お絵描き日記~イラストレーター照井正邦

職人、照井正邦の似顔絵、意匠など。画力の向上を目的に練習しています。

「毛筆には到底かなわないから」という正しさからの脱却(似顔絵雑記)

2021-08-29 05:37:03 | 雑記

十五年年以上前の話です。
クロッキーの勉強をしているときに、油性ペンで線をひいていたので
「筆ペンを使ってみたら?」
というアドバイスを受けたことがあります。
けれど、「毛筆にはかなわないから」という理由で、その後もペンで描いてきました。
毛筆は最終的には、「墨が買えるか」の問題になってきますが、それはまだ何も走っていないのに、マラソンで完走できるかを考えているようなものでした。
今もまだ線ではなく、面表現との中間ですが、山藤先生の似顔絵の「ベタ塗りする」に似てきてしまったと感じています。
これで、線に抑揚がなければ、今度は和田誠先生ですね。
このような「誰かに似てしまうのではないか?」という悩みは、モデルさんが実際にいないで写真を見て描いているからだと思います。
モデルさんがいれば、どう描くかという画風や表現よりも先に、「(こう描いてほしい)」ということが、勘違いかもしれませんが伝わってきます。

モデルさんのメリットを描いたのでデメリットも言うと、「(描けないでほしい)」と思って描いてもらおうとする人がやってくる場合があります。
最初、意味が分かりませんでした。
また、なぜか私が一言も言っていないのに、真正面のポーズをとってじっとされる方もいました。それでは絵になりません。
おそらく、私以外の「NIGAOE」というものを伝えるための方々が、定評価を与えるために並ばれたのだと思います。
私は、「モデルの願いを叶える」のも仕事ですから、「(描けないでほしい)」という奇妙な願いを、勘違いかもしれないですが受け取り、未だにイベントへは参加ができていません。

そしてこのコロナ禍です。
それは、生きていくために必要な休養だと思って、散歩をしつつ絵を描き続けています。

「(描けないでほしい)」という雰囲気をモデルさんから感じたときには、「自分の画風で逃げる」ということが必要になってくるのかもしれません。

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