あまでうす日記

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西東三鬼著「神戸・続神戸・俳愚伝」を読んで

2018-05-05 11:48:17 | Weblog


照る日曇る日 第1058回


せんだってこの歌人の全句集を通読したところ、子規、芭蕉よりも面白く、ほとんど蕪村んに匹敵するほどだったので、彼の短編に手を伸ばしたところ、彼のお得意の前衛俳句よりどっちかいうと面白いくらいだった。

新興俳句の旗手として大活躍していた著者は、1941年に「京大俳句事件」で検挙されたが、その翌年の冬、突如妻子も仕事も万事を放擲して東京から神戸に下り、とある洋館(後に「三鬼館」と称される)に身を寄せ、正体不明の外国人や娼婦たちと奇妙奇天烈な共同生活を送るようになる。

「神戸・続神戸」は、その波乱万丈の人世のあれこれを、著者曰く「頑強に事実だけを羅列して述べた」私記なのだが、頁を繰るのももどかしく、全部で15の挿話を一気に読了してしまった。

大戦前夜から戦中、戦後の未曾有の大混乱を国際都市神戸にあって生き、そして登場人物の大半が死んでいく、壮絶な悲劇の物語なのであるが、その生地獄の鍋底にあって生成消滅する森羅万象を見据える著者の眼の、透明かつ晴朗にして、なんと生彩に富んでいることだろう。

とりわけ第7話に登場する夏服の美女の哀れな末路は、忘れがたいものがある。

「俳愚伝」では、著者の俳句とのかかわりが詳しく述べられているが、言論弾圧をくらった「京大俳句」メンバーの作品とは、

  我講義軍靴の音にたたかれたり 井上白文地
  千人針を前にゆゑ知らぬいきどほり 中村三山
  軍需工の列を凝然と見て過ごす 平畑静塔
  憲兵の前ですべってころんじゃった 渡辺白泉

 というような、まあこういうと語弊もあるだろうが、児戯に類するレベルのものであった。

そして私たちは、先般安倍蚤糞が強行した新治安維持法の適用によっても、同様な言論弾圧が簡単にできる時代に生きていることを、けして忘れてはなるまい。


  カメダさん座るなかれ その石に腰かけた人はみな死んでいる 蝶人


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