お絵描き日記~イラストレーター照井正邦

職人、照井正邦の似顔絵、意匠など。画力の向上を目的に練習しています。

マチエールが分からない(雑記)

2021-02-24 06:13:54 | 雑記
マチエールというものが分からない。
野球で流し打ちのヒットを打たれても、勝負に勝ったと投手が喜んでいるのが普通だと言われるくらい分からない。
描きたいからそうなったというのなら分かるけれど、
「こういう描き方が、それなんだよ」
と見せられても分からないままでいたい。
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散歩で小走りしてみる(雑記)

2021-02-22 05:20:42 | 雑記
今日は、散歩の距離を半分にして、歩く速度で走ってみました。
小学生のときの学内マラソンで倒れて以来、迷惑はかけまいと「走らない」と心に決めていたのですが、走ってしまいました。
速度は同じでも、呼吸法が変わってくるようです。
25mおきにつらくなって、たちどまりそうになります。
これは「何なのだろう?」と思ったら、「水泳をしていたときの癖」のようです。
遠泳、水泳だと思って走るとつらくありませんでした。
ただ注意しないといけないのは、現実は水泳ではなく散歩だということ。

サッカーのときに、バスケットボールのディフェンス方法をやって、反則をもらって退場になりそうになったことがあります。
フィールドのルールは厳守ですね。
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新ストライクゾーン!?(似顔絵雑記)

2021-02-19 06:59:41 | 雑記
似顔絵塾では、山藤先生が名捕手なのでボール球ばかり投げてきました。
塾生の投げないところへ。
ところがなぜか、私のコースがストライクに思え、ストライクゾーンが変わってきたと感じます。
もしかして、ストライクゾーンがバスケットボールのゴールになったのかしら。
フリースローしか決められない。
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現実ではない写実表現を(お絵描き雑記)

2021-02-09 10:40:19 | 雑記
詩ですら、ファクトチェックをされそうな時代。写実表現であっても、現実ではない世界を描いていきたい。
「事実確認」の必要のない景色を描いていきたい。
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インスタ映えしない絵画(雑記)

2021-02-09 06:39:14 | 雑記
インスタグラムにアクリルの絵画をUPしていたのですが、アクセスブロックされてしまいました。
細心の注意をはらい、絵画展のポスターにも掲載できたヌードだったのですが、載せられる基準はアートではないようです。
過食症も問題ですが、拒食症の方のシルエットの絵画だけになってしまいやしないか心配です。
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6秒の間(雑記)

2021-01-23 18:31:46 | 雑記
アンガーマネジメントに対して否定的でしたが、「私の絵で怒っていて全く見ない人」が、6秒間も猶予してくれて、別の視点で理性的にも判断してくれると思うと、特殊な絵の批評の価値観が生まれる気がするので、意味のあるように思えてきます。ただ、人対人の問題の解決だけになってしまうのあれば、絵を見てはくれないのかも。
また、他の人を叱ることによって、ほかの方に伝える場合、マネジメントの知識を持っている方が一対一の問題だと勘違いし、三角形など多角形のような多人数の問題解決策だと理解できないと、「一人を怒るだけのダメな指導者」と解釈されらそうで怖く感じました。
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アートと似顔絵との境(お絵描き雑記)

2021-01-20 12:30:57 | 雑記
アートの「アクリル表現の模索」を似顔絵にも使うことによって、「アートなのか似顔絵なのか」の境が曖昧になってきました。
私が似顔絵をアートと言えない理由は、似顔絵として見ている人が「アートだね」と言ったとき、ほめ言葉にはならないからです。

また「似顔絵にはほど遠い」と最悪な評価をして頂いた方がいらっしゃったのですが、その言葉が、似顔絵をアートとしてしまうと、ほめ言葉になってしまうからです。
「もはや似顔絵ではない」もしかり。

アートであろうとして私自身が描いたとしても、アートであるのか似顔絵であるのかは、見てくださっている方の自由なのではないかと思っています。
展覧会などに出品するとなると、はっきりとした境を判断し、線引きをしなければならないと思いますが。

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斜め向きの顔(透明水彩での似顔絵雑記)

2021-01-11 16:40:02 | 雑記
「はじめての似顔絵教室」で、正面の顔だけでなく、斜め向きの顔を描けるようになってほしいという思いがあります。
けれど、「はじめての」なので、「正面だけでも描けるようになれればよい」という思いとの葛藤があります。

側面に陰影をつけて描いてみました。
絵がカタイです。





おなじ面の角度に、同じ色を塗って描いてみました。
目ともみあげまでの距離が短くなってしまうのが私の癖なのですが、そのほうが似て見えています。



奥のほおがでっぱってきたり、斜め向きの顔を描いているのに正面顔になってきたりと、似せるのに夢中になってしまうと、悪い意味では骨格がおかしい絵、よい意味では骨格に依存しない絵になったりします。


一見別の話に思えてしまうかもしれませんが、体や手を立体的に描くと、顔を平面として似せている場合、骨格を重視した似顔絵に見えてしまい、骨格がおかしく見えたりもします。そう見せないためには、工夫が必要になってきます。

「おかしく見せたい」のと、「おかしく思われる」のとは、結果的には同じ似顔絵にみえるので、誰かが複数見ていることを想像すると「この絵おかしい、変」という方を、おかしい目で見てしまうということになってしまっているのではないかと、不安になったり。
写実表現もしますが、写実主義ではないので、おかしく見えるときは、他の意図の場合が多いですし、笑ってほしくて描いている場合もあります。

似顔絵は立体的に描く必要はないのですが、別の勉強として絵を学ぶためには必要かもしれません。
当初は「似顔絵にはデッサン力は必要ない」というスタンスでいたのですが、自分に合った表現の発見など、絵の上達にはデッサンは不可欠です。
ですが、私は「似顔絵」の指導なので、どこまでを伝えればいいのかが悩みどころです。


蛇足として、線で形だけを追ったデッサンをしたときのことです。
画家から「…がんばれ」とだけ絶望的なトーンで言われ、他の画家からは「形が合ってしまっているからなぁー…」と、絵の本質について学んでほしかったことを言えないデッサンを描いてしまったことに気付き、落胆しました。
「人は工業製品ではないのだから、現象を追えるような絵を描いていきたい」と思い、現象に重きを置く表現を風景画でも模索し続けています。
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リスクのあるエスキース公開(お絵描き雑記)

2021-01-08 07:23:03 | 雑記
UPしようとする作品が、一つ前の他の方の作品に似て見えるという状態が続いている。
エスキースを出す事で回避できたが、今後類似した他の方のエスキースが先に表示されることもあるのだろう。
後発であったとしても、視覚ではない部分を工夫しつつオリジナルであろうとして描いていこうと思う。
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散歩と絵の視点のアイデア(お絵描き雑記)

2021-01-08 06:40:48 | 雑記
「転」を予期しながら描く。
デッサンのときにおこる(おこす)、新しい視点の発見のように。
恣意的ではないのかと思う景色にも遭遇するが、それは描かない。
発見は受け身だが、描くのは能動的でもある。
「転」が発見できなかったときの不安に備えて、予め決めていた題材の、筋書きの「転」を用いることもある。
絵本のような11枚で、一つの物語ができる。

最後の12枚目は自由。
最初に結論を決めて描く「〜であるとすると、〜であるならば」という方法もあるかもしれないが、結末を決めないことが生きていく上でも続けていられるのだと思います。
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