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カズTの城を行く

身近な城からちょっと遠くの城まで写真を撮りながら・・・

「設楽10城への道(前編)」田内城と御城印

2025-01-12 15:45:35 | Weblog

設楽10城の二番目の城へ向かいます。道の駅したらから国道257号を北東へ少し走り、最初の信号交差点を左折して橋を渡ります。渡り切ってすぐに右折して山道を上がって行きます。

駐車スペースがあるので車を停めて、城跡の入り口へ行きました。

この山です。

田内城。二回目の訪問となります。菅沼氏の城です。

・・・と言うことで、前回本曲輪まで行っていますので、ここは遠望までとし、次へ向かうことにしました。

田内城御城印。収集第六十三号の御城印です。

次からは初訪問の山城が続きます。どこまで行けるのか不安もありますが、何とか辿り着きたいと思います。

 


「設楽10城への道(前編)」田峯城と道の駅したら(設楽観光協会)と御城印

2025-01-11 19:26:58 | Weblog

一昨年からネットで御城印のあるお城をアチコチ探しています。すでに訪問した所も、まだ行っていない所も含めてスケジュール的に行きやすい所から御城印を目指して車を走らせています。

その検索の最中に見つけたのが、設楽10城の御城印でした。設楽10城とは、愛知県北設楽郡設楽町にある山城のことです。長江城、清水城、小鷹城、湯谷城、田峯城、岩古谷城、田内城、寺脇城、鍬塚城、津具城の十城の御城印が一度に手に入るならと、昨年2月末に出かけました。実際の所自宅からは遠いので、この日は行ける所までにしようと言うことで出発しました。

豊橋、豊川、新城へと車を走らせ、新城の途中から国道257号へ出て設楽に向かって北上しました。豊川沿いを北上していた途中の長楽のT字交差点で右折して、今度は海老川沿いに北上しました。そして右折すれば四谷の千枚田に向かう海老池海津のこれまたT字の交差点を、今度はそのまま直進して稲目トンネルを潜って設楽町へ出ました。やや長いトンネルを抜けてすぐに再び豊川に出会い橋を渡ります。渡り切ってすぐに左折すると目に付くものがあったので車を停めました。

田峯城は再々訪ですが、ここから向かうのは初めてです。

その前にトンネルがあったので散策しました。

先が見えないトンネルです。

ゆっくりしていられないので、この画像の右側の道を上がって行きました。

くねくねとした山道を上がりきると分かれ道に到着。指示があるのでそちらへ進みました。

田峯城入り口です。ここまで来ると多少なじみのある景色です。

田峯城の駐車場へ入り、城跡へ向かいました。

向かいました・・・が、本日のスケジュールが予想が立たないので、再々訪の田峯城は遠望のみとなりました。

駐車場脇に椿?の花が咲いていたので、画像枚数を稼ぎました。

名残り惜しいですが、田峯地区の北側から下山して、上がってきたところより、2キロ先でまた国道257号へ出ました。

蛇行する豊川を渡ってトンネルを潜り、しばらくすると左手に道の駅、目的の場所へ到着です。

ここも2度目で、前回は五平餅を土産にしました。さっそく目的の場所へ向かいました。

この道の駅の2階に設楽町観光協会があり、そこで御城印を購入しました。

田峯城御城印。収集第六十二号の御城印です。

さあ、急いで次へ向かいます・・・。

 

 


「新城方面ミニ(見に)ドライブ・・・その6」城№506・・・武田勝頼観戦地(才ノ神本陣)

2025-01-10 20:01:09 | Weblog

以前訪れた設楽原歴史資料館へやって来ました。

ここから同じこの高台にある住宅の中心を通る道まで出て北上して行くと、のぼり旗と案内板があります。

武田勝頼本陣地跡。矢印が書いてるけど・・・。この説明でたどり着くのかな?

すぐの脇道がそうでした。行きます。

向こうにも旗があります。

あっちですね。

林の中へ入って行くんだ。

分かれ道です。

左を百メートルです。

ここにも旗、向こうにも旗。親切な案内です。

ここか・・・。

武田勝頼観戦地。ここからあの馬防柵が見えたんだろうか?

