今朝、親友の奥さんからメールが届いた。春節休みの一時帰国でお見舞いに行こうと決めていたが、間に合わなかった。1月17日が彼の命日となった。白石丈士くん、私よりひと回り若く、弟のような存在だった。酒が好きで、宴会が好きで、人の世話をするのが好きな男だった。バーベキューや花見をするときは決まって幹事役を引き受けてくれた。私の携帯が壊れると真っ先に修理を相談したのが彼だった。
知り合ったのは上海赴任時代だ。奥さんが外交官で、ある送別会の席で彼女と一緒になった。二次会の居酒屋で、彼女が最近結婚したことを知り、酔いに任せ「それならば呼んでくればいいのに」と言った。夜中の12時を回っていたにもかかわらず、笑顔で現れたのが、小柄な奥さんとは想像もつかない、100キロ以上の巨漢だった。人の好さが全身から感じられた。私は寅さんになった気分で、彼女を「さくら」、彼を「博」と呼んで結婚を祝した。
彼は日中間で日本酒やワインの輸入販売をしていて、数年前からは新たな会社を設立し、中国のドローンにかかわる保険代理業を営んでいた。時流に乗って仕事は順調だった。
彼のおかげで上海や北京にいながらおいしい日本酒をたくさん楽しむことができた。私と彼は奇縁としか言いようのないかかわりだった。奥さんの転勤で彼も引っ越しをしたが、私が上海から北京に異動すると彼も北京に越していた。私が新聞社を早期退職し東京に戻ると、彼もまた東京にいた。だからいつでも彼を身近に感じていた。
行く先々でいろいろな集まりができたのは、彼が面倒な裏方を引き受けてくれたからだった。北京でのバーベキューには奥さんも手料理を持参しかけつけてくれた。二人は学生時代の先輩後輩の関係で、彼が上級生だったが、どこか彼女に甘えているようなところがあった。そこがまた微笑ましく感じられた。
私が東京に戻った後の2015年10月10日、小金井公園で上海、北京ゆかりの仲間とバーベキューをしたときは、わざわざ神田の店から内モンゴル産の羊肉を取り寄せ、みんなにふるまってくれた。まさか東京で中国本場のシシカバブーが食べられるとは思わなかった。大好評だった。
2016年、4月9日、井の頭公園で花見をしたときは、私が席取りをし、彼が酒やつまみを用意してくれた。ちょうどあの日は旧暦3月3日、中国伝統の上巳節だった。参加者の一人で在京の中国人美学学者、成佩さんが便箋とペンを持ってきて、「曲水流觴」にならい、みんなで詩を書いた。彼は中国語で「美花 好酒 好朋友」(美しい花、うまい酒、よき友)と書いた。人との縁を大切にし、飾らず、てらわず、おごらず、友と酒を愛した彼の純な心そのままの一首だった。
2014年、私が在中の日系企業関係者30人余りを集め『日中関係は本当に最悪なのか――政治対立下の経済発信力』(日本僑報社)を編集したときは、執筆者の一人となってくれた。原稿のタイトルは「中国で冷酒は飲まれるようになるのか」。冷たい酒を飲む習慣がまだない中国で、いかにして日本の素晴らしい冷酒文化を浸透させるのか。最後の一文は、「私のちいさな夢は、日本料理屋の中で日本酒を頼む中国人が、熱燗にするか、冷酒にするかを話している姿を見ることだ。」と結んだ。すでにそんな時代が来ていることを、彼は生前、感じることができた。
昨年1月下旬、携帯のウィーチャットでがんが見つかり、闘病生活に入っていると知らされた。自分が苦難にあるときでさえ、彼は、
「春節は日本に戻られますか?お時間ありましたら是非飲みに行きましょう(ノンアルビールを飲みます!)年明け早々、あまり楽しくない連絡をしてすみませんでした。」
と書いてよこした。治療の経過は順調で、会うたびに元気になっているようだった。夏休みには2回、仲間と一緒に酒を飲んだ。赤坂で約束した際は、珍しく自分から「魚が食べたかったので」と言い、土佐わら焼きの店を予約した。このままどんどんよくなって、前のように花見ができるのかと期待していた。
この春節休みで一時帰国し、もっと元気な彼の姿を楽しみにしていたが、かなわぬこととなった。昨年2月18日、このブログで彼のことに触れた。
https://blog.goo.ne.jp/kato-takanori2015/e/b8c14b90373c4da3ff66b0fb32afe123
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昨日、がんを告知された友人と会った。私が人生の道に迷い、淵に追いやられているとき、そばで付き添ってくれた友人である。先のことを気遣う友人に、私は、一日一日をありがたいと思う、今の自分の生き方を話した。そして中国の友人間で使われない『謝謝』の意味と一緒に、あの時、私のそばにいてくれたことに『ありがとう』との言葉を伝えた。
ノンアルコールのビールもどきを飲む友人を前に、日本酒を飲み過ぎた。
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奥さんを含め、たくさんの人たちにかけがえのない思い出を残してくれた彼の真心に、改めて「ありがとう」と伝えたい。そして、安らかにゆっくりお休みなさい、と。
早く帰って、君と日本酒が飲みたいよ!
