埼玉県の東の県境を流れる川は江戸川です。江戸川は、利根川から茨城県関宿町で分かれ、葛西臨海公園の近くで東京湾に注ぎます。大抵、大きな川の源流は山奥の、人が入るのは難しい場所にありますが、江戸川は起点も終点もはっきりしていて、しかも川沿いを自転車で走れます。
もう8年近く前の話ですが、それなら江戸川を起点から終点までサイクリングで走ろうと、友達同士で意見がまとまりました。ただ、一回で全部走るのは厳しいので、最初は金野井大橋(庄和町)から上流の関宿町の方向に向かって、後日下流側を走るというプランにしました。
今ではもはやそういうことができる体重ではありません(79kg)が、当時は68kgとベスト体重で、こんな激しいプランにも二つ返事でOKできる体力がありました。前に見沼代用水の記事でも書きましたが、関東平野は自転車で走るとどこまでも平らな土地が続くような気がします。
上流へ向かった最初の旅は印象が薄く、終点にあった関宿城を復元した建物が一番印象的だったくらい、途中の記憶はありません。しかし、下流へ向かう旅は思い出深いです。サイクリングだと、走っている途中も楽しいですが、印象に残るのは休憩中です。利根川と江戸川を結んだ運河の合流地点で最初の休憩を取ったことを覚えています。鉄道のなかった時代は、大量の物資を運ぶ手段は舟しかありませんから、この運河で千葉県の銚子方面から江戸に物資を運んだのでしょう。
また、このあたりは醤油の町で知られる野田なので、タンクから醤油の香りがしたのも印象的です。江戸川沿いは、サイクリングロードがつながっていた訳ではなかったので、川を右に渡ったり左に渡ったりしました。水元公園のそばは残念ながら通れませんでした。ただ、金野井大橋の近くが郊外の風景だったのが、下流へ向かうに従って町になっていく景色は印象に残っています。
江戸川も下流まで来ると、釣りができる店が軒を連ねていて、釣り竿が並べてある脇を自転車で通り過ぎ、最後は午後の東京湾でゴールを迎えました。本当に一本の川を自転車で走りきったという満足感はかなりありました。ただ、帰りの道は浦和まで、暗くなっての道で寂しかったですが。
もう8年近く前の話ですが、それなら江戸川を起点から終点までサイクリングで走ろうと、友達同士で意見がまとまりました。ただ、一回で全部走るのは厳しいので、最初は金野井大橋(庄和町)から上流の関宿町の方向に向かって、後日下流側を走るというプランにしました。
今ではもはやそういうことができる体重ではありません(79kg)が、当時は68kgとベスト体重で、こんな激しいプランにも二つ返事でOKできる体力がありました。前に見沼代用水の記事でも書きましたが、関東平野は自転車で走るとどこまでも平らな土地が続くような気がします。
上流へ向かった最初の旅は印象が薄く、終点にあった関宿城を復元した建物が一番印象的だったくらい、途中の記憶はありません。しかし、下流へ向かう旅は思い出深いです。サイクリングだと、走っている途中も楽しいですが、印象に残るのは休憩中です。利根川と江戸川を結んだ運河の合流地点で最初の休憩を取ったことを覚えています。鉄道のなかった時代は、大量の物資を運ぶ手段は舟しかありませんから、この運河で千葉県の銚子方面から江戸に物資を運んだのでしょう。
また、このあたりは醤油の町で知られる野田なので、タンクから醤油の香りがしたのも印象的です。江戸川沿いは、サイクリングロードがつながっていた訳ではなかったので、川を右に渡ったり左に渡ったりしました。水元公園のそばは残念ながら通れませんでした。ただ、金野井大橋の近くが郊外の風景だったのが、下流へ向かうに従って町になっていく景色は印象に残っています。
江戸川も下流まで来ると、釣りができる店が軒を連ねていて、釣り竿が並べてある脇を自転車で通り過ぎ、最後は午後の東京湾でゴールを迎えました。本当に一本の川を自転車で走りきったという満足感はかなりありました。ただ、帰りの道は浦和まで、暗くなっての道で寂しかったですが。