分かれ道まで戻ってきた。

林から出てきました。

武田勝頼観戦地の才ノ神陣地でした。

車へ戻って来て、そのまま北側へ山を抜けて行くと、広い道へ出ました。

そして坂を上がって行くと、史跡の説明版がありました。

と言うことで・・・。

上がってみます。

このまま上がって行けば才ノ神陣地でしたが、当然戻ります。

ここを最後に、「新城方面ミニ(見に)ドライブ」終了となります。

ご訪問ありがとうございました。

 

 


「新城方面ミニ(見に)ドライブ・・・その5」セット・サンク(SEPT CINQ)

2025-01-09 19:01:24 | Weblog

本長篠からちょっと遠征して鳳来寺山表参道まで行きました。目的は史跡でも城跡でもなく、ナビで出てきたケーキ屋さんです。

駐車場に車を止めてお店を探しました。

位置的にはこの奥のようだったんだけど・・・。少し歩いてみましたが、ケーキ屋らしいお店もなく、奥へ行く道もありませんでした。

表参道の入り口方面へ戻って付近を調べると、舗装されていない駐車場から抜け道があり、そちらへ行ってみました。

ここかな?

あれかな?

お客さんがいたのでここだと分かりました。

SEPT  CINQ ・・・読めなかったのでネットで調べたら、セット・シンクとありました。

一人で出かけると、どうしてもケーキを土産にしたくなります。土産と言っても自分が食べたいだけで、財布をチェックし、小遣いと相談して寄るか、寄らないか決めています。

左は三人分。右は優先順位で決めます。一応①息子 ②奥方様 ③私 いつもどれが最後に残るか想像しながら選んできます。

全部食べたかった・・・。

残り物の当てが外れた・・・。

セット サンク。隣の建物がイートイン出来るみたいだったので、奥方様と行ったら寄ってみようかな。


「新城方面ミニ(見に)ドライブ・・・その4」長篠・河津の桜並木

2025-01-08 19:38:44 | Weblog

飯田線の本長篠駅近くまでやってきました。駅前から見ると国道を横切って北へ走ります。数百メートル走ると左へカーブし始めるので、その手前の神社のところを右折して坂を上がって行くと、臨時の駐車場がありました。

ここから道なりに歩いて南東へ向かって行きます。(画像では手前に向かう)

そちらにはトンネルがあります。

少し早かったですね。

満開を見たかったなあ・・・。とりあえず初めての所なので、トンネルへ向かいます。

内金トンネル。旧田口線の鉄道トンネルでした。

実はここから満開の河津桜が見えるはずでした。職場の年間のカレンダーに三河の名所の写真があり、このトンネル越しに満開の河津桜が綺麗に写っていました。写真を撮る腕が悪いのではなく、満開時に来ることが出来なかったからだと、言い訳をしたい気持ちです。

トンネルを抜けると、白い梅の花でしょうか?咲いていました。

河津の桜並木。もっといいタイミングに来たいものです。そしたらかなり混んでいるのかな?

伊豆の河津桜も見てみたいなあ・・・。

ここでも満開なら綺麗なんだろうなあ・・・。

駐車場へ戻ります。

これがなあ・・・。

ちょっとだけ咲いていた桜画像で申し訳なかったです・・・。

・・・ということで・・・。

一週間後にやってきました。今度は雨です。ついていない男です。

おお、ちょっと違う。

色がいい。

まだ早いのか?もう遅いのか?それでも桜並木と言えそうです。

トンネルを抜けてきました。

雨でしたが、まずまずの写真が取れました。

もう少し別カメラの画像があります。

河津桜の花色もいいですね。雨が降っていなければもっと・・・。つきのない男です・・・。

さて一週間前に戻って次へ行きます・・・。


「新城方面ミニ(見に)ドライブ・・・その3」中山砦

2025-01-07 20:41:12 | Weblog

豊川の東側をそのまま北上、こちらは交通量が少ないのが良い。桜淵公園を通り過ぎさらに進んで行くと、やがて新東名の高架が見えて来ます。「そうだ、あそこへ寄って行こう」そう思い高架を過ぎてすぐに右折し坂道を上がって行きました。

2回目の訪問の中山砦跡。最初の時はこの階段を前に行くのをためらいましたが、今回は経験済みなのですぐに階段を上がって行きました。

山城も初めての時は、あとどれくらいで着くのか分からず、体力と相談して断念することが多いですが、一度経験すると、ここからもう少し頑張れば行ける、と思えるので最後まで行けるようになります。

