怪人クンのムフフ日記

ムフフ、ムフフ、時々オヨヨの〝怪人クンワールド〟炸裂!
あの大物も、この人も。愉快な仲間続々登場!

怒りの怪人!

2005年04月05日 | Weblog
総合プロデューサー・怪人クンは怒ってるぞぉ~~~っ!
大事な時に連絡すらなく、何の指示もない。そんな編集長は編集長にあらず!さっさと編集長という肩書きを返上しろ!これからは一スタッフとして働いてもらうだけだ。彼には「辞任勧告」を突きつけたい気分である。
とはいえ、これは連盟の問題だ。怪人クンに人事権はない。ただし言う権利は大いにある。実際、編集作業とか紙面コンテンツの原案などは怪人クンが考えているからだ。それらを書き手やスタッフたちにお願いして新聞が作られていくのだ。怪人クンが編集長にならず他の人がそれになった理由は、年齢が怪人クンよりも現・編集長の方が上であるということと、怪人クンに長をやらせると一人で暴走してしまい、歯止めが利かなくなるという事務局長の判断からだった。別に編集長というポストにはこだわらないから怪人クンもその決定に従った。ただ、この新聞に対する熱は合気道一熱い。誰にも負けない。これには“絶対”という言葉を使って言い切れる。
編集長の役割とは何か?紙(誌)面のネタはもちろん、見出し、レイアウト他、スタッフへのこと細かい指示まですべてにおいてアンテナを張り巡らす必要があるんじゃないのか?スタッフに丸投げするのではなく、時には取材も自分が行くことだってあるはずなのだ。
4月3日(日)が何の日なのか彼は分かっていたはずなのだ。『奉納演武大会』は5月発行予定の合気道連盟新聞(春&秋の年2回発行)の1面候補の最有力ネタである。日曜日は家庭サービスもあるだろう。そもそも、連盟の広報部という仕事でメシを食ってるわけじゃないから強制はできない。今回のイベントも自由参加である。しかしだ。編集長という立場にある以上は、自分が来ないにしても電話なりメールなり『よろしく頼むよ』の一言あってもよかったんじゃなかったのか?
怪人クンもナバも新もちょんまげも編集長も…連盟から任されて編集長やスタッフになっただけだ。志願したわけでもない。任期は2年。すでに1年が経過している。新聞も今回で3号を数える。来年3月が広報部の任期切れだ。あと1年である。新聞発行回数だって、今回を含め残り2回。2006年春からはスタッフも入れ替わるだろう。
だったらとことんやろうじゃないか?先生や生徒たちがあっと驚く新聞を、こりゃ面白いなぁと言って読んでもらえる新聞を作りましょうよ!
たかが連盟新聞。されど連盟新聞。
合気道のみんなが読みたくなるものを作る。それがスタッフたちの使命なのだ。
4月4日(月)は朝からこの怒りが収まらなかった怪人クンなのである。

※4・4といえば猪木が引退した日。1998年のことですから、早7年になります。ラストマッチは古舘伊知郎が特別実況。『きょうを以って猪木はリングから姿を消す…。我々はきょうを以って猪木から自立しなければならない。いつまでも闘魂に癒されてはいられない。闘魂のカケラを携えて、今度は我々が旅に出る番だ!』(古舘)
7年経った今も、怪人クンは“闘魂からの自立”ができてませんねぇ…(笑)。
※ナバカーから撮影した桜(写真)。4月3日の駿府公園より。