アートプラス京めぐり

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祠北042 岩倉川 十王堂橋 付近 の草に覆われた祠

2018年07月19日 20時51分18秒 | 町内の小さな祠

 

御旅橋  と記されています

祠前回の記事 ➡ 祠左041  貴船神社・第一鳥居   楫取社

 

 

 

 


祠左041  貴船神社・第一鳥居   楫取社

2018年06月15日 11時08分17秒 | 町内の小さな祠

 

貴船神社 第一鳥居

官幣 中社 貴船神社    明治20年10月 建立

 

楫取社(かじとりしゃ)

社伝によると、玉依姫は浪花より舟にてさかのぼって来られたとき、ここで楫をとりはずし、貴船に向かわれたという。当社はそのとき、水手として

奉仕していた楫師を祀ったものといわれるが、現在は宇賀魂神を祀り、万福の楫がうまくとれるようにとの信仰がある。

 

是より・・   船本・・  迄拾八町

 

祠 前回の記事 ➡  祠左040  薬王坂の付近 山中の祠

関連記事 ➡  神社左0137 貴船神社

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祠左040  薬王坂の付近 山中の祠

2018年05月17日 12時51分45秒 | 町内の小さな祠

 

前回の祠 記事 ➡ 祠左039  大原 の 浄楽堂

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祠左039  大原 の 浄楽堂

2018年05月01日 09時02分42秒 | 町内の小さな祠

 

 

木造11面観音立像

浄楽堂に安置されている等身大の像で、ヒノキ材を用いた一木造、彩色、彫眼の技法によって制作されています。丸顔で、片幅広く、肘をゆるやかに体から離して、すらりとした体躯で立ち、小ぶりな眼、低い鼻、平明な肉取りをもつ面相には日本的な優しさがうかがえます。また、肉身の穏やかなふくらみと、それをあらわすに示す条帛の流れ、数少ない裳の衣文の巧みな設定など、美しい間合いが図られています。奈良時代以来の古密教彫刻に新しい和風の情感を盛り込んだ美作であり、9世紀後半から10世紀前半にかけての制作と推定されるものです。また、当初の板光背を残している点も貴重です。

 

大原香水 上野町の久保家の庭内にある井泉をいう。同家の説によれば、天長年間(824~34)弘法大師の霊感により、その高弟真済僧正が悪疫をはらい除くために掘り出したものといい、以来井泉の傍らに一宇を建て、瑠璃光薬師如来を安置するにいたったという。この井泉はふだんは水が湧かず、毎年1回、旧暦の6月16日だけ湧出する。しかも早暁から湧きだし、午後に至って止む。俗に「せんき」の水と称し、この水を飲むと疝気・癪気に霊験があるといわれ、当日は井戸より汲み上げた水を、薬師瑠璃光仏を安置した座敷の前庭へ竹樋にて流し、一般参拝客に授与される。この井泉は、むかし久保家の先祖が白狐の危難ほ救った法恩に、白狐がこの奇瑞をあらわしたのだとつたわる。同家には惟喬親王とつたえる僧形坐像を安置する。

祠前回の記事 ➡ 祠南038 稲荷大神

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祠南038 稲荷大神

2018年03月19日 20時53分47秒 | 町内の小さな祠

 

 祠 前回の記事 ➡ 祠南037  児水不動尊 

五七五

手術する瞳に桜焼きつける /栗林

京の味

鯖寿司 若狭から届くひと塩の鯖を三枚におろし、小骨を抜いてから酢でしめ、寿司飯の上に乗せて竹の皮で包んだ棒寿司。鯖の上に薄い白板昆布を乗せるものもある。5月の祭、祇園祭、秋祭など季節を問わず祭りや行事には欠かせないもの。祭りの時には、各家で作ったものを親戚や知人に配り、ともに祝う。

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祠南037  児水不動尊 

2018年03月18日 11時52分01秒 | 町内の小さな祠

 

つくりが 違う  手入れがされています

六孫王神社の東北にあり、井戸の傍に不動明王を祀っている。もとは遍照心院の門前にあたるので、「尼寺の水」とも言われた。

古来、眼病平癒に霊験ありといわれ、今も清泉が湧き出ている。

祠 前回の記事 ➡ 祠北036 ちいさな祠 大樹が1本

五七五

この街の風情が好きと深呼吸 /寺田

京都の俗諺(ぞくげん)

弘法さんが晴れやったら天神さんは雨や 東寺の弘法市が毎月21日、北野天満宮の天神市が毎月25日に開かれることから、5日程度で天気が変わる縁日の晴雨のサイクルを指していう。

 

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祠北035  末菊大明神

2018年03月14日 22時42分22秒 | 町内の小さな祠

 

