内的自己対話-川の畔のささめごと

日々考えていることをフランスから発信しています。自分の研究生活に関わる話題が多いですが、時に日常生活雑記も含まれます。

方法としての「風土記」 ― 「地方」と「古層」という二重の「彼方」からの眼差しによる「中央」の相対化の方法(三)

2017-10-23 23:59:59 | 読游摘録

 橋本雅之著『風土記 日本人の感覚を読む』(角川選書、2016年)は、出色の好著だと思う。
 本書は、遠い昔の日本の各地に息づいていた多様な神話世界を、ふんだんに引用された五カ国の風土記とその他の風土記逸文から見事に蘇らせているばかりでなく、日本文化の「古層」を多元的な時空間からなる開かれた多様性をもった全体として捉える歴史観を提示することに成功している。
 本書の魅力は、各「風土記」からの多数の引用に即しての各地の生活世界の生き生きとした叙述を通して、それぞれの神話世界と歴史観とともに生きていた古代日本人たちの多様な生活と文化を描き出しているところにある。
 この記事では、それらの記述を通して著者が目指している「ねらい」を見ておこう。

本書は、古代各地に残るさまざまな伝承を伝える「風土記」から見えてくる歴史と文化の広がりに目を向けて、古代史研究者や古代文学研究者の間でも、いまだに根強くある記紀を中心とした「記紀史観」とでも評すべき歴史観とは異なる、「風土記」からみた古代史、いわば「風土記史観」を通してみた日本文化論の構築を目指すものである。本書でいう「風土記史観」とは、各風土記の村里レベルの記事に記された多様な生活史に着目し、そこに住まう人々が築き上げてきた文化の集成こそが歴史であるという認識に立った、地方目線の歴史観である。国家レベルの歴史を記した記紀から抜け落ちた、「国土の神話」「里の伝承」と呼べるような村里レベルの歴史を「風土記」から掘り起こすことが、本書のねらいである。

 著者のいう「風土記史観」は、風土記に見られる多様な時間・空間意識を単にそれとして記述することだけを目的としているのではなく、そこから記紀の歴史意識・世界像を照射することで、異なった地方から中央を捉え直し、周辺の異なった観点から中心を見直し、記紀両者間の決定的な違いを浮き彫りにすることもその射程内に収めている。