山に登って、星を見る

山登りは、やっぱりきつい
でも、また登ってしまう
星空観察は、夜更かししてしまい寝不足になりがち

今度は大分県『臼杵城跡』へ

2015-12-03 07:52:00 | 旅行
臼杵市の古い町並みを散策したあとに、我々が向かったのはここ

臼杵城跡である

信号を渡り、石垣が迫ってきた
なかなかの迫力だ!

左の方へ進んで、お堀を渡る

O氏がどのように回るか画策中…

案内説明によると…

戦国時代1556年に大友宗麟によって建てられた
その後
福原氏、太田氏と城主は替わり
関ヶ原の合戦以降は稲葉氏が支配した
明治新政府の廃城決定により、殆どの建築物は残念ながら破壊された

等と、書かれてあった

O氏、再び進み始める

前方に封印された洞穴があった

このような場合
普通なら人が入れない程度に、簡単な木の柵があったりして
「入ったらいけないよ」
などと書かれた看板があるのだが

これはかなり頑丈だ
絶対に入れないようにしてあった

頂上台地へと続く石段を更に登っていく

散歩中の人とすれ違い

鳥居をくぐって左へ曲がる

「おー、ここまで登れば見晴らしが良くなった」

更に石段があり
頂上まであと一歩

上に登れば、今までの坂道がなかったかのように平坦であった

先の方で
O氏がまた案内看板を見ている

ここを築城したキリシタン大名の大友家
その後の福原家、太田家

その下に
大友宗麟が輸入した大砲の写真があった
しかも名前が
『国崩』

なんとも破壊力のある名前なのだろうか

更に進む

これはなんだろう?
『天台鳥薬という不老不死の薬木』?
その薬木がどこにあるのかは分からなかった

その時、O氏が
「大砲のレプリカがここにあるよ」
と教えてくれた

行ってみる

あった!

「意外に小さいなぁ」

横の軸受けの様なものにあるマーク

この『国崩』は大友宗麟が輸入したのだが、大友氏の家紋とは違う

更に上にには別のマーク

文鎮の取っ手の様なものがあった(^_^)v


進んでいくと、今度は頂上台地の反対側に縁に達する

『国崩』を見物中に賑やかだったのだが
保育園の散歩帰りの園児達が階段を下りていた

臼杵城の頂上台地はこの様な形

長く伸びた形をしている

海を臨む先端まで行って

今日はかなり遠くまで見えるのだが、遠くにあるので島影の様なものはどこだろうか

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2 コメント

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Unknown (ぽーらん)
2015-12-04 09:00:18
天気がよければいい眺めだったでしょうね
もっとも天気がよければ別のところに行ってましたが。
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でも… (K)
2015-12-04 10:22:34
意外に空は澄んでいて
まさか
四国が見えるとは思いませんでした

四国見たの半年ぶりかも、です
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