照る日曇る日 第1071回
胸底は海のとどろやあらえみし
蛇として生まれし生を存ふる
縄跳びに入れ損ねたる冬日かな
露草の瑠璃のかなたのいのちかな
げぢげぢと間違へられし百足虫かな
すめらぎを言寿ぐぼうふらばかりなり
すめらぎの盛りて氷河細りけり
この花を見られぬ人のありにけり
梟の声をゲバラと思ひけり
寒の朝まず確かむる生死かな
狼の思ふは月の荒野かな
三十三才命惜しまず鳴きにけり
欠けたるは佐倉宗吾か羽蟻群る
無信論者にも給はる聖菓かな
厭はれしままにて消ゆる秋の蠅
桑茂りものみな命わたくしす
捨てし世を未練と思ふ遠花火
蹶起せし死者のそびくや濃竜胆
棺一基四顧茫々と霞みけり
異なものを除く世間ぞすさまじき
夕焼けてイカロスの翅炎上す
あやまたず柿熟るる日の来たりけり
国ありて生くるにあらず散紅葉
人を殺めし人の真心草茂る
さりながら空の耀く母の日よ
夏服の母は十貫足らずかな
夢でまた人危めけり霹靂神
差し入れのりんごに残る若緑
黙契のいつしか消えて雲の峰
秋近し旗持つ友の莞爾たり
怨讐を晴らさむものと蝉時雨
たたなはる緑野に叛旗蝟集せむ
向日葵の裁ち切られても俯かず
心中に根拠地を達つ不如帰
しがらみを捨つれば開く蓮の花
誰がための弔鐘響く夏夕
花影や死は工まれて訪るる
日脚伸ぶまた生き延びし一日かな
革命をなほ夢想する水の秋
本懐を未遂のままに冬の蜂
革命歌小声で歌ふ梅雨晴間
生際の美しき女人風信子
凍蝶や監獄の壁越えられず
狼は檻の中にて飼はれけり
過激派のままにてよろしちちろ虫
水底の屍照らすや夏の月
百合の香や暗闇の世を肯ずる
三菱重工などの連続企業爆破事件、お召列車爆破未遂事件などで知られる新左翼テロリストが獄中で詠んだ句集です。死刑判決を受けていた作者でしたが、昨年のちょうど今頃、多発性骨髄腫のために東京拘置所で死去しました。
私は作者の罪を憎みますが、国家による殺人行為である死刑制度には反対なので、彼が絞首刑にならずに死んだのは、死刑になるよりは良かったと思います。
これらの句を読んでその出来栄えを云々するつもりはありませんが、句を詠むという行為が、過酷な獄中生活を支える慰藉ともなり生甲斐ともなったことがうかがえ、彼の人世に俳句があって良かったな、とも思うのです。
ホトトギスウグイスコジュケイガビチョウが入り乱れて鳴く十二所の朝 蝶人