川の果ての更に果てに

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死刑判決確定

2006-09-15 23:29:13 | 犯罪・刑事関係
刑事裁判が三審制なのは、三度審理の経緯などを踏まえることで人権保障と真実の発見を果たそうというようなことにあるようですけれど、そもそものルールを無視しようとなるとこういう結果になってしまうのは仕方ないでしょうかね。
オウム・松本被告、死刑が確定…特別抗告を棄却(読売新聞)

結局、心神喪失を装っていた(本当にそうだった可能性が絶無ではないにしても判決はそう認定しなかった以上装っていたということで)まま、控訴趣意書がないということで棄却、特別抗告却下で決定と被告人側からしてみると自滅のような形になってしまったわけで、結果的にはほとんど肉声も聞けぬままに終了してしまったわけですね。
このあたりは第三者的に見ると真実とかを語ってほしく、自分の世界に逃げ込むのはずるいということになるわけですが、当事者的立場になると裁判はどうしても勝ち負けということになるのでしょうし、勝ち負けと見るならば唯一勝ちが見込めるのは訴訟能力の喪失を主張するしかなかったという部分はあるんでしょうかね…。

決定書は既に被告人に届いているようですけれど、その時にはどういう態度をしたのでしょうか。また「ちくしょう。どうしてなんだ」とか言っていたりするんですかね。

ま、もっとも、確定したといっても、執行段階でもまた心神喪失状態であれば死刑の停止などがなされうるわけですから、停止しろとかそういう問題がまた生じてくる可能性もあるのかもしれません。
確定して全て解決というものでもないんでしょうね。
というかまあ、死刑が執行されても解決するわけではないですけれどね(解決だと言えば遺族の大半は怒るでしょう)。区切りをつけるというだけで。

日暮れて、道尚も遠し…というところですかね。

平山相太・Ⅱ

2006-09-15 20:23:45 | サッカー
この記事の真偽についてはもちろん偽ではあるでしょうけれど、対戦相手のサポーターの平山相太に対する悪口は「マザコン遊び人」で決まりですかね。

“マザコン遊び人”平山に反町監督「結婚のススメ」 (ZAKZAK)

と同時に、中田英寿に続く週刊誌ネタの主役も平山ということになるんでしょうね。言い方は悪いですが、他の選手は取り上げてもまるで話題にならないくらいに面白みのない選手ばかりですからね。
もちろん、平山がダメになって消えるまでということですけれど。

しかし、反町さんの結婚の勧め(もちろん、反町がこんなことを勧めているはずなどないのは百も承知ですが[笑])を受け入れて結婚した結果、ますます怠惰になったらどうするんでしょうかね。母親の言い分ですら聞かなくなって「代表も試合も面倒臭いから行かない」とか言い出すなんてこともあるかと思うのですが。まだしもサッカーに理解のある母親に頼んで試合前に喝を入れてもらうほうがより効果的な気もしますが(笑) まさか結婚相手まで用意しているということもないでしょうし。

まあ、平山については批判の方が多いですけれど、個人的にはロールモデルに反する問題児は好きなので、「海外が嫌になった」とか「ホームシックになった」とかいうコメントなどで失望したりはしませんし、むしろより愛すべきキャラの持ち主であると好きになりました。もちろん、能力の評価となるとまた別物でありますが、極端な話、色々なサッカー観を持つ選手が出てくることもある意味サッカーの裾野の広がりを示すものと思っていますから、むしろ活躍して「代表に行くのは面倒だ」とか言うくらいの問題児になってほしいなとかいう気もしております。

あと、「Jを舐めるな」とか「FC東京を馬鹿にするな」とか言われていますけれど、今のFC東京見ていると「平山なら遊んでてもスタメン取れそうだ」ってなりそうに思うのが自然なんですけれど…
若手選手あたりがメンタル的に荒んでしまっていますからね…
ルーカスと今野がいなくなってしまえば、来季J2降格を争うようになるでしょうから、平山補強はとりあえず間違いではないとは思います。一緒になってダメになる可能性は大いにありますけどね。

