた付近に公園があり、春は川沿いに桜が咲きますので、それなりに写真になるのですが、この時期は、あまり撮影に向きません。

 従いまして、名所江戸百景「くまドン版」では、場所を変えて撮影したいと思います。
 (このプログは名所江戸百景の現代版「くまドン版」を作ることを第一目標としています。)

 この歩道橋の左手には、後楽園がありまして、
 後楽園と言えば、子供の頃や、修学旅行で、遊んだことがある方は多いかと思いますので、懐かしい方もおられるのでは無いでしょうか。・・・・・・・
 水道橋駅から、この歩道橋を渡って、後楽園の入り口に行くと、右手に東京ドームホテル、そして、左手には「黄色いビル」と呼ばれる建物があります。この建物の「黄色いビル」という名前は通称ではなく、正式名称です。そして、この写真からは、全く分かりませんが、外壁は黄色に塗られています。

 「黄色いビル」と言えば、年配の方なら、良く知っていると思いますが、ここは、日本最大の場外馬券場(場外勝馬投票券発売所)のある所です。現在は、「WINS後楽園」(写真の上に文字があります。)と呼ばれています。

 その他にも、ビル内にはボウリング場や、バーチャルスポーツ体験ができる「バーチャルスポーツプラザ」、おもちゃのテーマパーク、ゲームコーナーがあります。

 食事処も敷地内に写真のようにあります。観光スポット目白押しです。

 さらにその先に続くのは、東京ドーム(左)と後楽園遊園地(右)です。


 後楽園遊園地の施設は、撮影にも向いていますので、何枚か撮影しました。
 もし、お子様連れであれば、ここから先に進むことは、難しいかもしれません。


 以上の観光スポット(難所?)を越えて東京ドームの裏側に行くと、交差点の上に歩道橋があります。
 この歩道橋の目の前に、営団地下鉄丸ノ内線(まるのうちせん)があります。丸ノ内線は、この付近では地上を走っています。

 ここに電車が通過すると、右の建物の隙間から現れた電車が、左にある建物「メトロ・エム後楽園」に吸い込まれていくような不思議な光景を見ることができます。(当然、逆に建物から出ても来ます。)
 この「メトロ・エム後楽園」は、丸の内線の「後楽園駅」にある駅ビルです。(1994年から開業)

 そして、下の写真のビルが、今回の目的地「文京(ぶんきょう)シビックセンター」です。同時に文京区役所です。
 地上28階建てのビルで、高さが142mもあります。東京23区の区役所では、最も高い建て物です。

 なお、地下4階まであり、地下で地下鉄4駅(都営地下鉄の大江戸線と三田線、営団地下鉄の丸ノ内線と南北線)と接続していますので、前述の観光スポット(難所?)を避けていく場合は、地下鉄駅から外に出ないで直接、文京シビックセンター入るのが最善となります。

 ほとんどの階は、区役所の受付ですが、25階には展望室があります。展望は東・北・西の景観を楽しめます。

 まずは、東側の景観からです。左奥にスカイツリーが、右端に後楽園遊園地があります。

 室内照明の反射を避けるために窓に傾斜をつけてあるので助かります。

 後楽園遊園地の所だけ、望遠ズームでアップに写してみました。


 再び、スカイツリーの方向に目を戻すと、左奥の高いビルの奥に緑地が見えます。上野公園です。


 上野公園の部分だけ、望遠ズームでアップに写してみました。

 よ~く見ると、高いビルの右側に、上野公園の五重塔(?)らしき建物が少し見えます。左はさらにそこだけ、トリミング(切り出し)してみました。
 不忍池は見えませんが、ビルの下付近でしょうか?

 高いビルの左側にある緑色の宮殿のような屋根と、その後方にある茶色の横に細長い建物は、「東京国立博物館」です。 

 北東方面を望むと、奥に横に真っ直ぐな道路の高架があります。首都高速中央環状線の道路です。
 下の写真の橋は、首都高速中央環状線(旧王子線)と川口線の分岐点にある、江北JCT(こうほくジャンクション)にある五色桜大橋(ごしきざくらおおはし)です。荒川放水路を渡る橋です。

 この旧王子線の飛鳥山(あすかやま)トンネルまでの区間は、用地買収の費用を抑える為に、上下二段の道路となっており、上層部が内回り(板橋方面)、下層部が外回り(江北方面)となっています。
 五色桜大橋も同様で、上下2段の「2層式ニールセンローゼ橋」(アーチ橋の一種)となっています。

 続いて、北西方向に目を向けると、池袋のサンシャイン60が見えます。


 ここまでは、4月の午後に撮影した写真ですが、西方向は逆光になりますので、
 この後の写真は、5月中旬に午前中に行った時の写真です。
 今回は場所の紹介が中心ですので、2回分の順光撮影を基本に載せていきます。

 広角にすると、このような雰囲気になります。右奥が池袋です。


 最後に南西方向に目を向けると、真ん中の一番奥に東京都庁を含む新宿高層ビル群が見えます。秋から冬にかけては、この高層ビル群の左に富士山が見えます。
 関東の富士見百景にも選出されていますが、5月中ごろの暖かさでは、大気の透明度が悪く、見ることができませんでした。また、別の時期にお話しします。


 写真の真ん中下にあるのが、上で説明した営団丸ノ内線の後楽園駅です。

 その右側にある公園が、礫川公園(れきせんこうえん)です。この公園の右(北)側に、3代徳川家光(いえみつ)の乳母(うば、母代りに子育する女性)である春日局(かすが の つぼね)の銅像があります。


 後楽園駅の左側にあるのは、小石川後楽園(こいしかわこうらくえん、都立庭園)です。


【小石川後楽園】
 江戸時代初期に水戸徳川家の江戸上屋敷につくられた築山泉水回遊式庭園
 水戸藩初代藩主・徳川頼房(よりふさ、家康の11男)が、水戸徳川家の江戸中屋敷(後に上屋敷)である現在の小石川後楽園に庭を作りました。
 さらに、子の2代藩主・徳川光圀(みつくに、水戸黄門)が庭園を改修して、後楽園と名づけました。江戸時代を通じて、水戸藩邸です。
 大正時代になって、岡山の「後楽園」と区別するために、小石川の名前が付けられました。
 水戸と言えば、梅が有名ですが、こちらは都立公園ですので、四季を通じて花が咲きます。


 さらに、左側に後楽園ドームの一部が見えますが、ドーム全体を見たい場合は、
 「シビックスカイレストラン椿山荘」で食事・喫茶をすると南側の展望を見る事ができます。

  先日、両親を病院へ車で載せていく時に、お昼をここで食べました。親戚のおばさんを含めて、全員美味しいと言ったので、味は間違いないでしょう。
 今年の4月の休み(GW)は、「くまドン」は、遠方に旅行することができませんでしたが、それでも、空いた時間の2時間や半日を使用して、根津神社や亀戸天神の開花状況などを見に行くことができました。

 皆様には、GW中は事故などには、お気をつけて、残りのGWも楽しくお過ごしください。 


 今回はこれで終了です。ありがとうございました。
 次回は、別の場所で、「くまドン版」の鯉のぼりの景を作ります。


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