元祖・東京きっぷる堂 (gooブログ版)

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「月のかけらの自分探し」:kipple

2005-07-24 00:30:00 | kipple小説


     「月のかけらの自分探し」


 
         隣人を愛するな。



         己れの罪を悔い改めるな。



         自ら命を断て。




               (バラ十字団の三つの忠告)





 人生は全て言い訳によって語り尽くされている。神様からの夢の伝達によると、僕は1981年に生まれ、2021年に死ぬことになっている。それだからといって特にどうという事はない。果てしないように思える時の流れの中で、ほんの40年間、僕がこの世に現れただけの事だ。僕は特にたいした奴ではない。言ってみれば、ゴミかクズだ。とにかく生きて死ぬ。40年間のカレイドスコープは泡だ。それに関しては何の意味もない。意味があるのは、今、今、だけだ。この一瞬だけだ。僕は二十歳の頃、そう考えた。


 僕は、ごく平凡に育ち、ごく異常な精神状態と肺結核によって、僕は、僕は、僕は、二十二才になった。今、思うのは総括的な人生には何の意味をも見出せないだろうという事だ。大学生活も終わりを迎えていた。同時にデカルトやマックスウェバーやルソーやフーコーやドストエフスキーやバタイユやフロイトやD.J.サリンジャーや太宰治やリカードやティモシーリアリーやタルコフスキーやピーターグリーナウェイやグノーシス思想やポランニーやカフカやフェリーニやマーラーやビートルズや宮沢賢治や寺山修司や宮台真司や村上龍や香山リカや金子一馬やセックスピストルズやマリリンマンソンや大槻ケンヂにも無感動になってしまった。全ての情熱が切れ切れのスコールのようにやってきて過ぎ去ってしまった。あとにはガラクタしかなくなった。飽き飽きした。友情や女の愛情もレーゾン・デーテルも全て、すっとんだ。エラン・ヴィタールがザッパリと切断された。恋人どもは次々と離れて消えてゆき、友人達は就職活動に熱中し、今まで僕と語り合ってきた人生やら哲学・思想の大問題なんか現実を前にして、あっさりと全て、おっぽりだして社会にへりくだるザマだ。僕らが熱中してきた理想とは、いったい何だったのだろう。条件の良い企業に就職して、朝から晩まで実体の無い資本主義体制に飲み込まれ、こき使われ、マイホームを築いて老化していくことが最初から彼らの本心だったのだろうか。改革思想や精神革命なんて、言葉の遊びで、女の子をくどく、かっこつけの意味しかなかったに違いない。ようするに何となく一般に俗されて若さだけの勢いで不安と無軌道と自己保身の本能に汚染され続けていただけだ。


 そのように考える僕は激しい絶望と無力感と情熱喪失で動けなくなった。まだ少しは若いという事だけが救いだった。22才は、まだ若い。三ヶ月間、ねっ転がって、パンクロックを聴き、ビールを飲んで煙草を吹かしていた。そして僕は大学を卒業してしまった。友人たちは就職しガールフレンドは結婚した。人類崩壊の日々だった。ケイタイを捨て、パソコンを金属バットで叩き壊した。頭が、どんどん、おかしくなっていくようだった。アルバイトをしながら日本中をズタ袋を下げて、ぶらついているうちに、僕は南に行きたくなった。南。工場の仕事が終わって同じアルバイト仲間のカポーティの「冷血」を読んでいるギタリストの青年に、デモ・テープの制作作業を手伝ってくれるんなら金をやると言われ、僕は決意した。涼しい風の吹く夏の夕暮れだった。僕はシンセサイザーとコンピュータのプログラミングとサウンドエフェクトとアレンジ作業に関わるいろいろを一週間手伝って十万円ほど貰った。墓場から死者が起き上がって来るような音楽が誕生した。彼は、それをどうしたのかは、知らない。おそらく他の誰かに売ったんじゃないかと思う。そして、おそらく誰の役にも立たない音楽。


 とにかく僕は工場を止めて給料を清算してもらい45万円の資金を元に旅行代理店をまわった。南。おだやかな島。住人なし。三週間。それが僕の希望だった。結局、一番貧相な旅行代理店の一番貧相な男に勧められたフィリッピンのサン・タ・ロサという島に決めた。その旅行代理店の男は“芸能人がよく行くところなんですよ、浜崎あゆみも行ったんですよ、スマップも・・・”と、そればかり強調していた。僕は、その島の風景と平屋で崩れそうな木造のホテルの写真が、やけに気に入り、即決した。楽園。パラダイス。海と太陽と輝く空。誰もが幸福になれる。心配だの不安だの苦しいだの、そうした負の概念を許さない。考える事も思うこともない。ゆったりと癒されあらゆる苦悩が穏かに溶解してしまう。金銭的にも体力的にも、何も問題はなかった。