竹中氏の選択

2006-09-15 19:56:59 | 日々のニュース
竹中総務相が小泉政権の退陣とともに参院議員の職を辞するのだそうです。
小泉政権とあった政治家生命という認識なのか、あるいは新たに用意された慶大のシンクタンク顧問の待遇が現在よりいいからということなのかは分かりませんが、何となくいい時期に巧いこと理由をつけて辞めるものだなという気がするのは確かです。もちろん、大臣としても議員としてもできる範囲では頑張っていただろうとは思いますけどね。

小泉政権とともにという観点でいけば、そもそも理屈の上でいけば去年の衆院選挙は小泉に対する信任選挙の意味あいが大きかったので、その小泉が退陣してしまうのはある意味民意に対する裏切りということもできるわけなんですけどね。退陣するのなら衆院を解散して民意を確認するというのが筋なのでしょうけれど(まあ、小泉が直々に後継者だと言った安倍晋三が首相になる分には辛うじて民意が及んでいるということもできるかもしれませんけどね)、まあ、三人ともそのつもりはないでしょうけどね。

で、その代わりに元女子プロレスラーの神取忍さんが繰り上げ当選ということになるのだとか。竹中の代わりが神取忍…選挙というのは何とも不思議な世界だという気がしてならないです。

そういえば、今年限りでプロ野球選手を引退するファイターズの新庄選手にも「是非参院選に出てくれ」と自民も民主もアプローチをかけているのだとか。で、まあ、立候補してヘリコプターからパラシュートで降りてくるパフォーマンスをしつつ「命をかけて政治に取り組みますので参院選はツヨシをお願いしま~す」とか言えばダントツでトップ当選を果たしそうな気もしますけれどね。というか、私も入れますけれど(笑)

親父が大物政治家というだけでなれたという面々も多い二世政治家と別分野で稼いだ知名度を武器に政治家になった素人ばかりの政界と、一応その道の資質ありとみなされ、色々やっている霞ヶ関の官僚達。
それでも前者の方が日本を良くすると信じている人が多いようではありますが…

個人的には政治の能力そのものは無くとも、意欲に満ちかつ心理学的素養があり、官僚の意欲を正しい方向に向けさせる政治家に出て欲しいものですけれどね(笑)。

明日も国立

2006-09-15 10:23:06 | サッカー
久々FC東京以外の試合
清水エスパルスが出稼ぎ出張に来るので(笑)、好調エスパルスをしかと目に焼き付けてまいりたいと思います。バルちゃんも見てきます。

南アフリカ代表
2010年の開催国がそこに向けてのメンバー発表をしているので見てみましたが、正直ちょっと苦しいかな~というのがあります。今回発表された中には南アの最高の不発弾ベニー・マッカーシーがおりませんでしたが、それ以外の海外組はピーナールとかノムベテとかほぼいたように思います。
とはいえ、主力組が全部揃った状態では南アはドイツにも出られず、既にアフリカでは中位くらいにまで力が落ちている…当然、若手に奮起してもらいたいところですがパレイラの呼んだ新生南ア代表はまるでジーコの代表を見ているかのように若手がおりません。
最初の段階から期待の若手を重点的に呼んで、4年間かけてしばらく目をつぶってでも育てていくしかないように思うのですが…

2008年の欧州選手権開催国も実力未知数のオーストリアがいたりしますし、アジアカップもアジアの中で力が劣るとされる東南アジアの4カ国で開催。
未知の国で開催するのはこういう部分では不安がありますね。
まあ、2002年の前には欧州や南米で似たような話があったんでしょうけれど(笑)

グロンケア、数週間離脱の見込み
昨日のベンフィカ戦で前半終了間際に退いたイェスパー。手術が必要かもしれないということで、次のセルティック戦に間に合わないことだけは間違いありません。
ウインガーの宿命(昨日はトップ下だったけど)なのでしょうけれど、本当にケガが多いなぁ。次節はアルベックが戻ってくるかわりに離脱ってわけで…
まあ、アヤックスに勝った試合でも彼はいなかったので、そういう部分ではいなくても何とかなるという部分はあるんですけれどね(笑) 
セルティックの右は俊輔も含めて守備力がほぼ無ですので、速いピンポンを入れてかき回してくれればとは思います。後ろはベルグデルモがいるので安心できますし。

U-21、大幅入れ替えも?
中国にある程度苦しみながらもアウェーで勝った面々に文句があろうはずはないですが(まあ、その後FC東京あたりは絶不調で梶山あたりは使えないというのはあるのかもしれませんが)、裾野を広げる時期だということで新しいのを呼ぶそう。梅崎とか伊藤とか呼ぶんですかね。