でも体力や持久力が向上したわけではなく、気持ちの問題です。やっぱり疲れるし、息も上がります。

着いた・・・。

武田五砦として訪問した時が懐かしい。・・・そんなに前ではないけれど。

整備される前とは姿が変わっているようですが、私の訪問時はすでにこの姿なので、ここが中山砦です。

さらに高い所へ上がりたい。・・・

付近は山です。

寄り道しました。階段を下りるのは楽なので省略。

ここから豊川の西側、本長篠方面へ向かいます・・・。


「新城方面ミニ(見に)ドライブ・・・その2」宝昌院と菜の花畑

2025-01-06 18:53:29 | Weblog

望月家住宅からそのまま奥へ走り、やや東側に向かうとお寺がありました。

訪問の予定はしていませんでしたが、何か歴史に関係ないか寄ってみました。

由来を読んでみると徳川家康の名前が出てきました。

所々の石垣が魅力的でした。

昌林山 宝昌院。臨済宗東福寺派のお寺。

駐車場に戻って次の目的地へ向かいます。

宝昌院から望月家住宅側ではなく時計回りに戻っていくと、途中に神社があり、その前に菜の花畑がありました。

諏訪神社です。

神社の方へも行ってみました。

黒田地区の建物です。・・・戻ります。

菜の花も鑑賞できたので、ここから鳳来方面へ向かいます・・・。


「新城方面ミニ(見に)ドライブ・・・その1」郷道の滝~望月家住宅

2025-01-05 10:22:24 | Weblog

昨年2月中旬、豊橋の東側から新城方面へ向かい、豊川の東側から西側の鳳来方面へ走って史跡、名勝などを見てきました。

最初は、豊橋市石巻西川町の郷道の滝公園へ行きました。

こうした名勝?の中で滝などを時々探して寄ったりしていますが、近場が多いので有名な場所には行けてません。それでも滝は普段の生活とは違う場所へ来た感じが強く感じられて好きですね。

奥の階段を下りて行きます。

何度か来ていますが、前日の天気によって水量や水の落ちる姿は違います。

滝行はしたことないですけど、落ちてくる水を浴びてみたいです。

続いて郷道の滝から北東へ移動し、g…マップで見つけた新城市黒田にある古民家へ向かいました。

望月家住宅。国の重要文化財(建造物)。18世紀中ごろに建てられた民家。釜屋建て(居室部と土間を別棟とする分棟型民家)で現存する同種の建物としては一番古いようです。

受付の方を呼んで料金を払い、見学させていただきました。

あきらかに前回の石川家住宅とは時代も、場所も、住んでいた人たちの違いもあり(ボケている画像が多くてすみません)、まったく違う雰囲気を感じました。どちらかというと、こちらのほうが懐かしい感じがします。

二棟の間の樋についても説明していただきました。

裏にも回っていきました。

現代人から見ると不便だし、広いと掃除が面倒だと思われると思いますが、私はこんな田舎の古民家に住んでみたいです。

望月家住宅の見学を終え、そのまま東にあるお寺へ行ってみました・・・。

 


「豊田~みよし~日進史跡巡り⑩」石川家住宅

2025-01-03 11:15:34 | Weblog

予定していない場所に時々寄っていくことがあります。今回もある程度の予定は済ませていたので、そのまま帰ることはできたのですが、ナビで調べていると、史跡のマークが近くにあったので寄ってみました。

三好城跡の中学校から西側のやや広い道路を北に走り、次の信号交差点の一つ前の路地を左折しました。門の前を通り過ぎると建物の西側に駐車場がありました。そこから入口のほうへ歩いていきました。

石川家住宅ってどんな歴史があるんだろうか?事前調査もなかったので何も知りません。

ここでガイドの方とお会いし、案内してくれることになり、説明を聞きながら見学しました。

石川家住宅。明治43年に石川正雄が建設。正雄の父石川愛次郎は三好村村長などを務めた。正雄の長男石川恒夫は、中京テレビの社長、会長などを務めました。この石川家住宅は恒夫の死後、三好市指定有形文化財(建造物)となりました。

いろいろ丁寧に説明していただきました。

こうした古い住宅、誰々の生家と言う建物を見てきましたが、どこもボランティアのガイドの方は親切だと言う印象があります。

ここから帰り道です。ナビで走って行きましたが、岡崎に入るまでどの辺りを走っているのかわかりませんでした。

「豊田~みよし~日進史跡巡り」終了です。

愛知県民でも、まだまだ走っていないところが多いことを改めて感じ、これからもいろいろな史跡、城跡を探して出かけたいと思います。

ご訪問ありがとうございました。

 

 

 


「豊田~みよし~日進史跡巡り⑨」城№505・・・三好城

2025-01-02 19:26:21 | Weblog

三好市立歴史民俗資料館の駐車場から右に出て、すぐ左の路地を入って行くと、しばらくして左手に八幡社、右手に中学校があり、この辺りが城跡のようです。

グランドの南側に駐車スペースがあったので、車を停めてちょっとだけ散策。今度は画像右手が八幡社、左手が中学校です。こちら側より少し高い位置になります。

西側は少し雰囲気がいいですね。

三好城。佐久間氏が居城していたようです。

八幡社や学校が城跡だったりすることはよくあること。両方なら確実かな?

八幡社と中学校でした・・・。いえ三好城でした。

この近くでもう一ヶ所寄って帰ります・・・。