散文的で抒情的な、わたくしの意見

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北条氏政の名誉回復・森田善明氏は平成の八切止夫なのか。

2019年03月14日 | 戦国北条氏
前回に続けて「歴史新書y」の「悪口」を書きます。

森田善明氏「北条氏滅亡と秀吉の策謀」。八切止夫「信長殺し、光秀ではない」の悪夢がよみがえりそうな本です。

言ってることは簡単で、

1、北条氏政は歴史の流れを認識し、秀吉に従うことを約束していた。しかし秀吉は途中で北条討伐に政策を変更し、上洛を「拒否」した。北条氏政は「稀代の歴史作家」である司馬遼太郎氏が言うような「おごり」を持った人物ではないのだ。

2、名胡桃城強奪事件なんかなかった。北条討伐の大義を得るための秀吉のねつ造だ。それに真田昌幸が加担したのだ。

そして「ついに定説は覆り、北条氏政の名誉は私によって回復された。私はあの司馬遼太郎氏さえ超えた存在なのだ」という「ご本」です。

北条討伐は「いくさ」です。謀略も策謀もそりゃあるでしょう。

「武田家滅亡は織田信長の策謀、謀略だ。勝頼だって、小山田だって、他の武田家臣だって、最後は信長に降伏しようとしたのだ。でも信長はそれを許さず。実際に降伏してきた者の多くを殺した。勝頼も殺した。これは信長の謀略だ!」と言っているのに「近い」と思います。

その秀吉の策謀を見抜いて「北条氏政がどうしたのか」を書けば、北条氏政の「救済」にはなるでしょうが、「秀吉にだまされて殺された上、秀吉の宣伝工作によってアホな大名の汚名まで着せられたのだ」と森田さんは言っているわけです。そうだとしたら「騙されたほうがアホ」なのです。

北条氏政は武田や徳川や上杉と堂々と戦って、関東に一大勢力を誇った戦国大名です。私もアホではないと思います。

「真田丸」では高嶋さんが演じましたが、実に魅力的な武将として描かれていました。最期も立派でした。(むろんフィクション)ですが。

北条氏政の名誉回復には私も賛同します。ただし森田さんのご本はちっとも名誉回復になっていません。ただし色々資料は使っているので、「ご苦労様」とはいいたくなる本です。

ただし
1、自分の主張に合致する一次資料(主に手紙)は真実として扱う。
2、自分の主張に合致しない一時資料は「疑わしい」とする。特に秀吉の資料は当時のものであっても基本的には「ねつ造」として扱う。

という具合です。初めに結論があって、その結論に沿う一次資料をせっせと探す、という謀略論者(研究者も含めて)がよくつかう資料の使い方をしています。

「おわりに」にはこう書かれています。
「天正18年に滅びた北条氏の無実を主張した歴史研究者は一人もいない。そのために北条氏は、現在に至るまで、愚かにも自らの過失によって滅びた、と信じられてきたのである。」

そりゃ「無実を主張する歴史家」がいるわけありません。北条氏は「罪があって滅びたと考えている人間はまずいません」から、「無実を主張する必要がない」のです。
引用した文章の後半部分を見ると、「無実を主張する歴史家がいないから」「自らの過失によって滅びたと信じられて」とあります。
つまりこの文脈によれば「罪とは自らの過失」ということになります。しかし「過失」とは「ミス」であって、倫理上の「罪」とは少し違う概念です。

それでも「無実」という表現を使う。なぜなら「秀吉のねつ造によって押し付けられた、上洛の遅れ、城強奪という罪」を筆者は前提としているからです。

「無実」などと書かずに、「判断ミスはなかった」と書けばいい。しかしそうは書かない。何故か。それは「判断ミスはある」からです。

「豊臣政権に参加しようとしないというミスはなかった。また名胡桃城強奪事件を起こすというミスはなかった」という筆者の主張を「仮に認めた」としましょう。

でも北条氏は滅んでいます。だからそこには「なんらかの判断ミス」はあったわけです。

筆者の主張に沿ってそのミスを指摘するならば「悪辣非道な秀吉の政治を見抜けなかったミス」「秀吉にコロリと騙されるというミス」ということになります。
あくまで「筆者の主張を認めるならば」の話ですが(私は認めていませんが)、そういうミスがあったから滅びたわけです。

もし北条氏政を救済したいなら、堂々と「彼がいかに優れた政治家であり、武将であったか」を書けばいいのです。秀吉にだまされた可哀そうなヤツにしてしまってはいけないと考えます。
親子も殺しあうあの時代の話をしているのに「秀吉がだましたからいけないのだ」と言われても、、、、というのが私の感想です。