ブログ「かわやん」

森羅万象気の向くままに。

カフカとアメリカ

2005年12月25日 23時40分25秒 | Weblog
樋口大介さんの『世界戦争の予告小説家カフカ - 「変身」と「判決」』(河出書房新社、2000円)を読んだ。久しぶりに面白い書と出合いネットにも書評を書いたが、従来のカフカ像を覆す迫力をもつ。

とにかく「世界戦争の予告 小説家カフカ」というタイトルがすごい。この本の中で何度も書かれているのが「グレゴール・ザムザはナポレオンである」である。この衝撃的テーゼが本書を貫く。

言論の自由が私的領域で好き勝手なことを書き、発言する自由ではなく政治発言の自由であると、憲法学者(松井茂記)が発言しているが、文学だって単に私的生活を描写することではなく、政治的発言=政治参加に不可欠な表現として組み立てられる言語空間であることが意外と認識されていない。だから樋口の「変身」「判決」を読み解く作業に新鮮な驚きを覚えるのだ。

樋口の系譜はサルトル、フーコーなどの権力をめぐる論考が螺旋階段のように文学解釈に注ぎ込まれているとみたい。最近読んだ坂本佳鶴恵『アィデンティティの権力』(新曜社、3500円)も同様だ。差別問題の社会学上のアプローチだが、アイデンティティ論を権力論からドッキングしている。そういう時代なのだ。『下流社会』という本が評判だが、これも権力が下層社会を固定化しているところから読むと著者の見事な分類も別の角度から光があてられる。それは言葉のわい小化だろう。それを打破していく政治言語が文学的解放ではないのか。

かつて柿本人麻呂を描いた梅原猛さんの『水底の歌』が衝撃を与えたのも、情緒的に読み解く万葉集解釈ではない政治的なあまりに政治的な「怨念」という政治的情念に光を当てたことが新鮮であったのだが、この書もヨーロッパを席捲した皇帝ナポレオンと格闘する作家カフカを描くところが面白い。というよりそうしたことが背後にあるなど考えられないからだ。ヨーロッパ体験が樋口さんにあるからだろう。

韓国から帰ってきたが、語学力はまったく停滞しているが、韓国体験はその地の人の見方と出会えることでわい小化し見方を破戒するのが素晴らしい。

幹細胞培養問題でのソウル大黄教授のことを現地から伝えたが、帰って中央日報の読者のコメントを読むと、ひどい韓国人批判である。そうした批判は黄教授をシンボルにした韓国人蔑視だが、そのつむぎ出される言葉が私的領域=日本主義に絡めとられた私的政治言語ということに気gあつかないのだろうか。

さて、カフカ解釈は3つにまとめられるーと、樋口さんははまとめる。

一つはマックス・ブロートに代表される宗教的倫理的な求道者。
第二は、カフカの私生泊に作家の秘軒を解明する鍵があるとするもので、当然カフカの家庭生活や交友倒係、恋愛の探索が熱心に行われる。
第三は、ウラジミール・ナボコフの『変身』論が代表するようにカフは小説という一芸術ジャンルの抜きん出た名手というわけだ(11ページ)。

「『変身』 の主人公グレーゴル・ザムザは、大変多くの、ほとんど数え切れないほど多くの身元から成る合成体であるが、そのうち優先順位からいって真っ先に挙げられるべきはナポレオンであるという指摘はどこまでも刺激的だ。

そのことは『変身』という複雑多岐をきわめた作品世界を読みほどくことを可能にするのだが、朝鮮半島をめぐるアメリカはまさしく現代におけるナポレオンという枠組みを設定してもおかしくない。最近の駐韓米大使の北への発言、ニセドル追及、それに対する鄭統一相の「具体的証拠は」という応酬。アメリカという現代のナポレオに面して言語をつむぐことがかけている。そのことは反米ではないのだ。現代を正確にとらえるためだ。

ところで樋口のこの書に出会うまでカフカがこれほど当時の政治状況に関心をもっていたとは知らなかった。カフカは普仏戦争を生き生き伝える書を熱心に読み、ヴェルサイユ宮殿にある「ヴァグラム戦場におけるナポレオン露営図」を熱心に見て、メモを日記に留めているという。マックス・ブロートに当てた文面から樋口はこう読み解く。

「普仏戦争は起こらないというブロートの判断に賛成していない。そして自分を「ドイツの文学スパイ」と名乗ることで、自分が何物であるかを伝えてると」(79ページ)

こうした解釈が残されたカフカの日記などからなされ、「変身」「判決」を読
み解くのである・そして「変身」が書かれた1912年、近い将来戦争必ず起ると予言するーとまで「変身」から読み取る。文学とは世界と葛藤しているものだということを読者に十分伝えるのだが、それは現代でこそなされろとカフカはメッセージを送っているのではないか。今も@読まれるとはそういうことだ。解釈されることで終わらないからだ。


コメント
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