待っててくださいね!
合掌
知り合ったのは上海赴任時代だ。奥さんが外交官で、ある送別会の席で彼女と一緒になった。二次会の居酒屋で、彼女が最近結婚したことを知り、酔いに任せ「それならば呼んでくればいいのに」と言った。夜中の12時を回っていたにもかかわらず、笑顔で現れたのが、小柄な奥さんとは想像もつかない、100キロ以上の巨漢だった。人の好さが全身から感じられた。私は寅さんになった気分で、彼女を「さくら」、彼を「博」と呼んで結婚を祝した。
彼は日中間で日本酒やワインの輸入販売をしていて、数年前からは新たな会社を設立し、中国のドローンにかかわる保険代理業を営んでいた。時流に乗って仕事は順調だった。
彼のおかげで上海や北京にいながらおいしい日本酒をたくさん楽しむことができた。私と彼は奇縁としか言いようのないかかわりだった。奥さんの転勤で彼も引っ越しをしたが、私が上海から北京に異動すると彼も北京に越していた。私が新聞社を早期退職し東京に戻ると、彼もまた東京にいた。だからいつでも彼を身近に感じていた。
行く先々でいろいろな集まりができたのは、彼が面倒な裏方を引き受けてくれたからだった。北京でのバーベキューには奥さんも手料理を持参しかけつけてくれた。二人は学生時代の先輩後輩の関係で、彼が上級生だったが、どこか彼女に甘えているようなところがあった。そこがまた微笑ましく感じられた。
私が東京に戻った後の2015年10月10日、小金井公園で上海、北京ゆかりの仲間とバーベキューをしたときは、わざわざ神田の店から内モンゴル産の羊肉を取り寄せ、みんなにふるまってくれた。まさか東京で中国本場のシシカバブーが食べられるとは思わなかった。大好評だった。
2016年、4月9日、井の頭公園で花見をしたときは、私が席取りをし、彼が酒やつまみを用意してくれた。ちょうどあの日は旧暦3月3日、中国伝統の上巳節だった。参加者の一人で在京の中国人美学学者、成佩さんが便箋とペンを持ってきて、「曲水流觴」にならい、みんなで詩を書いた。彼は中国語で「美花 好酒 好朋友」(美しい花、うまい酒、よき友)と書いた。人との縁を大切にし、飾らず、てらわず、おごらず、友と酒を愛した彼の純な心そのままの一首だった。
2014年、私が在中の日系企業関係者30人余りを集め『日中関係は本当に最悪なのか――政治対立下の経済発信力』(日本僑報社)を編集したときは、執筆者の一人となってくれた。原稿のタイトルは「中国で冷酒は飲まれるようになるのか」。冷たい酒を飲む習慣がまだない中国で、いかにして日本の素晴らしい冷酒文化を浸透させるのか。最後の一文は、「私のちいさな夢は、日本料理屋の中で日本酒を頼む中国人が、熱燗にするか、冷酒にするかを話している姿を見ることだ。」と結んだ。すでにそんな時代が来ていることを、彼は生前、感じることができた。
昨年1月下旬、携帯のウィーチャットでがんが見つかり、闘病生活に入っていると知らされた。自分が苦難にあるときでさえ、彼は、
「春節は日本に戻られますか?お時間ありましたら是非飲みに行きましょう(ノンアルビールを飲みます!)年明け早々、あまり楽しくない連絡をしてすみませんでした。」
と書いてよこした。治療の経過は順調で、会うたびに元気になっているようだった。夏休みには2回、仲間と一緒に酒を飲んだ。赤坂で約束した際は、珍しく自分から「魚が食べたかったので」と言い、土佐わら焼きの店を予約した。このままどんどんよくなって、前のように花見ができるのかと期待していた。
この春節休みで一時帰国し、もっと元気な彼の姿を楽しみにしていたが、かなわぬこととなった。昨年2月18日、このブログで彼のことに触れた。
https://blog.goo.ne.jp/kato-takanori2015/e/b8c14b90373c4da3ff66b0fb32afe123
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昨日、がんを告知された友人と会った。私が人生の道に迷い、淵に追いやられているとき、そばで付き添ってくれた友人である。先のことを気遣う友人に、私は、一日一日をありがたいと思う、今の自分の生き方を話した。そして中国の友人間で使われない『謝謝』の意味と一緒に、あの時、私のそばにいてくれたことに『ありがとう』との言葉を伝えた。
ノンアルコールのビールもどきを飲む友人を前に、日本酒を飲み過ぎた。
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奥さんを含め、たくさんの人たちにかけがえのない思い出を残してくれた彼の真心に、改めて「ありがとう」と伝えたい。そして、安らかにゆっくりお休みなさい、と。
早く帰って、君と日本酒が飲みたいよ!
待っててくださいね!
合掌
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