日経ニュース
スマホ決済「経済圏」勝負 PayPayなど異業種と連携
新型コロナウイルスの感染拡大の中で迎えた21年の大型連休。市内の消費喚起へ、埼玉県秩父市が頼ったのはまたもスマホ決済「PayPay(ペイペイ)」だった。
ペイペイ、数百億円を還元
5月1日、市内の約1000店でペイペイで支払うと20%分のポイントを1人最大1万円得られる販促を始めた。同様の取り組みは20年7月以降で4度目だ。商品券を配布する従来の景気対策に比べ、「発券や換金の手間が少なく接触機会も減らせる」(同市)。原資として国の補助金で計5億円弱の予算を確保したが、前回はあまりの人気で予定より早く予算を消化した。
ペイペイは140以上の自治体と連携して同様のキャンペーンを行い、還元原資として250億円以上の自治体予算を取り込んできた。他のスマホ決済事業者の幹部は「全国に営業網があり、地元商店まで開拓してきたペイペイだからできた」と舌を巻く。
21年1~3月、年度末もありスマホ決済各社の還元競争が激しくなった。KDDIの「auペイ」やNTTドコモの「d払い」は、コンビニやスーパーなどで20%還元が受けられる販促を実施した。最大手のペイペイも「超ペイペイ祭」と銘打ち、全利用者を対象に数百億円規模の還元を行った。だが最近では、こうした全国規模の大規模な還元は目立たなくなっている。
各社のポイント還元競争の第1幕は18年末に始まり、19年の消費増税後の政府のキャッシュレス還元事業で加速した。事業者の主な収入源は決済手数料だが、利用者や加盟店を広げ決済頻度を増やすことが欠かせない。各社は先行投資で利用者を広げる戦略に出た。
コロナ禍の非接触需要もあり、キャッシュレス決済の利用は広がっている。調査会社のインテージ(東京・千代田)が1万6000人を対象に実施した調査では、3月29日~4月25日のQRコードなどを用いたスマホ決済の利用頻度は13.9%と1年前から約4ポイント、19年7~8月と比べると約10ポイント増えた。電子マネー(20.4%)、クレジットカード(22.4%)を猛追する。これらキャッシュレスの比率は計56.7%と1年前から3.3ポイント増え、現金(39.2%)を大きく上回る。
ペイペイのシェア過半続く
スマホ決済の事業者別のシェアをみると、いち早く18年から大規模キャンペーンを始めたペイペイが54.3%と過半を占め1強が続く。ペイペイの20年度の決済回数は19年度比約2.5倍の20億回超となり、5月時点の登録者数は前年3月から約1200万人増えて3900万人だ。
d払いやauペイ、楽天グループの「楽天ペイ」など、他の通信3社も徐々にシェアを高めている。特にこの1年で伸びたのがd払いとauペイだ。還元に力を入れていた21年2月のシェアは、d払いは18.1%と前年同月比で7.3ポイント増、auペイも14.8%と5.9ポイント増だった。
auペイを利用する30代男性は「携帯電話料金と同じタイミングで支払いの請求があり何度も入金する手間がない」と話す。KDDIとドコモは法人契約も含むと6000万、8100万件超の契約を抱える。この顧客基盤に資金力を生かした還元策を打つことで利用者を伸ばしてきた。
ペイペイは親会社のソフトバンクやヤフーの名前を極力使わず、独自ブランドとして導入店舗と利用者を開拓してきた。計316万カ所ある加盟店数の多さが利用を支えるものの、「還元率が一番良いから使っている」(会社員の20代男性)との声も多い。大規模還元による「お得感」がスマホ決済を増やしてきた。
こうした消費者還元は永続できない。3700万人の登録者がいるLINEペイは国内のコード決済事業がペイペイに22年4月にも統合される予定で、メルカリの「メルペイ」もd払いとポイントや決済コードを共通化した。規模で劣る新興企業のサービスは、通信キャリアが中心の4陣営に集約され、キャッシュレス競争の第2幕が終わった。
「スーパーアプリ」急ぐ
間口をさらに広げる第3幕に入り、各社は宅配や金融などのサービスを1つのアプリで提供する「スーパーアプリ」化や、各グループ内のサービス併用で還元率を高める。