伊藤翔
アーセナルが獲得を検討している伊藤は今後の課題として「とりあえず走ろうかな」とか言っているのだとか。
まあ、最後慌てて外すなんてシーンは見飽きるほど見飽きましたので基礎体力を十分につけて自己のフィニッシュ遂行能力に自信をつけるか、あるいはPAラインギリギリのあたりからPKの練習をしてゴールキーパーの挙動を冷静に見抜く鉄の精神と相手GKが反応しれない強烈なシュート力を身につけるかでしょうかね。

公務員の特権

2006-09-15 00:55:28 | 日々のニュース
飲酒運転に対するエントリが毎日のように続きますが、昨日のエントリに対して破壊王子さんからTBをいただきました。
公務員のぬるい措置や甘い態度について批判されております。
で、まあ、飲酒運転に対する醜い抵抗については私も何とも情けなく思う限りではあるわけですが、そうした流れを受けて公務員制度に対する批判もぶつけられております。まずは引用。

小室先生(重ねていうが哲哉じゃないぞ)は日本は官僚が支配する国に成り下がったと嘆いた。これは戦前から連綿と続く流れである。高級官僚であるということで、下士官クラスなら死を賜る事件・事故を起こしておきながら、栄転・昇進した話もある。時代は下って総量規制通達という愚策により、国民の財産をあっという間に減らした旧大蔵省の役人は何のお咎めもなく2年前に死んだが、天下り先で社葬まで営まれたそうだ。支那ではないがこ奴の銅像でも作って唾でも吐きかけるくらいしてもいいと思うが。

つまりこの国は公務員か非公務員かで行政が差別的処分をしているのだ。公務員でもキャリアとノンキャリア、国家と地方で違いがあるというだろうが、特典付に変わりはあるまい。もはや上からだとか下からだとかいう話ではない。全体が腐って見えるのだがアタシの目は節穴かな?

これで民主主義国家でございますと、どの口でいうのか?基本的人権(アタシはこれにも民主主義にも懐疑的だけれども)とは万民に平等にある物じゃないのか?こうも違いがあることに論理的説明が出来るのか?ただでさえ行政権力の先鋒にいるくせに、この特権意識はなんだ。どこが三権分立だ。全て役人が食い込んでいることの証明じゃないか。これで北の将軍様の専制国家をどの口で笑えるか。


この部分についてですね。
まず、別の国にありながら似たようなことを書いた人もおられますのでそちらを紹介。

特権はまさしく平等の対立語であり、官僚はまさしく民主の天敵である。官吏が自ら進んで自分の特権的階級を制限し、行動の自由を享受することを控え、糾弾に対し法廷に出頭して答える日が来たならば、中国は一夜のうちに真の民主的国家に生まれ変わることができるであろう。しかし現在はまだそのときではないようである。もし人民が自由を得たら官僚や軍閥は今のように自由でいられないだろう。もし人民が犯すべからざざる民主を獲得したならば、官僚達は編集者を逮捕したり、新聞社を閉鎖したり、また自分の頭痛を治すため他人の頭を切り落とす自由がなくなるのである。
(中略)
こうした観念が中国人の意識の奥深く根を下ろしている。不正は官僚自身だけに限らず、熔樹の根のように四方八方に向かって伸びていき、遥か数里の遠きにまで達する。おまけにその大きく張り出した枝に作られた木陰の下に集まるすべての人間身の上にまで及ぶのである。中国人はこうした熔樹の木と争おうという気持ちは起こさず、ただなんとか自分もその木陰の下に潜り込んで甘い汁を享受しようとするだけである。中国人はアメリカ人のように官僚を弾劾したり、あるいはボリシェビキの党員のように金持ちの家屋に火を放って燃やしたりはしない。中国人は手段を講じて権勢家の門番にでもなって、彼らの威光を享受したいと考えるだけである。(「中国=文化と思想」 林語堂著 講談社学術文庫)


