Ryojinブログ

剣道のこと、オオカミ復活運動のこと、そして紀州犬のことやいつも行き来している大好きな京都のネタなども綴っていきます。

オオカミ協会in東吉野村。

2017-08-28 12:51:48 | オオカミ復活

  今回、僕も所属する「日本オオカミ協会」のイベントが奈良県東吉野村でありました。

この村の鷲家口と云う所はニホンオオカミが最後に捕獲された所といわれ、これがニホンオオカミの絶滅の基準となった場所でもあります。

そう云うことで村全体がオオカミを村おこし的な対象としていて中々熱心な活動をしているようでした。

  100年程前、この村でロンドン動物学協会によって当地の生き物の調査の為に派遣されたアメリカ人のアンダーソンさん(スタンフォード大学出身の当時の若い動物研究者)との間で取引されたそのオオカミの毛皮がロンドンの自然史博物館に保管されていて、3年程前に当時の村議や有志が様々な伝手を頼りに(特に総務省)その博物館を訪問したらしいです。

本心はこれを是非取り戻したいという強い思いを持っていたようですが・・。

  僕はその時の様子を聞いていて思わず目頭が熱くなりました。

博物館に保管されていたその毛皮は普段まったく公開されることなくひっそりと驚くほど厳重に管理されていて、簡単に目にすることはできない代物で、その保管されている部屋は光りもなくそれは厳重なガラスケースに覆われまったく開かずのこの部屋の中央に安置されていたとのことでした。100年間・・・。

  その対面の時、彼らが約100年ぶりに吉野の山奥からはるばるそのオオカミに会いに来たことに対し、あたかもそれを待っていたかのように素晴らしくその毛皮は輝いて、まさにフサフサの毛並みがそのままだったらしいです。(写真も多く撮らせてもらったようです。見ましたが本当に状態のよいものでしたね)

僕はその時訪問した彼らが、その瞬間全員が得も言われぬ感動に声を失った・・・このことにえらく感動してしまいましたね。

その様子がまるで映画の一場面のようにまさしく手に取るように脳裏に浮かびましたよ。

まさに「うーーんそうか・・」という感じでした。

  我々日本オオカミ協会は、今後この東吉野村と協力してオオカミに関する様々な情報を提供や、またこの村がニホンオオカミ最後の場所としての情報の発信地として多くの人々が訪れそれら村おこし的な可能性をバックアップしていけたら良いなぁとつくずく思いましたね。

ニホンオオカミの絶滅に関しては様々な憶測や事例が存在します・・が、学術的にここが最後と云われているこのことは村の特色として大いに持ち上げれば良いことで、多くの過疎や衰退に悩む限界集落的なこれら共通した地域に何らかの新たな風が吹けばよいのになぁと、僕的には思う訳です。

  それにしても東吉野村・・初めて行きましたが山奥でした。面積も広いのですが人口は既に1500人を割っているようです。

尾鷲からは約2時間で着きましたがそのかかった時間以上に遠く感じましたね。

でもこの村、僕の心の中にある一種原風景的な面もありとてもいい所に思えました。

  遠く大阪や名古屋方面からも家族連れが清流のそばで川遊びやバーベキューを楽しんでいました。

協会と村がタイアップした講演やイベントも盛況で、こんなこと言ってはなんですが正直「よくもまぁこんな所まで来るもんだなぁ・・」などとそんなこと思いましたね。

  まぁ、僕も含めてですが、今回の講演会、東京、千葉、神奈川、静岡、愛知等々各地から約50名も集まりました。

僕のオオカミ熱などホント可愛いもんです。みんな凄い情熱を持ち合わせているんですよね。

丸山先生(会長)ご夫妻などもう20数年この活動を続けてきているんですから・・。

ほとほとその情熱と行動力には頭が下がります。

  オオカミ協会はアカデミック且つ学術的な背景を元にオオカミのことを少しでも多くの人々に知ってもらい、日本における生態系(シカなどの増えすぎによる末期的な森林破壊などから)の回復とそれに伴う森林の正常化と保全、農業や趣味の耕作などを含めたそれらの環境の復活を目指しています。

一種の啓発運動なんですよね。

実際にオオカミ再導入の決断は国の環境行政がやることです。

我々はそこまでの道筋を如何に付けていくか、それだけなんです。

この活動、なんとか皆さんにも理解と応援をお願いしたいものです。ホント!

