Ryojinブログ

剣道のこと、オオカミ復活運動のこと、そして紀州犬のことやいつも行き来している大好きな京都のネタなども綴っていきます。

オリンピックのこと。

2013-05-30 14:07:13 | 随想・・・。

 どうしてレスリングが競技種目から外されるような危機になってしまったのでしょうか。何とか生き延びたというようなニュースを見ましたが・・・。

 レスリング・・・こんな原始的で、オリンピック発祥の頃から花形競技であったはずのスポーツが、何とか現代まで延々と様々な変遷を経ても続いているんですよ。いわばオリンピックの原点的な競技だと思うのですが・・・。

こんなことが表立ってくると僕など「なんかこう、つまらんよなぁ・・・」と思ってしまいます。そう、どこかに官僚的で打算的でご都合主義的な臭いがしてやな感じです。IOC・・・。

  また、新たに競技として候補に上がっているいくつかの種目がありますが、中でも武術・・・これなんかは本来は基本的に秘め事の世界であり、単純に競い合いをするようなものではないはずです。それが何でオリンピックなの?と思ってしまいます。それとも武術などというのは表面的なことで、より舞踊的な要素が強いのかも・・・ですが、それならば仕方ないか・・・でもやっぱり変です、武術は・・・。

例えば剣道など、やっている人の大半はオリンピック種目になれば良い・・・などとまったく思っていないみたいですよ。

これには素直に健全さを感じますし、これが正常と僕には思えます。やはり剣道は「日本の武道」(かなりスポーツ化している事実も否めませんが・・・)なのですよ。もちろん色々な考えがあり、これがですべてではありませんが・・・・。

ついでに言わせてもらうと、スカッシュ・・・・愛好家のお遊びで良いんじゃないんっすか・・・・。ローラースポーツ?・・・ちとマイナー過ぎ・・ちゃいますか?関係者の皆様申し訳ありません・・。

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シカの来襲3

2013-05-27 13:03:53 | オオカミ復活

  日曜日に友人が訪ねてきてくれて、日本オオカミ協会の活動に関する助言をしてもらいました。

その中で、シカやサル、イノシシといった獣による被害の甚大さについても何点か話し合いましたが、特に印象的だったのが、都会から田舎暮らしにあこがれてIターンしたりまた、リタイヤ後に悠々自適な生活を田舎で菜園などしながら・・・・などと考えていた人達がまったくといって良いほど来なくなってしまったという現実です。来なくなったというより来れなくなったと言った方が正しいかも知れません。これは何も尾鷲に限ったことではないはずです。

それはシカやサル、イノシシなどにより畑や菜園などまったくできないし、もしそれでもやろうと思えばまるで檻の中で菜園をやるようなもので、およそのんびりと悠々と自然を楽しみながらという世界とはほど遠い現実が待っているからに他なりません。

  そうこう言いながら、実は僕もついに最近なってシカ避けネットを5~60mに渡って張り巡らせたことを話し、実際すぐ裏手の山の土手に沿って設置した様子を見てもらいました。

「これやってからシカは来てないないでなぁ」「夜も那智が吠えて起こされることも無くなったよ」とそんな話をした矢先の昨晩、真夜中の3時前です、突然、那智(※愛犬の紀州犬)のけたたましい、何かに怒っている(吼え方でわかる・・・)吠え声で飛び起きました。

那智のあまりの剣幕に家内も起き出し、すかさず僕が懐中電灯で玄関の前を照らすと何と2頭の大きな奴ががさがさと慌てて逃げ出しているところではないですか。

久々に目認しました!よく太っていました・・・・。

案の定、せっかく葉っぱも元気になって元に近く回復してきていたヤマモミジがまたもやハゲちょん状態です、もう・・頭きます!

モミジは甘いのかなぁ・・・メイプルだから・・・・・?

それにしても集中的にやられました、モミジが・・・・。

そして、ネットの様子を確認、なぜならば二匹とも同じような行動で同じ方向に走り去りましたから・・・ネットで囲われた中をです・・・やはり案の定というか一カ所咬み破られていました。本当に悔しいですね。

で、今日はスチール製のアニマルフェンスを新たに購入し、また前のネットに沿って取り付け作業の開始です。

この作業、一人では結構きついんですわ、ホント・・・・・。

  やっぱりこんなことしなければならない・・・その事が異常ですね。

何度も言いますがこんな問題、生態系を回復させる以外に根本的解決策はあり得ませんよね。

いつまでも情けないイタチごっこの域は出られません。

そんなこと国や地方の行政サイドは何で分からないのでしょうか・・・・?生態系回復に関する勉強不足にもほどがありますね、まったく・・・・。

こんなところから新たに画期的な原点に戻った解決方法が見いだせるはずなのにです。

   

 日本オオカミ協会の活動はまさにそれを推進しているのです。

アカデミックで尚且つ行動力を持ち、全国各地でセミナーや講演会を開催しつつ啓発運動を続けています。その中でまさに中心的な活躍をなされているM先生にはいつも頭が下がります・・・。

