アートプラス京めぐり

京都の探索、記事数6500 いろいろなテーマで京都をめぐります 
京都市外も始めました 先ずは京都南部から

道標久御山0211 聖観世音尊像 専念寺

2019年03月31日 06時26分04秒 | 道標

 

 

安産 守護

聖観世音尊像 専念寺 是北一丁

北 島田三丁 淀廿三丁

西 下津屋渡舟場 三丁  八幡町 二十丁


東 宇治街道  佐古佐山 十三丁  林 二十丁

  奈良街道 新田 一里  宇治 二里

 

三宅安兵衛

 

 

関連記事 ⇒ 関連0002  三宅安兵衛の道標

関連記事 ⇒ 45 久御山  地区 寺社記事検索一覧

 

 


  • Twitterでシェアする
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

神社久御山0162 荒見神社

2019年03月30日 07時23分58秒 | 神社

荒見神社

田井村の産土神で、もとは五社神と称した。巨椋の池に近く、しばしば水害をこうむるところから水神をまったのが起こり。中世以降は現在の祭神を祀っている。本殿は寛永7(1630)木津川洪水後の再建である。他に拝殿・社務所・末社天満宮・厳島社がある。例祭は109

明治33年 建立

 

 

 

鳥居

 

 

 

 

 

明治8年10月

 

 

 

 

 

 

 神社 前回の記事 ⇒ 神社久御山0161 珠城神社

関連記事 ⇒ 45 久御山  地区 寺社記事検索一覧

 

 


  • Twitterでシェアする
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

寺院久御山0566 円福寺   竹久夢二旧跡

2019年03月29日 05時54分55秒 | 寺院

 

 

 先々々代の住職 釜屋了貫と夢二とが親交があった。 たびたび この寺に来ている。

9点ほどの作品を残している。

 円福寺は、824年に弘法大師によって創建されたと伝えられる真言宗の寺院でしたが、1624年の大洪水で流失した後、1625年に阿弥陀如来を本尊とする浄土宗の寺院として再建されました。現在の寺は、平成7年に新築された入母屋造り、書院を併設した50坪余りの本堂に金色に輝く阿弥陀如来立像を本尊とする寺院です。この円福寺は、竹久夢二が庫裏を画室として絵筆を振るったことで知られています。
夢二は、第21世住職の釜屋了貫と神奈川県厨子で知り合い、了貫の修行時代を含め家族的交友をしていたため了貫を頼って大正5年から昭和3年にかけて度々逗留していました。

 

 

関連記事 ⇒ まち歩き久御山1031 竹久夢二 作品・田井在住時(大正5年~昭和5年)

関連記事 ⇒ 45 久御山  地区 寺社記事検索一覧

 


  • Twitterでシェアする
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

寺院久御山0565 専念寺 浄土宗 阿弥陀三尊来迎図

2019年03月28日 06時00分57秒 | 寺院

 

 

 

 

寺院前回の記事 ⇒ 寺院久御山0564 妙蓮寺 浄土宗

関連記事 ⇒ 45 久御山  地区 記事検索一覧


  • Twitterでシェアする
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

まち歩き久御山1031 竹久夢二 作品・田井在住時(大正5年~昭和5年)

2019年03月27日 06時09分33秒 | まち歩き

 

 

 

 

 

 

 

 

まち歩き 前回の記事 ⇒ まち歩き久御山1030 久御山公民館の遺跡案内

関連記事 ⇒ 寺院久御山0566 円福寺   竹久夢二旧跡

関連記事 ⇒ 45 久御山  地区 記事検索一覧

 


  • Twitterでシェアする
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

まち歩き久御山1030 久御山公民館の遺跡案内

2019年03月26日 06時48分14秒 | 遺跡・遺物

 

 

 

 

 

 

まち歩き 前回の記事 ⇒ まち歩き久御山1029 何の石柱 野村 講中 と読めます

関連記事 ⇒ 45 久御山  地区 寺社記事検索一覧

 


  • Twitterでシェアする
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

寺院久御山0564 妙蓮寺 浄土宗

2019年03月25日 14時53分03秒 | 寺院

 

月宮山

 

圓光大師 第10番




寺院 前回の記事 ⇒ 寺院久御山0563 永福寺

関連記事 ⇒ 45 久御山  地区 寺社記事検索一覧


 


  • Twitterでシェアする
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

寺院久御山0563 永福寺

2019年03月25日 05時41分48秒 | 寺院

 

 

 

 

 

 

 

 寺院 前回の記事 ⇒ 寺院久御山0562 光福寺 浄土真宗

関連記事 ⇒ 45 久御山  地区 寺社記事検索一覧

 

 

 

 