  とこんなことがありました。

※因みに「コク(我が家の紀州犬)」と今回初めて京都以外の所に一緒に行きました。

 彼はいくつもの峠や曲がりくねった山道でも別段車酔いすることもなくへっちゃらでびくともしませんでしたね。

夜も見知らぬ土地にもかかわらず車の中のゲージで熟睡していたようです。

朝は寒いくらいでしたが庭園(「天好園」という大きな庭園のある宿泊先)の中を散歩しながら、至る所で匂いを取って活発に動き回っていました。おまけに河原では胸まで水に浸かってはしゃいでいましたよ(笑)

 

 

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夏の仕事・・スズメバチ駆除。

2017-08-27 22:21:21 | 随想・・・。

  駆除などと言う言葉も行為もあまり好きではないですが、やむを得ずやりました。

倉庫兼作業場の離れの軒先にお盆で少し留守している間にかなりの大きさのスズメバチの巣ができていました。

もっと前から僕らの知らぬ間にこつこつと営巣していたのでしょうね。

大きいところで直径20cmくらいになっていました。

僕などは不覚にも目と鼻の先にそれがあるにもかかわらずまったく気づかず、その真下に平気で自転車を止めたりしていたのですが、何気にあれっみたいな感じで発見してしまい、こりゃ大変だとなった訳です。

家内はずっと前にこのスズメバチに刺されて大変な思いをしていたのでそれはもう神経質になりますよね。

「私、今度刺されたら死ぬかもわかんないわよ」などと物騒なことをつぶやくし、こりゃもうやるしかないわけで・・。

八月中に早いところやっておかないと秋口にかけてかなりハチそのものが凶暴になってきますからね。

  今は強力な駆除剤があって、それも5mとか10mとか噴霧できる優れもので、早速それを買ってきて入念な作戦を立て実行しました。

  僕的にはこのクソ暑いのに完全防備で立ち向かうなどと云うのはとてもじゃないけどかなわないので、ヒットアンドウェイ戦法で車の窓から巣の正面にジェット噴霧する第一弾と一番近いサッシ窓口からの第二弾、更に納戸の隙間からの第三弾と分けてやることにしました。

服装はいつも通りです。とにかくヒットアンドウェイ・・・です。噴いたら逃げる、しばらく様子を見てそれを三か所からやりましたね、見事に成功しました。巣も悪いけど完全破壊できました。

  それにしても自然界における彼らの営みというか作業力というかその能力にはまさしく感心しますね。

それでも人間は自分の都合の悪いものはこうして遠ざけるんですね。やっぱり・・・。

まぁ、このケースはこっちの命にも関わりますからしょうがないですね。

と云うことで、そんな夏のスポットの大仕事でしたが、お陰さんで作戦は功を奉して無事成功しました。やれやれです。

  それにしても酷暑が続きます。

これ最早危険レベルの暑さで、いつも通りやれることが限られてきますね、特に屋外では。

僕の剣道もそうですが、草刈りもまだ4回目・・・多分あるでしょう。

  さてさて・・こりゃまた楽しみですわぃ(>_<)

 

 

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街の喧騒そして「足るを知る」と云うこと。

2017-08-15 16:50:05 | 随想・・・。

  お盆も15日、もうそろそろ街の喧騒も下火だろうとスーパーに買い物に出かけたらまだまだ沢山の人混みで、どこから湧いてくるのだろうこの人達は・・自分も含めですが・・・と思われるほど賑わいをみせていました。

見える人も見えない人もいるのがお盆・・と云えども、毎年この時期は大賑わいですね。

  明日は京都は五山の送り火で明後日は熊野の大花火、まだまだ盛夏は続きそうです。

因みにお盆は毎年尾鷲で過ごします。息子達や娘が帰省したり友達が遊びに来たりと何かと気ぜわしいからです。

お陰で五山の送り火はしばらく見ていません。銀閣時裏手の大文字山は家から目と鼻の先で屋上から眺めると松明の燃えざままで確認できるほどです。おまけに周囲を見渡すと他の四山の送り火も見えます。