  と言うことで、自分にとってもとても身近になってしまったシカ害の再発のお話と、やはりこれらを取り巻く根本的に実行しなければならない生態系の原点に回帰する頂点捕食者のオオカミの復活、再導入の重要性をを目の当たりに感じた、何とも現実的で身近な出来事でした。

さぁ、明日もまたフェンス張りの作業です。今日だけで材料費が約一万円・・・・トホホです・・・・。

 ところで・・・このフェンス張りの作業、 実はもう一つ楽しみがありまして・・・・・。

それは那智とまだ見ぬ子犬達の自然と密着した最高のドッグラン場にする・・・これなんですよ。

それで楽しく頑張っているのです・・・・・・。

それでは。

 

 

 

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三浦さんのこと。

2013-05-24 18:15:34 | 随想・・・。

 80歳でエベレスト登頂!凄いですね。この、こと山登りに関してはこの年齢はやはり快挙なのでしょうね。

で、80歳、80歳ってマスコミが騒ぐ程、そんなにお歳なのかなぁ・・・と僕などはつい思ってしまうのです。

  世間では70過ぎるとじいさん、ばあさん扱いのようですが、本当にそうなんでしょうかね・・・。

もちろん肉体的にも精神的にもまたそれぞれの置かれた環境などによっても個人差というものがあるのは間違いないことですが、僕は少なくとも80歳で年寄り扱いはどうかなぁと思っています。もちろん自分はされたくないですね。

  変かなぁ・・・?  本気でそう思っていますけど・・・・。

至近な例で言うと、剣道の世界では四十、五十ははなたれ小僧みたいな言われ方をすることがあります。で、本当の大人の剣道家とは、だから七十、八十くらいにならないとダメなわけです。もちろんその修行の度合いによりますけどね・・・。

京都のI先生などは多分86、7歳くらいです(2、3歳サバをよんでいるという噂がある・・・)僕など何度稽古お願いしても簡単にあしらわれてしまいます。これ本当です。いくら剣道の稽古には目に見えない不文律がある、ということを差し引いてもです。

僕よりずっと若い剣道の専門家達が掛かっても似たようなものです。

こちらが気合いを込めがら様子を伺っていると「何をやっとんじゃ」と言わんばかりに自分から打って出てきますから・・・・これにはほとほと参るわけです。手も足も出ないと言うのはこんなこというのだとつくずく思います。

この先生かなり特別な存在ではありますが、決して珍しい例ではありませんよ剣道界では。

とにかくじいさんが強いんです!

  今朝、このニュースの途中で今回の三浦さんの快挙について、運動生理学者?のとある先生にインタビューがあったのですが、僕がとても感心する内容のことを言っておられました。

彼の食事のことについてなのですが、自分で食いしん坊だと言って、肉中心の食事が多いらしい三浦さんについて

「彼はその事に象徴されるように、まったくストレスのない食生活をいとなんでいるのだろう」

「それはほんと良いことなんですよね」って。

  ストレスのない食事・・・これって重要ですよね。皆さん僕も含めてあまりに健康と食べ物の情報に左右され、翻弄されてませんか?

それは最近では珍しい決め台詞のようで、食事や身体のこととても良くわかった学者なんだろうなと感心しました。

このこと言いたかったんです。

  家のばあさんもそうでした。よく食べよく動き、養命酒を飲んでは顔を赤くしていました。97歳で亡くなりましたが、93歳の時、ディサービスの出先で転び太腿を骨折をしてしまい、その時お医者はレントゲンで彼女の骨の丈夫さに驚き、普通はこの年齢ではまずやらない金属を埋め込む手術をしてくれました。しかし結果的にそれからは歩けなくなってしまいましたが・・・・。

ばあさんはその時病院にかかったのが初診でした・・皆驚いていました・・・・。もしもの話ですが、その怪我が無ければ・・・といつも思うのです。

以前、ある学者が言っていました。

人間の本来の常識では90歳過ぎた頃に少し物忘れらしきことが起こってくる。この程度なんだと・・・。

まぁ、年齢に甘えてしまうと言うこともありますけどね・・・。

  人の若さというものは、おかれた年齢で諦めるかまた妥協するか、もしくはそれらの現実に自分自身の常識でしっかりと立ち向かうか、その辺で決まるのでしょうね。

 

 

 

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今朝中学生と会った・・。

2013-05-23 21:04:54 | 随想・・・。

  何でも無いことなのですが・・・気になりました。

今朝、いつものように自転車で那智(愛犬・・・)との散歩の帰路、駅前の交差点で一人の中学生に出会い、僕はいつものように声を掛けました「おはよう!」と・・・そして「今日は何なの?」と・・・。

