内的自己対話-川の畔のささめごと

日々考えていることをフランスから発信しています。自分の研究生活に関わる話題が多いですが、時に日常生活雑記も含まれます。

人はいさ ― 乱れてやまない己の心を秘められたまま凛と立たせる張りと勁さ

2022-12-09 23:59:59 | 詩歌逍遥

 昨日の記事で引いた和泉式部の歌は「人はいさ」で始まるが、『和泉式部集正・続』での用例はこの一首のみ。『日記』にも一首見られるが、これは宮(敦道親王)の歌である。
 「人はいさ」といえば、百人一首にも採られた古今和歌集の貫之の歌「人はいさ心もしらずふるさとの花ぞ昔の香ににほひける」が有名だが、同集中この歌以外には、在原元方の「人はいさわれはなき名の惜しければ昔も今も知らずとをいはむ」の一首しか用例がない。『伊勢物語』には第二一段に「人はいさ思ひやすらむ玉かづら面影にのみいとど見えつつ」の一例がある。『千載集』に「人はいさあかぬ夜床にとどめつるわが心こそ我を待つらめ」の一首あり。『風葉集』に三首用例がある。
 『万葉集』『竹取物語』『蜻蛉日記』『源氏物語』『紫式部日記』『紫式部集』『更級日記』『新古今和歌集』『山家集』『金槐和歌集』には用例なし。
 思っていたほど用例がなかった。古語辞典にあげられている用例は『古今和歌集』の上掲二首にほぼ限られている。意味は、人一般を指して「他の人はどう(思っている)かわからないが」となる場合と、特定の相手を指して「あなたがどう(思っている)か知りませんが」となる場合がある。
 塚本邦雄の『清唱千首』には『伊勢集』から「人はいさわれは春日のしのすすき下葉しげくぞ思ひみだるる」が採られている。評釈には「虚詞のやうに見える初句の「人はいさ」が、ともすれば暗く沈みがちな忍戀の歌に、一種の張りと勁さを與へてゐる。「春日」の地名もまた、仄かな明るみを齎す」とある。
 初句に「人はいさ」を置くことが、忍ぶ恋の相手に対して乱れてやまない己の心を秘められたまま凛と立たせる張りと勁さをこの歌に与えている、ということだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


最新の画像もっと見る

コメントを投稿