しかし、お盆は尾鷲です。

  今年は13日に京都薬科大学で関西、中部地区の薬学生の剣道大会があり、その審判を依頼されていたので渋滞を避け12日の早朝に尾鷲を発ち13日に試合が終わる頃、夕方少し早めに退出させてもらいましたがやっぱり渋滞に掛かってしまいましたね。結局いつもより1時間以上掛かりました。

滅多に帰省しすることなどない娘が珍しく3日間も居たのにあまり顔を合わすこともありませんでした。

  で、15日は終戦記念日、まだまだ戦争の傷跡は癒えていませんね。というか確認させられます。

そんな中やれ北朝鮮がミサイルを撃つとかアメリカと戦争・・と云うか一方的な壊滅作戦でしょうが、騒がれています。

それでも日本は呑気で相変わらず政治家達は些末なことで中傷合戦やっていますが「おいおいもうちょっとその外のことも深刻に対応せいよ」と言いたくなってきますね。まったく・・。

それでもやっぱり日常はのべつ幕無しに過ぎていきます。

  今の日本の平和は先の戦争の上に成り立っていると云うことは毎年のように感じさせられます。

日本、日本人は戦後アメリカ統治の時代に刷り込まれたことそのままにやってきました。

教育という大変な武器でアメリカ(ここではマッカーサーと言って良い)は自らの欧米的価値観を押しつけてきました。

我々はそれを否応なく受け入れ最早72年が過ぎようとしています。

日本社会の国際化とかグローバルスタンダード化とかそう云う流れの中に置かれ、我々の思考を欧米化させる教育を受けて、と云うか受けさせられてきて今にいたっています。

  なんとも隔たった回帰的、極右的な価値観(僕はまったくもって認めていません。うんざりしています)のことを言うのでは決してありませんが・・・また日本人というものの括り方も少々抵抗がありますが、まぁそれは良しとして、ここで言いたいのは、その誇りのようなものを持つ再確認するそういう姿は美しいと思えます。その事なんです。

今や我々はそういうことに気が付いて、じっくり歴史を見直して、思考して再認識して・・も良さそうな頃ではないでしょうかね。

勿論そんなこととっくにずっと唱えられている場面も多々あるのでしょうが・・・そんなこと思う訳です。

  話は飛びますが、先進国とはどんなんでしょうか、経済規模だけのことだけで語られるものではないはずですがね。

泳ぎを止めることができないサメのように相変わらず経済発展の水平思想ばかりが気に障ります。縦の掘り下げた豊かさのようなものの追求・・という思考に何処かでシフトしないと本当の意味豊かさを謳歌できる先進国・・・と云うか成熟した国家にはなり得ないような漠然とした感覚がありますね。

何事も「足るを知る」的な思想が綿々と日本にはあるのですから・・・。

とまぁ、街の喧騒の中でそんなこと考えた訳です。

失礼します。

 

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こんな日もあっていいかぁ・・鴨川を走る。

2017-08-06 15:51:39 | 京都のこと

  走ると云っても自転車ですが、僕の場合。

今日、日曜は何も予定もなくのんびりできそうで、おまけに他所は台風で大変だと云うのにこっちは良い天気で、まぁ暑さは並大抵ではないですが・・。

  昨日の土曜は三重剣連主催のブロック別稽古会が玉城町の田丸小学校体育館であり、僕は剣道形の指導の担当だったので10時過ぎに京都を経ち出向きました。

午後4時半頃に終了して京都に戻ってきたら途中少し渋滞などもあり6時半頃でしたね。

  田圃の真ん中にあるその小学校に着いて車から降りたら、なんとまぁ酷いむせ返るような暑さで、一体体育館の中はどうなっているやらで心配しましたが、小学校のくせに(*^_^*)中に入るとなんとひんやり冷房完備でその快適さは最高でしたね。

お陰でみっちり2時間ほど剣道形の指導ができたし、後の稽古も充分余裕を持ってこなせました。

こんなん珍しいけど・・ホントやれやれでしたね。

  で今日、お昼前に家を出て30分以上走って加茂川の御園橋西詰からほど近い「中華のサカイ」に出かけました。目的は名物の「冷めん」です。

10分ほど並びましたが相変わらず美味しかったですね。

  その後久し振りに鴨川(ここまだ加茂川ですが・・)の河川敷を走りました。

途中日陰で休みながらベンチで寝てしまいそうになりながらものらりくらりと出町柳駅まで下り、更に反対側に渡り逆走して行きつけの自転車屋(アイバサイクル)に立ち寄り休憩、先程帰宅して喉がからからで冷蔵庫のレモンジュース・・をグイグイ飲んだらこれがよく見たらチューハイで、しまったと思いつつもつい飲みきってしまい、家内を買い物に連れて行くこともできず眠魔に襲われるまま昼寝しちゃいました。