 

天保11年12月(1840年)

 祠 前回の記事 ➡  祠北034  七折稲荷大明神

五七五

5割引きがのこったままの冷凍庫 /樋口

 

京都の俗諺(ぞくげん)

東男に京女(あずまおとこにきょうおんな) 男性は気前のいい江戸の男がよく、女性は美しくて優しい京都の女がよいということ。

 

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祠北036 ちいさな祠 大樹が1本

2018年03月14日 14時53分26秒 | 町内の小さな祠

 両側は 家が建っています

祠 前回の記事 ➡ 祠北035  末菊大明神

 

五七五

和解する手もあったのか遅かった /木下

 

京都の俗諺(ぞくげん)

伊勢へ七たび熊野へ三たび愛宕様へは月参り 

伊勢神宮、熊野三社、愛宕神社をあげ、月参りする愛宕神社への信仰を強調している

 

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祠上025  駐車場の奥に赤い鳥居がありました

2018年03月13日 13時43分30秒 | 町内の小さな祠

 

 

大辨財天

 祠 前回の記事  ➡  祠伏024  伏見・撞木町の祠

川柳

孫帰り 妻とひっそり 茶づけ食う    /村上

 

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祠北034  七折稲荷大明神

2018年03月13日 13時37分34秒 | 町内の小さな祠

 

祠前回の記事 ➡ 祠下033  島原の弁財天  大銀杏

五七五

いくつまで生きると決めて生きている

 

京ことば ヨシ  ~なさい。「ハヨヨシ

 

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祠下033  島原の弁財天  大銀杏

2017年12月18日 05時49分46秒 | 町内の小さな祠

 平成29年1月 撮影

祠が小さくなっています  

 

2015年9月の記事

 

 

 

 

 

島原の大銀杏 島原住吉神社の旧境内地 北端に植わっていたこの大銀杏は、

明治維新後の廃仏毀釈により、社格株 ない住吉神社が廃社になるも、神木として遺された。

その後、明治36年(1903)に神社は再興されたが、境内はこの大銀杏のところまで

拡大されるには至らなかった。

昭和5年(1930)にこの樹の根元に弁財天が祀られることにより、

さらに神木として崇められ、今では樹高20m、幹回り3.5mともに

樹齢300年相応の島原一の巨木となっている。

 

平成13年11月吉日  島原伝統保存会

 

嶋原の 外も染るや  藍畠  嵐雪

 服部嵐雪(俳人 1654~1707)

 

昭和5年11月建立

八大 王 と書かれています

祠 前回の記事 ➡ 祠伏032  淀 にあります 高倉大神

五七五

大雪や婆々ひとり住藪の家

ことわざ

禍を転じて福となす

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祠伏032  淀 にあります 高倉大神

2017年12月15日 12時53分24秒 | 町内の小さな祠

 

 

 

祠 前回の記事 ➡ 祠伏031  八大龍王弁財天

五七五

いつかまた細くなります捨てません /喜久永

ことわざ

柳眉を逆立てる

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祠伏031  八大龍王弁財天

2017年12月11日 16時47分53秒 | 町内の小さな祠

 

祠 前回の記事 ➡ 祠伏030  竹田駅 付近  形がはっきりしない 素朴

五七五

京の音ハモの骨切りコンチキチン /福居

ことわざ

焼きが回る

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祠伏030  竹田駅 付近  形がはっきりしない 素朴

2017年10月15日 07時25分01秒 | 町内の小さな祠

 

右のは  なんとなく 人の形のようなものがあるようです

祠 前回の記事 ➡ 祠右029 清滝権現社 

五七五

ありがとう 今日は何回 言ったやら /八田

ことわざ

情けは人の為ならず


祠右029 清滝権現社 

2017年08月04日 06時08分39秒 | 町内の小さな祠

清滝権現社

弘法大師が高雄入山に際し、密法の守護神として、唐長安の青竜寺よりその鎮守神青竜権現(善女竜王)を勧請したのが起こりと伝わる。小さな社殿にすぎないが、神護寺が所蔵する寛喜2年(1230)の「神護寺絵図」には「桧社」とあり、また室町時代の「神護寺伽藍図」には、楼門と並んで社殿・鳥居を構え、「清滝権現」と記名され、往時の規模の大きさが偲ばれる。この清滝権現はのちに醍醐寺にも祀られたが、醍醐寺のものはよく知られているか、ここのは殆ど知られていない。社前の老杉は京都名木の1つである。

 

左 清滝大権現常夜燈

右 元文5年(1740)5月

祠 前回の記事 ➡ 祠伏027  七面宮

五七五

おこしやす三十六峰蝉時雨 /古田

ことわざ

豚を盗んで骨を施す