  それは何となく早朝六時過ぎだというのに妙に中学生の姿が目立っていたので「今日は何かなぁ・・」と思っていたからです。

聞けば今日から修学旅行とのことでした。

で、話は何かというと、その男子の中学生の返答なんです。

これが見事な標準語なんです。

まるで垢抜けたタイプ(ゴメンな・・これ見てたら・・)ではない少年でしたが、それはそれは初々しく爽やかなものでした。

  おまけに別れ際、手まで振ってくれました。僕はロンドンかニューヨーク(行ったことはないが・・・)にいるような時代と場所の錯覚のようなものを一瞬感じました。

尾鷲か・・・・・ここ・・・?みたいな感じです。

  思えばまるで標準語とは縁遠く、およそ敬語の一つも無い尾鷲弁・・。自分はと言えば最近では都会でもどこでもまったく恥ずかしげも無くなり、むしろ自慢げにその土地の言葉訛りと混ぜながら喋りまくっているんですよね(うーーん赤面・・・)

  そう言えばほんの2、3日前のテレビで昔からの友人(モータースポーツ界でだいぶ鳴らした同級生・・悪友・・)がホンダのF1復帰に関わるインタビューを受けている場面に出くわしました。これもまた流暢な標準語・・・!慣れなのでしょうね。こいつ!さすが・・みたい・・な感じでしたが・・・。

で、この少年の場合のことです。やっぱりテレビやその他様々なメディアが身近になったことの影響なのだろうかなぁ?などと思うわけです。

全部が全部ではないでしょうが、少なからずこういった所に都会と田舎の垣根やギャップのようなものが薄れてきているような気がします。

だって、こと情報の共有に関しては何も変わらないですもんね。今や・・・。ファッションもその他流行も政治もすべて・・・。

その子と出会った後、何となくそんなこと思いながら帰ったのです。

 

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言葉の力とストレスのこと。

2013-05-23 19:57:41 | 随想・・・。

  過度なストレスは厳禁ですよね。いわゆる過度なです・・・。

すべての病はストレスが原因の大半と言われています。まさにそうでしょう。

  心と身体はコラボしていますから・・まさに明確に・・・そして何気に発する「言葉」もそうです。

言葉のことですが・・例えば毎日「自分はダメだ!どこそこが悪い!なにをやっても上手くいかない・・自分は何々の大変な病気だ・・・・」など(こんな言葉書きたくもないのですがまぁ仕方なくです)で、こんなことを仮に毎日言ったとしましょう。

そうです。間違いなくまさしくその通りになりますよ。

「そんなバカな・・・」と思ったら、試しに一週間ほどやってみたら・・・・・?

だからです、それとまったく逆のことも言えるんですよ。それなんです!言葉の力というのは・・・・大変な力なんです。

だから本当はこれだけで大丈夫なんですよ。

 

  話を表題に移します。

過度のストレスは本当に身体に効きます。世の中の病気のすべての原因の重大な一つはこれでしょう。

そこでです。じゃぁ、まったくストレスも無く、人として非常に弛緩した、そうした状況は本当に安心で幸せで病気や悩みとは無縁なのでしょうか・・・?

僕は違うと思うのです。

  適度なストレスこそは絶対に必要だと思います。

それは、人の・・・個人の・・進歩や進化の原動力であるような気がしてなりません。

  やっぱりストレスは適度に必要だと思います・・・必要悪というのも変ですが、やっぱりこれはあってもイイものと確信します。

  人間というものは、どうもそんな状況から初めて画期的な知恵が生まれたり、それ相応の覚悟ができたり、また勇気が湧いたり・・・としながら進化し、それらの状況に適応していくのだろうと思えてなりません。

もっと言えば元々そのようなシステムに作られているような気がするわけです。人は・・・。

  ストレスが何だ!・・それがどうした! 

ある意味で、人には絶対に必要なことなんだよ・・・と、僕にはそう思えてならないのです。

 

  話は飛びますが、もう、何かにつけて最近のテレビやその他新聞や週刊誌等々のマスコミの知ったかぶりな情報にはほどほどに嫌気がさしてきます。特に健康や医療に関する情報、記事などは、ネガティブ言葉を連発し、脅し、心配を増幅させ、なにが本当のことなのかも深く追求もせず、大きなアカデミズムからのそのままの聞きかじりで、その裏の闇のことには触れず、取り込まれ、それがあたかも真実を伝えているかのように錯覚し・・・・・など言い出せばきりが無いのでこの辺で辞めときます。

  とにかくそれらの情報は鵜呑みにせず、たくさんあるその情報の背景を検証してみることだと思っています。そして、自分が納得したことにのみ結論を出すことだと思います。僕はいつもそうしています。

僕の場合、大体はポジティブで楽観的なな結果に収まってしまうわけですが・・・・。

要するにそれらの情報にはいつも適度な距離を持ち、自分の感覚は大切にしましょうね、という話です。

もうそこそこうんざりしてきています。

 僕らは僕らとして生きている以上、自分の基準値?規範?のようなものさえきっちりと押さえておけば、自分の判断や決断が絶対だと言いたいのです。

だから大丈夫なんですよすべては・・・・。

 

 

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