とまぁしょうもない話ですが・・こういう一日も良いものですよ。

  思えば、時というものは「あれをせんといかん、これもせないかん」みたいな良くも悪しきも追われてるような日々がついつい普通になってしまっている中、やっぱり「あー今日暇・・・」みたいな日があってもこれは良いんですよね。

家内は家内でもうそろそろ生まれてきても良いくらいの息子夫婦の赤ちゃんの準備にいそしんでいます。

  僕はそうしたおめでたい出来事に心はどこかウキウキはしているものの、醒めたような自覚もあって、それはどうかというと物事の流れというか移り変わりというか、どちらかというと目の前の現象的なことよりそういった漠然とした感覚の方が強くて、自分なりに心の整理のようなものに若干の違和感など抱えているわけで・・・どうしたものかですね・・・。

とにかく時間があれば有るで「いと楽し・・」なんですが、それがあれれと過ぎちゃうんですね。

  やっぱり「一期一会」的なそんな感覚が脳裏を掠めるんですよ。

最近そんなことばかり意識するようになりました。

  剣道は剣道で、いつも会う剣友達・・いつか別れがきます、岡﨑の武徳殿の武者窓からみる景色は変わらずとも周りは変わっていくのは必然です。いつもそこにいたあの人もいつかいなくなる・・・。

何故かしらそんなことついつい考えてしまう昨今です。

時間は大切にしようとは思いますが、その流れについていけない・・・そんなジレンマのようなことも感じています。

と云うことで、失礼します。

 

 

 

 

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殺人剣・・・。

2017-08-02 10:59:19 | 剣道のこと

  新陰流(柳生新陰流とよく云われる剣の流派)の教えに「殺人刀」と「活人刀」もしくは「殺人剣」と「活人剣」とも云うものがあります。

ここでよく誤解されて使われるのが「活人剣」という言葉で、それは「剣とは人を活かす為のものである・・」と云うふうな理解であり、哲学的な剣の目的というか心の持ち方・・とまぁそんな感じなので、読者の方にも聞いたことがあったり、なるほどなぁと感じたりする方もいるかも知れません。

が、実はこの言葉そうではなく、もっと剣の勝負における現実的な恐ろしい意味合いがあります。

殺人剣もしかりですが、要は「殺人剣(刀」は相手を攻め、力の差で押し込んで何もさせずに切る・・と云うような意味です。

それに引き換え「活人剣(刀)」はもっとレベルが高く、相手を攻めてその気でもって相が動かざるを得ないような状態にもっていき先に動かすことによって生ずる隙を切るというような意味があります。

判りやすく云えば「後の先」的なことなのですが、もっと突き詰めれば「先先の先」というようなもので、これはかなり専門的な内容になりますので説明は控えますが、要は相手を先に動かす・・先に仕掛けさ、それに乗じてこちらが切るとか打つとか、とまぁそんなことです。

ですから恐ろしい殺し合いでの理合いのことな訳です。

  で、最近考えていること。

八段審査の特に二次審査のビデオなど何度も目をこらして見ていると、やはり合格する人は多くの場合この「活人剣」的な技というか打ちを決めていますね。

専門的には「乗る」というような表現をします。相手の打ちの一瞬・・・いや一瞬よりももっと刹那というか、その位の微妙さで速く、面の場合は乗る、または出頭ら(出端とも云う)を打ちます。

これがポイントですね、やはり・・・。

  思うに、僕の剣道はまだまだ殺人剣的なレベルで使う場合が多いようです。

これだと一次審査は良くても二次審査では難しいですね。

相手の技量レベルも格段に上がっているし、そう簡単にはいきませんが、この一本が決まれば僕の得意の返しや応じ技も生きてくるし確実に合格につながる可能性が高くなりますね。

 このこと最近ずっと考えています。

今更になって気づいたと云うわけでもないのですが「実感してきた」ということかなぁ。

「活人剣」か・・・・まぁこれが極意ですなぁ、やっぱり。

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