 そしてパスポートを取り、十日後に僕は日本を出た。MDウォークマンで「ビョーク」を聴きながら雲を見ているうちに寝てしまい、起きたらボーイング707はマニラ空港に向かって降下するところだった。マニラは夕暮れだった。マニラはフェデリコ・フェリーニの「世にも怪奇な物語」の“悪魔の首飾り”の冒頭シーンのように美しかった。僕は何だか二度と生きて日本の土を踏むことがないような気がした。誰かに手相を見てほしくなった。いや、見て欲しくなかった。とにかく、707は無事に空港に着陸し、僕はタラップを降り、機関銃で武装したフィリッピン人の間をくぐりぬけ税関を通過し、インフォメーション・センターでホテルの予約をした。ホテルは世界中のどこにでもあるホリディ・インにした。面倒臭かったのだ。金が制約されているにもかかわらず、僕は一日目で贅沢してしまった。ホテルに入ってから、サン・タ・ロサの宿泊代の計算をしてみた。三週間がギリギリの線だった。まあ、いいや、と思った。何とかなるに違いない。何に対しても、そう考える時期なのだ。あまり変わらないかもしれないが。まあ、いいや。


 次の日、マニラから地元の航空会社のセスナみたいな飛行機でセブ島に向かった。暖かかった。とても暖かかった。身体が緩やかにほどけて行くようだった。回りじゅうが暖かく柔らかい光に満ちていた。飛行機はゴトゴト揺れた。気持ちが悪くなってくると同時に、何だか無性に笑いが込み上げて来た。上下左右に乗客が皆、体を揺らし続けている。僕は、クスクス、ゲロゲロ、笑っていた。人間とは余りにも大雑把に揺れる乗り物に対して笑いで反応するようだ。何故か愉快で愉快で仕方がなかった。入れ歯の缶詰を揺さ振るように飛行機はセブ島に着陸した。このちっぽけな空港にも、やはり機関銃を持った兵士が大勢、警備していた。その事は考えないようにして、僕は空港を出てバスに乗った。このバスもまた、ガタゴト揺れる。皆、上下左右に揺れている。ああ、何だか気持ち良い、愉快だ。僕は再び笑った。余りにも可笑しいので、そのうち気持ちが悪くなった。バスは熱帯樹の執拗なからみを、無造作にやり過ごして、小さな船着き場に到着した。バスは土埃と僕だけを残してジャングルに開いた小さな道を、今にも壊れそうにしてガタガタと去っていった。辺りは、しんとなった。


 海に続く小道を行くと、傾いた小屋があり、その中に背が高く痩せた男がいた。色の黒いノスフェラトウ。僕はそう思った。窪んだ巨大な目、薄笑いを浮かべた口と白く突き出した八重歯。船頭。この男が船頭だ。彼は僕の顔を見ながらニヤニヤと現地語で話しかけてきた。僕はサン・タ・ロサ島まで行ってほしいと英語で言った。すると彼はOKOKと言いながら埃だらけの服をパンパン叩いて小屋の外に出てきた。僕は彼に導かれるまま小道を進んでいき、カヌーの止めてある場所で止まった。乾いた砂のような浜に無造作に木の杭が打ち込んであり、それにカヌーがロープで引っ掛けられていた。彼が、ニヤニヤ笑いながら、乗れ乗れというような合図を送り、何やら現地語と英語の入り混じった言葉で指を一本立てて何かを要求していた。僕は1ドル渡した。ドル、OK、ドル、OKと彼はニヤニヤしながら、僕がカヌーに乗ると彼も乗り込んで、青いっぱいの透き通った海に出発した。


 しばらく彼はカヌーをニヤニヤしながら、ゆっくりと淡々と漕いでいた。しだいに岸が遠くなって見えなくなり、おそらくサン・タ・ロサだろうと思われる島影が見えてきた頃、いきなり、カヌーは動きを停止した。僕は何故、カヌーが停止したのか分からなかった。一瞬、頭の中が空白になった。太陽は相変らず、優しく、暖かい光を誰も彼もが幸福感を抱かせるように浴びせていた。僕は、どうして止まったのか?と英語で彼に何度も聞いてみたが、彼はニヤニヤ笑うばかりで、ちっとも要領を得なかった。静かに時間が流れた。僕が何だか変だと思った時、彼はニヤニヤしながら片言の日本語を交えて、言った。


「アイウォナビィ、アイ、アイ、アイ、ナウ!なった。なった。今、ナッタ。ワタシは、ナウ、ナウ、今、今からアルカイダ。アルカイダ、解る?アンダースタンド?」


 僕は唖然とした。そして彼はニヤニヤしながら後ろに置いてあったボロボロの袋からダイナマイトを出して僕の目の前でマッチで点火した。


「アイアム、テロリスト、なった。ワタシ、今、テロリストなった。ワタシ、今からアルカイダ。」


 と言うと彼はニヤニヤ笑いながら爆発した。輝く優しい太陽の下、透き通った海の真ん中で、大きな水柱が上がった。水上の間欠泉だ。



             


              ドッカ~ン!



 南の島。パラダイス。僕は月のかけら探しをしにきたのに、即席アルカイダに吹っ飛ばされてしまった。22才で死んでしまった。なんだい!神様の夢の伝達は嘘っぱちだった!神様なんか嘘っぱちだったんだぁ!手相を見てもらえば、どうかなったのか?いや見てもらわなくて良かった。


 この世は不条理だ!不条理だ!僕が月のかけらになってしまったのか?


 月のかけらは僕だった。なぁんだ、そういう事か。もう生きなくてすんだ。探し物は見つかりましたか?はい。何の悩みも無くなりました。


 夏の真昼間のピカピカ光る脳のとろけるような南国の伽藍の底で・・僕は自分をキャッチした・・・






           おめでとうございます!

 

 

                    


This novel was written by kipple
(これは小説なり。フィクションなり。妄想なり。)



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