ペイペイは「ヤフーショッピング」「ゾゾタウン」などグループ内外で支払い可能なネットサービスを300以上に広げた。ペイペイから料理宅配サービス「ウーバーイーツ」を注文でき中小規模の飲食店も開拓する。現在8つのサービスが「ミニアプリ」としてペイペイから使える。
ペイペイの馬場一副社長は「年がら年中ペイペイを使ってもらいたい。ミニアプリから連携先のサービスが利用されれば利益をシェアできる」と語る。ポイント付与は過当競争になると利用者が増えても収益を圧迫するもろ刃の剣だ。競合にない決済の新機軸を掘り起こす必要がある。
au、ローソンアプリと連携
スマホ決済におけるペイペイ1強の牙城を崩そうと他社も協業を急ぐ。auペイは20年5月、共通ポイント「Ponta(ポンタ)」を手掛けるロイヤリティマーケティングとポイント事業を統合した。さらに国内で1万4000店超のコンビニエンスストアを展開するローソンと連携し、ローソンの公式アプリ内から支払いができるようにした。
金融事業ではKDDIは傘下にauじぶん銀行、auカブコム証券を抱える。クレジットカード「auペイカード」も会員数650万人(3月末)と2年前から約5割増えた。スマホ決済やクレカでたまるポイントを投資にも使えるようにすることで、自社グループに利用者を囲い込む。
楽天、暗号資産チャージ
「囲い込み」で一日の長があるのが楽天グループだ。携帯電話こそ大手3社に比べて利用者が少ないが、ECモール「楽天市場」を中心に1億人以上の会員と年4700億円分のポイントを使い回す強固な経済圏を築いてきた。
強みがある金融で磨きをかけるため、3月から暗号資産取引所「楽天ウォレット」と連携しビットコインなど暗号資産を楽天ペイにチャージできるサービスを始めた。従来は銀行振込などが必要だったため時間もコストも省ける。
MMD研究所(東京・港)が1月に消費者600人を対象に実施したQRコード決済の満足度の調査では楽天ペイが首位となり、「1週間に1回以上利用する」が69%とペイペイ(67%)を上回った。利用の理由としては「ポイントがたくさんたまる」が47%と最多で、「普段使っているサービスとポイントが連動している」(26%)が続いた。
d払い、テーブルオーダー機能
ドコモは豊富な資金力をテコに利用を伸ばしてきたが、グループ内に銀行や証券会社を持たず金融面の連携は他の3社に遅れている。金融サービスの拡充へ11日、三菱UFJ銀行との業務提携を発表した。ポイントがたまる預金口座を始め、相互誘客を図る。
d払いは、飲食店で紙のメニューや現金のやりとりが不要になるテーブルオーダーの機能を始めた。店内のQRコードを読み込むとスマホで注文や決済ができる。ドコモのクレジットカードとd払いの金融決済は20年度が計7兆円と前年度から3割増え楽天を追う。井伊基之社長は「d払いは日常で使われるようになった。カードもd払いも成長を加速させたい」と話す。
消費者も対応し始めている。インテージの調査では、スマホ決済利用者のうち1種類しか使わない人は3月に67%と多数派だ。ただ、3種類以上に限ると9・7%と前年から3㌽増加しており、使いこなす器用な人が増えた。消費者からは「使える場所が少ない決済もあり、併用しないとキャッシュレス生活が送れない」(30代女性)、「極力財布の現金を減らさないため、キャンペーンや使える場所に応じて決済する」(20代男性)といった声が上がる。
スマホ決済には規制緩和による追い風も吹く。アプリに給与を振り込む「デジタル給与」の解禁を政府が検討し、厚生労働省が4月に制度案を示した。「受け取る選択肢が増え消費者の利便性は確実に高まる」(関係者)と期待する声は多い。
キャンペーンなどによる利用者の獲得競争が続くなか、今後は事業の収益化が焦点となる。ペイペイは10月、現在は無料の中小店向け手数料を有料にする。加盟店数が減れば利用者離れも予想される。「無料だから導入した」という加盟店にペイの新機軸を打ち出せるか。キャッシュレス戦争ではポイント競争から脱皮した企業が勝者に近づく。
(伴正春、池下祐磨)