この林語堂という人が上の論文を書いたのは1935年(つまり中華民国の頃ね)だそうですが、まあ、何というか今の日本と照らし合わせてもそんなに変わらんなという気がしてなりません(弾劾するか火をつけるか門番になるかの違いは別として)。ちなみにこうしたことを受けて「こうした(特権を享受する)現代の官僚を公僕と呼ぶのは民主に対する冒涜である」とも。警察官を公僕というあたりからして、日本は民主国家ではないということですね(笑)
ただ一方で林語堂は官僚制度について以下のようなメリットもあると説いております。
官僚制度の唯一の取り柄は中国に世襲的階級制度と貴族的階級制度を生み出さなかったことである。中国の官僚階級はヨーロッパの地主貴族のように世襲できる階級では決してなく、中国ではいかなる家系であれ、永遠に貴族であることはできない。
(中略)
これと同時に科挙制度は才能ある人間を社会の低層から引き上げる役目を果たしてきた。中国の科挙の試験は乞食と娼婦の子供以外は誰でも参加することができたばかりではなく………才能さえあれば誰でもこれを享受でき、富裕な家の子弟だけが利益を独占してしまうようなことはなかった。この意味では中国では誰に対しても平等に機会が与えられていたと言うことができよう。


このあたりも日本は同じですね。科挙の代わりが国公一種になったと考えればいいわけで。
で、まあ、これは以前総裁選のエントリの時にちょっと触れましたが、例えば総裁選に出ている面々はこれは貴族階級といってもいいわけですね。安倍も谷垣も麻生も全員二世三世議員です。小泉だってそうですし、まあ人気を必要とする政治家商売の場合は自力でなるより先祖の威光も借りた方が有利なのは間違いありません。例えば彼らの息子が首相になりたいと思えば、我々よりも遥かになれる可能性が高いわけです。
しかし、公務員になるのは必ずしもそうとは言えませんね。基本的に各自治体や国家公務員試験に合格さえすれば、誰でも官僚や公務員になれるわけですし、そうなれば特権を享受することができるわけです(無論特権自体の是非は別ですが、1935年の中国と今の日本とで似たような状況である以上、結局はなくならないと見ていいのでは)。つまり特権だと批判していても一応、それらを等しく享受しうる可能性がある点では平等であるといえそうなわけです。

破壊王子さんがいみじくも書かれていますが、「アタシは相変わらず一人者だが、倅なり娘が出来たら公務員になれと勧めよう。こんな特典があって民間でカツカツ生きるなんて損だもんな。」というのはある意味、日本が機会においては平等であるということを示しているのではないかとも取れるわけです。
別にまあ、官僚や公務員を擁護するつもりもないですが、特権があるから≠平等でもないのではという見方はあるわけで。

こんなことを言う私はすなわち不祥事もみ消しなどに対する特権は批判しつつも結局最終的には「結果的に不正なんてどこにでもあるさ。全部なくなるもんでもないやね」と門番に立つわけですが、皆さんは糾弾されるのか火をつけるのか、さて…?

ちなみにこの本、結構ウイットに飛んだ世相斬りが多くて、現在の日本にも通じるところがあるので一度は読んでみたら面白いのではとは思います。まあ、新品だと1,400円とちと高いですので、中古くらいの方がいいですけどね。
ちなみにこんなことも書いています。
中国人が過去二千年にわたって道徳の陳腐な議論を飽くことなく繰り返してきたにもかかわらず、国家の道徳的状況を替えることができなかったばかりではなく、賢明で廉潔な政府の出現も見なかった事実を中国人は直視すべきである。もし道徳的感化がいくらかでも役に立っていたならば、中国はすでに聖人の楽園になっていたはずであることを、中国人はまたはっきりと認識すべきであろう。
道徳を用いて政治を改革しようという思想や議論がなぜかくも流行するのか、特に官僚たいが語るときにはとりわけ力が入るようだが、これはこうした改革が少なくとも誰に対しても害になることがないことを彼らは知っているからである。実際においては道徳の向上を高らかに叫んでいる大人先生にかぎって、その良心に疚しいところがあるようである………「仁義は美徳である」と我々が言えば彼ら(官僚)は「全くもって仁義とは美徳そのものである」と言うのであり、もとより誰に対しても害になるはずがない。他方、私は官吏が法治による政府について語るのをいまだかつて耳にしたことがないが、もしそれを口に上せば「よろしい、我々は法律によってあなたを起訴し、監獄に送ってやろう」と答えるに決まっているからだ。

いかがでしょう。総裁選の先生方。