爛漫日記

インターネット古書店 独楽知の、春爛漫ではなくて、秋爛漫?の日記です。

『<鶴見和子・対話まんだら>石牟礼道子の巻 言葉果つるところ』

2006-02-15 22:40:53 | 新着本
鶴見和子さんと石牟礼道子さんの「魂」の対談。
水俣での出会いから、石牟礼道子の『アニマの鳥』へと、この世ともあの世とも行き来しているかのような、ふたりの対話が愉しい。


石牟礼道子が書いた「(対談を終えて)み後を慕いて」から抜粋。

山も川も海も精霊たちの宿る聖なるところであって、得体のしれぬ化学物質でこれ以上毒まみれにしてはならない。ここを無神経に汚しては、自ら生命の母層を殺すことになる。あらゆる文明論の前に、それをいうべきではないだろうか。エコライフをと軽く言ってもよかろうが、山川草木、鳥獣魚類という生命現象と、伝統的な文化というものについて、わたしたちはもっと謹しみぶかく、恭くありたい。まだ人にも知られぬうちに絶滅しつつある種が、限りなくあるときく。痛切な念いをこめてお話しあった。それがわたしのアニミズムである。和子先生の学問への資質に驚き入りながら、勉強させて頂いているのだと、強くおもっていた。柳田國男も南方熊楠も今までよりさらに身近に感じられた。幸福であった。今もそれは続いている。

売り切れました。(3月14日)
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『人間ゾルゲ』 『サンダカンまで』

2006-02-15 00:07:44 | 新着本


しかし「人間ゾルゲ」のありのままの姿をふかい愛情と理解をもってえがきだしたものは、この書のほかにはなかった。そしてこれからもおそらくはありえないのではないか? 日本人としての妻の眼からのゾルゲのなまの人間像は、かれの思想に共鳴するのせよしないにせよ、つよくすべての人の胸にくいいらずにはおかないだろう。すぐれた理論家であったばかりではなく、日本の浮世絵や風俗画や仏像をも熱愛し、バッハやモーツアルトやベートーベンにいかにも幸福そうにききいるかれの姿。(解説・古在由重)





そのような上が、わたしに自伝執筆をすすめる編集者が現れ、わたしが断ってしまう度に、「朋子は、ほかの女性の人生をとらえることに夢中だけれども、おれの見るところ、<朋子の人生>だって山あり谷ありで面白い。それにたいした学歴もなくお金もない俺たちふたりが結婚して、<戦後民主主義思想>の合い言葉だった<男女同権=男女平等>を唯一の頼りに、お互いを殺しもせず殺されもせず、忍耐しながら協力し合って、<子ども>というテーマと<女性>というテーマで研究者として自立したというケースは、珍しいと言わなくちゃならないだろう。これは、<戦後民主主義世代>の生き方のひとつの例証として、記録して置いた方が良いと思うんだよ」と、言ってくれていたのである。(あとがき)
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