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まち歩き八幡1056 松花堂庭園 表門  車塚古墳 三宅石碑

2019年07月17日 05時59分58秒 | まち歩き

 

 

表門

松花堂庭園の表門は、もと石清水八幡宮の「一の鳥居」前にあった「高坊」(宿坊)のものといわれ、二百有余年前に造られた破風型寺門の様式です。

八幡小学校の開設以来、長らく校門として使用され、同校のシンボル的存在でしたが、運動場の拡張に伴う校門の新設により昭和38年(1963)10月に当地に移転したものです。

八幡小学校

明治5年(1872)に知周校と称し、八幡高坊の地に創立

明治33年(1900)に八幡尋常高等小学校と校名改称

大正5年(1916)に八幡菖蒲池に移転

昭和16年(1941)に八幡国民学校

昭和22年(1947)に八幡小学校に校名改称

松花堂庭園・美術館

 

 

車塚古墳

昭和3年秋  京都三宅安兵衛依遺志建之

 

車塚古墳 標高18mの平野部に築造されている。現在は史跡松花堂の庭園になっていて、墳丘は前方部が削られて既になく、後円部は築山に利用され変形している。墳丘の外部施設として、円筒埴輪が裾部にめぐらされ、表面にはレキ石が葺かれていた。古墳の規模は推定で、全長90メートル、後円部径50メートル、前方部幅30メートルで、前方部の開きの少ない、前方後円墳と考えられている。

 

出土遺物 変形六神鏡・二神二獣鏡(泉屋博古館)。内行花文鏡(京都大学) 東車塚古墳は4世紀終末から5世紀初頭までの間に築造されたと考えられている。


 

 

 

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