中国の国防費が21年連続で二桁の伸び率を示しており、全国人民代表大会の李肇星・報道官は3月4日午前、北京の人民大会堂で記者会見し、2009年の国防予算が前年実績比14.9%増の4806億8600万元(約6兆8257億円)になると明らかにしたという(『読売新聞』2009年3月4日)。経済成長に伴って、人件費も当然上昇しているわけだが、GDP成長率の方は2009年度は、目標の8%に達するのは難しいと見られているだけに、経済成長率のほぼ倍に当たる軍事予算の増加率はいかにも突出した印象をうける。
また1月20日に2年ぶりに発表された中国の『国防白書』で海軍力の増強を打ち出したことは大きく報道されたが、とりわけ注目されているのが空母の建造着手であり、3月20日に行われた浜田防衛相と梁光烈国防相との日中防衛会談でも梁国防相が「大国で空母を持たないのは中国だけで永遠にもたないというわけにはいかない」と発言し、空母建造の姿勢を示したと伝えられている(『朝日新聞』2009年3月22日)。「専守防衛」の日本は当然ながら空母を持たないが、戦闘機を大量に搭載できる空母を持つということは、本格的なパワー・プロジェクション(戦力投入)能力をもつということであり、端的に言えば、戦争を「仕掛ける」能力を高めるということを意味している。
そうした動きも含めて、「公表額でも英国を抜き、米国に次ぐ世界2位になる可能性がある」(『日本経済新聞』2009年3月4日)、中国の急速な軍拡は日本を初めとする周辺諸国の警戒感を招き、「中国脅威論」の一つの根拠となっているが、こうした疑問に答える企画として、先週、大阪のアメリカ総領事館で開催された東アジア安全保障フォーラム、「中国の外交・安全保障政策:東アジア・太平洋地域の影響を探る」、に参加した。スピーカーは、ハワイのシンクタンク、イーストウェストセンターでシニアフェローを務めるデニー・ロイ氏だった。ハンドアウトは一切なかったので、ロイ氏の英語での講演内容を聴きながら取ったメモを元にまとめてみると以下のようになる。
中国は依然として国家建設の途上にあり、内部に多くの不安定を抱えている。経済発展と国内の治安の維持は共産党政権が支配の正統性を維持する要であり、国内の秩序を維持するために軍事力を維持する必要もあるが、外部からは「攻撃的」なものとして見られがちである。
中国のグランドストラテジーとしては、第1に、いわゆる「平和的台頭」、つまり世界経済に積極的に関与することで中国人民の生活水準を向上させ、経済発展を目指すこと、第2に中国に対する国際的な反発や反対をできるだけ少なくすること、第3に「上海協力機構」のような中国を軸にした国際協力の枠組み作りを推進すること、第4に東アジアサミットのような、アジアにおける多国間協力のフォーラムを構築し、アジア地域における、日本やアメリカ、インドなど、中国以外の大国の影響力を相対的に低下させることが挙げられるだろう。中国にとっては、日本は国際社会においては現在のように軍事的には積極的な役割を果たさず、経済的には中国に協力し続けることが望ましい。そのために必要に応じて、過去の戦争責任や靖国参拝問題などを持ち出す「歴史カード」を使って、日本を牽制することもあろうが、1998年の江沢民訪日の時にように歴史問題を持ち出しすぎるのは、日本国民の反発を買い、逆効果であることは中国共産党の幹部は学習済みである。
中国政府は、日本を軍事的に積極的にさせないために、北朝鮮の非核化やそのためのアメリカの宥和政策を引き出すことなどは重要だと考えている。また台湾についても従来のように統一を目標とするのではなく、むしろ台湾独立を避けるという消極的な目標設定をしている。
さて結局のところ、「強い中国は脅威か?」という点については、空母建造で制海権を強めることは、アメリカが台湾有事の際に介入しにくくなる可能性があるし、現在起こっているように石油やレアメタルなど様々な資源をめぐる米中間の競争が激化することも予想できる。しかし中国がリージョナル・パワーにすぎなかった時代とは違って、グローバルな大国として成長するに従って、たとえばアフリカなどの紛争地域への武器輸出が国際社会や中国の国際的な信用に与える負の影響など、国際社会のルールを次第に学習していくはずである。
また中国国内の言論・結社の自由など、市民的自由はまだ貧しい状況にあるとはいえ、共産党が把握していない、一種の消費者団体や住民団体のような、非登録の市民団体なども増えてきており、「市民社会」の萌芽も観察できる。もちろん「反動」的な動きが起こる可能性も否定できないが、あと30~60年のうちにさらに「自由主義」化が進む可能性は十分にあるだろう。
国際秩序との関連では、中国は冷戦期から「第3世界のチャンピオン」を自任してきたこともあり、また近代以前においては、「侵略的」というよりもむしろ比較的、「寛大」な大国だった伝統もある。また今後、仮に中国の「脅威」が現実的なものとなれば、反中国連合が国際社会に形成される可能性もあるので、結果的には中国政府としてはバランスをとった外交政策をとっていかざるを得ないのではないだろうか。ただし中国国民が政府以上にナショナリスティックになる傾向も見られ、政府と国民の温度差や国民のフラストレーションをどうコントロールするのかも大きな課題となるだろう。
以上のように、アメリカの東アジア安全保障問題の専門家の分析としては、極めて穏当なもので、むしろ日本人参加者からの質問の方が、中国の軍事的野心への懸念や国内少数民族問題への非妥協的な姿勢への批判、市民的自由の制限に対する疑問などを呈するものが多かった。
しかし私自身も大学の講義で米中関係を議論する場合にいつも強調しているのだが、アメリカにとっても中国にとっても、もちろん日本にとっても経済的な利益を最優先に考えれば、台湾問題にせよ、中国国内の人権問題にせよ、チベット問題にせよ、現状を大きく変更するような事態が起こり、それに対処せざるを得なくなることが一番望ましくないという点においては共通している。従って中国が極端に冒険主義的な外交政策をとる可能性は、特に中国が世界経済で最重要のプレーヤーとなりつつある今日では、低いと考えられる。その点ではロイ氏の現実主義的な見方に共感できた。ただしアジアやグローバルな地平でアメリカと覇権を競うことになると、結局のところ、お互いを口実とした軍拡競争が始まりかねないので、日本としてはアジア地域における軍備縮小を戦略的にも訴え続ける必要があるだろうし、変に中国の軍備拡張に「理解」を示す必要はないのではないかと講演を聴きながら、考えた。