ブログ「かわやん」

森羅万象気の向くままに。

黄禹錫(ファン・ウソク)教授事態、もみ消し工作疑惑や細胞すり替えの告発も 

2005年12月28日 14時35分20秒 | Weblog
韓国の黄禹錫(ファン・ウソク)教授の幹細胞(ES細胞)研究についてテレビ番組「PD手帳」に論文の不正を訴えたアメリカ在住の韓国人研究者に対して口止め工作資金ともみられるお金3万ドルが動いたのではないか、それも朝鮮日報28日の報道では国家情報院が口止め工作資金に関与していたのではないかと報じるなど複雑な様相を呈してきた。

しかし科学の基礎研究とはおよそ無縁なものばから。国家情報院は「報道は事実関係を確認しない虚偽報道」とコメントしている(朝鮮日報から)。ソウル大学調査委員会が26日ニセと断定した幹細胞について黄色教授が「すりかえられたものだ」と告発する事態にもなっている。

こうし応酬を追っていると本質を見失う。ニューヨークタイムスは25日に分析記事を載せ、「韓国政府の手厚い支援誘致策と研究組織の細分化、豊富に供給された卵子などがある」と分析した。またさらに、「黄教授は胚クローンの段階別に研究チームを細分化・特化。お互いに研究員は研究の進度がわからず、 個々の患者に生物学的に完全にあうES細胞を直接目にした研究員はほとんどいないようだ」とも伝えている(東亜日報28日電子版参照)。
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報道被害と匿名発表

2005年12月28日 00時13分34秒 | Weblog
 犯罪被害者等基本計画案が26日原案通りまとまった。今後は被害者の生活支援など画期的な面もあるが警察が実名、匿名を個別に適切に判断して発表することになる。

 恣意的な判断で匿名発表されないということだが、新聞協会などは、警察にとって都合が悪い事件を匿名原則で発表していくと、「権力犯罪」そのものがあらわにならないとして実名報道にするよう求めていたのだが、ついにメディア側の要望は実現しなかった。

 これまで被害者が匿名というケースは婦女暴行に対する被害者は匿名とされた。実名を出すことは性被害を明らかにし、被害者への偏見を生むからである。報道による公共圏形成は加害、被害について、いずれも慎重でなければならないが、それは報道側の判断が優先するのが原則である。しかし今回の決定はその前に判断が入ることになることを意味する。

 これまで新聞協会など反対してきたのだが、市民レベルからほとんど反対の声はでなかった。マスコミと市民の間にすき間が確実にある。マスコミへの批判が社会で根強くあるからだろう。マスコミは民衆の味方ではない、むしろ加害の面があるという意識が近年潮流として出てきた。報道被害ということばが出てきた。それは民衆同士の反目ではなく、マスコミという権力に対する権力なき民衆の告発であった。

 こうした社会動向を背景として警察側が民衆=被害者を保護するという「正義」が今回の法の正義の根幹にある。しかし何か変だ。警察という権力が「国民」の知る権利を代行するマスコミ=言論の役目に裁量権を行使するからだ。

 警察は報道に現われるまえに作為する業務上の裁量権は実に多い。容疑者逮捕のために犯人だけが知る「秘密の暴露」をおさえることは捜査の生命線であるから、起訴できるまでオープンにしない。捜査上犯人逮捕と関係がない情報を報道に教えることはよくあるし、それを抗議する言論がおれば己の取材力のなさを逆に語っていることになるから、そのこと取材側と警察がもめたということはあまり聞かない。

 今回はその警察側の裁量とは関係がない。本当に被害者が公表を求めない場合だけなのか。広島での女児殺害事件では容疑者逮捕で一斉に匿名になり、顔写真も報道されなくなった。被害児童の遺族側の要請があったからだろうと推察するが、これは報道側の裁量でもある。決して警察側の裁量ではない。

 本当に警察の裁量ではなく被害者側の要望で匿名にされるのかー。言論の側はこの検証をやらねばならない。基本計画には「被害者側の要望による」とは明記されていないだけに、真実は何かをさぐる役目を担うことになった。その作業をしないなら言論は警察の裁量に屈することになる。
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