  • Twitterでシェアする
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

寺院久御山0562 光福寺 浄土真宗

2019年03月24日 06時01分30秒 | 寺院

 

 

 

 

 

 寺院前回の記事 ⇒ 寺院久御山0561 稱名寺 浄土宗

関連記事 ⇒ 45 久御山  地区 寺社記事検索一覧

 

 


  • Twitterでシェアする
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

神社久御山0161 珠城神社

2019年03月23日 08時10分52秒 | 神社

 

 

 

 御大典記念 

 いつのものかな

 

 

 

 

 完成記念 昭和42年

 

 

珠城神社

垂仁天皇崩御の後、その霊を山代大筒城真若王(やましろおおづつきのまわかのみこ)がこの地に祀ったのを起こりとし、垂仁天皇の皇后を「珠城宮」と称したのに因んで、社名にした。桓武天皇は延暦18年(799)和気清麻呂の死にあたり、護法善神として当社に合祀された。その後、治承4年(1180)の宇治川合戦、天正元年(1573)の槙島合戦には、兵火をあびて社殿を焼失し、御神体は佐山の双栗神社にうつすに至ったが、昭和42(1967)社殿の再建にあたって戻した。現在の社殿は春日造り、銅板葺の本殿と、切妻造りの拝殿からなり、境内は公園となっている。例祭は109日。

 関連記事 ⇒ 

関連 記事 ➡ 関連0008  御大典記念のあるところ  

神社 前回の記事 ⇒ 神社久御山0160 磐田神社


関連記事 ⇒ 45 久御山  地区 寺社記事検索一覧 

 


  • Twitterでシェアする
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

愛宕燈籠069  久御山

2019年03月22日 07時44分04秒 | まち歩き

 

 愛宕山 常夜灯

 市田村 西之町

 

関連記事 ➡  愛宕燈籠 一覧

関連記事 ⇒ 45 久御山  地区 寺社記事検索一覧

 


  • Twitterでシェアする
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

祠久御山044 北向 毘沙門天尊像

2019年03月21日 06時57分42秒 | 町内の小さな祠

 

 

 

 

 

 

 祠 前回の記事 ⇒ 祠中043 鵺(ぬえ)大明神   石碑中0186 鵺池碑

 関連記事 ⇒ 45 久御山  地区 寺社記事検索一覧


  • Twitterでシェアする
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

まち歩き久御山1029 何の石柱 野村 講中 と読めます

2019年03月20日 06時01分37秒 | まち歩き

 

 

 

 

 

まち歩き 前回の記事 ⇒ まち歩き久御山1028 久御山の田畑に保冷車の冷蔵庫がありました

関連記事 ⇒ 45 久御山  地区 寺社記事検索一覧

下の地図のユーザー地図 の囲みをクリックすると 付近の記事が探せます

 


  • Twitterでシェアする
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

寺院久御山0561 稱名寺 浄土宗

2019年03月19日 16時13分22秒 | 寺院

 

 

 

 

寺号 月仲山

前回の記事 ⇒ 寺院久御山0560 観音寺 浄土宗

関連記事 ⇒ 45 久御山  地区 寺社記事検索一覧

下の地図のユーザー地図 の囲みをクリックすると 付近の記事が探せます

 


  • Twitterでシェアする
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

神社久御山0160 磐田神社

2019年03月19日 06時45分54秒 | 神社

 

 

 

 

 

左が 拝殿

 

 

拝殿  向こうが 本殿

 

 

常磐神社

常磐神社は、江戸時代牛頭天王社と称し、東西23間、南北80間の広大な境内地の中に、八幡山橋本坊末寺の長福寺、地蔵院、蔵王権現社が建立され、神仏混合の神事が行われていた。

やがて明治維新を迎え、神仏分離令により仏教色の一掃が義務付けられた。そのため牛頭天王は仏号であるという理由で野村神社と改め、境内の長福寺を廃し、地蔵院は拝所を西向きに変えて神社と分離した。

さらに広大な境内地の大半は上地を命じられ、433坪が現在の境内となり、明治143月、社名は常磐神社と改称して今日に至っている。常磐神社の祭礼は1016日の秋祭りに代表され、頭芋を台にした竹串に柿・栗・柚を刺した新撰が供えられる。また36日の蔵王社の春祭りは、鉢巻飯を本社・末社・地蔵堂にも供えるとすう古習が継承されている。

近年、本殿・末社・舞殿・蔵王社・社務所の老朽化に伴って、平成510月から新・改築工事が行われた。平成6918日に遷宮祭が執行された。

 平成73月  久御山町郷土史会

 

本殿

 

前回の神社 記事 ⇒ 神社久御山0159  玉田神社

関連記事 ⇒ 45 久御山  地区 寺社記事検索一覧

 


  • Twitterでシェアする
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする