切れたメビウスの輪(3)

2016-11-28 21:01:13 | 怪奇小説
第三章 横顔生夫と縦顔死郎の住む世界

横顔生夫と縦顔死郎はこの家に住んでいる。
しかし、横顔生夫は生きている世界に、縦顔死郎は死んでいる世界に、夫々住んでおり、世界が異なるので、同じ家に住んでいてもお互いに顔を会わせたことはない。

会社員の横顔生夫は、毎日満員電車で出勤し、残業が終わるとかなり遅いので、家で食事をすることがほとんどなく、家に帰ると風呂に入って、あとは寝るだけで、あまり生きているという実感がない。

ただ、ボーナスを手にした時は、
『額が少ない。』とか、
『能力の無い上司に評価されている。』
などの不平不満を言いながら、アルコールを口にしている時は生きているという実感が溢れている。
時として二日酔いが伴うが、これも生きているからである。

一方の縦顔死郎は、寝たい時に寝て、起きたい時に起きて、時間の概念が無いので自由そのものである。
食事を毎日取る必要がないが、反面、アルコールの楽しみもない。

横顔生夫が目を醒ますと体が痛い。それに、知らない所に寝さされている。
「なんだ、ここは。」
「痛い。」
痛くて寝返りもできない。部屋には電気が点いているので暗くはないが、朝か夜か分からない。よく見ると腕に点滴をされている。
「俺は、どうしたのだ? 生きているのか?」
ベッドの名札には
『横顔生夫 交通事故』
と書かれている。
横顔生夫は少しずつ思い出し始めた。

真夜中に青信号で横断歩道を渡っている時に、タクシーに跳ねられたのだ。
タクシーに撥ね跳ばされている時に、時間が止まり、跳ばされている瞬間から道路にたたきつけられる自分を、横に居る自分がずっと見ていた。

タクシーに撥ね飛ばされた後に、救急車に乗せられた自分は、病院に運び込まれ、真夜中に若い当直医が診察したが、心肺停止となっていて、AEDによる蘇生も効を奏せず、死亡が診断された。

俺は死んでしまったのか? 
だけれど、話に聞いていた三途の川とやらは渡っていない。
だから死んでいないはずである。
いや、生きていると思っているし、そう願っている。