Ryojinブログ

剣道のこと、オオカミ復活運動のこと、そして紀州犬のことやいつも行き来している大好きな京都のネタなども綴っていきます。

身体の手入れは怠らずに。

2023-09-27 12:30:14 | 随想・・・。

 このこと前にも書いたのですが、やはり僕は、たらたらと何もせずにただ生きて時が経つのと同時に身体も心も老いて行く、というような歳の取り方だけはしたくないので、常に自分の肉体というか人間のこの精緻極まりない身体の本質を信じ、すぐに病院や薬などに頼らない生き方をしようと心に決めています。

  もちろん時と場合によります。例えば不慮の怪我やまた細菌やウィルスによる病気などへの対処として現代の超発達した医学の恩恵を受けない手はありませんからそれは別です。

  ただ、先日紹介した本「病気の本当の治し方」にもありましたが、人間の身体はどんな精巧な機械とも違うのは、自分の身体の不具合や傷んだ箇所など何であってもほとんどは自分の力で治し修復できるということで、人類が創造されて以来からの細胞レベルでの機能、それを忘れてはならないということなのです。

  思えば僕も色々な世界に首を突っ込んで来ました。身体操作や日本古来の武術的な身体の使い方、レイキ、現在は「整体」と言われる身体技術の神業的なものや、漢方の奥深さ、また諸悪の根源とも云える活性酸素にまつわるその対処や更に温熱療法、岩盤浴などに云われる元素療法等々、様々な身体にまつわる世界を興味深く覗いて来ました。

もちろん今も実践していることは多々あり、その影響は僕の心と身体に深く刻まれています。

  と云うことで、ひとつひとつの説明はとても無理なので、今実践している一番簡単な身体の手入れについてお話します。

まずは「筋トレ」なーんだ、と笑うなかれ、何度も云うようにジム通いで器具を頼りにかっこいい身体作りにいそしんでいると云うことでは決してありません。

筋トレと云うよりやはり外的にも内的にも「鍛錬」といった方がしっくりきます。

  筋肉の鍛錬は内臓や内臓器官、血管や血液の流れ、更には細胞レベルまで遡ってもそれとの関りは深く、確実に存在すると信じます。

先の本の中にもありましたが、人間の身体は常に全体ですべて繋がり、関りあい影響し合っているという考え方、漢方的な見方・・?とも言えそうですが、逆に現代医学的な考え方では身体を部位別というかパーツごとに分けて、そこにはそれぞれの専門家がいて、それぞれ別に対処するという考えで成り立っているといっても過言ではないと思います。

ですからまずはそこのところの考え方をきちんと見極めができないと、これはちょっとヤバイかなぁと思う訳です。

ですから筋肉を鍛え(幸い筋肉だけは医学的に見てもいくつになっても唯一鍛えられるらしい)ある程度増やし、それを維持していくのがかなり基本的な健康法であると考えています。

肉体的に筋肉がある程度発達してくるとそれと比例して精神的にも気分というか精神衛生上中々いいもんですもの。

  若々しい身体を保っているという自負とはそういうものですね。

とにかく手入れですよ、やはり・・。

  因みに僕の年齢?・・有名どころでは、郷ひろみ、明石家さんま、所ジョージ、ブルース・ウィルス、ケビン・コスナー、中村梅雀etc・・・・(>_<)

と云うことで失礼します。

  

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SNSは好かん。そして移り行く周りのこと。

2023-09-14 12:32:08 | 随想・・・。

  と言っても、すべてそれを否定していると云うことではありません。

今やそれなしでは生活が追いつていけない部分もあって、否応なしにLINEやメールは使っていますし、この拙いブログとて情報発信のひとつの手段でもある訳だし、更にスマホなど、それにどっぷり依存(奴隷状態・・)はしていないものの、正直重宝しているのは事実ですから。

  遠い昔の電気やガスや電話の普及と同じようにインターネツトを始めとする様々な通信手段は現代の生活の基盤となり最早欠かせなくなっていますものね。

  ただ「そんなんわざわざしなくてもなぁ」みたいなものが僕的にはフェイスブックであったりXであったりインスタグラムであったりするする訳で、要するに世間から見たらちょっと変人かもですが「いいね」欲しさの情報発信の厭らしさみたいなものが若干癪にさわるというか、見知らぬ個人同士が自分のことをひけらかしあったりと、すべて悪とは決して言いませんが、とまぁ自分としては苦手な訳です。

「いいね」いりまへん、だからやりまへん(^^;

そうは言うものの良くて楽しく便利なことも多々あるのでしょうがね。昔の知人と交流できたりしてね・・それわかりますよ。

  と云うことでSNSあまり興味ありませんが否応なく情報を拾って、感心したり驚いたり怒ったり悲しんだりしてね、そう云う自分も嵌まってしまっている人間の一人なのかも知れません。

まぁ自分からは積極的に関わって行かないだけ、というべきなのでしょうかね。

このことはこのたわ言で終わります。

  最近、ふと思うに「いつもそこにあったもの」がなくなってしまったり「今までそこに存在してたのが当たり前だったもの」が消えてしまったり「そうあること、そうすることが普通であったこと」がそうでなくなってしまったり。

そんなことがよくあるのですよね。

人とてそうです。いつの間にかいなくなってしまっているんですよね。あの人この人・・。

  何だか歳がいくと云うことはそんなことが身近に感じられるようになってしまったと云うことかも知れませんね。

あー、そんなの「ヤダヤダ」ですよね。まったく・・。

まぁ経験の数が増えれば致し方ないことなのか、とでも考えるようにしています。

  もう一つ、人間は歳をとると「怯懦」になるのですね。物事ほとんどすべてにおいて・・。

「こまめさ」がなくなったのかなぁとか思ってましたが・・そんな生易しいことではなく、いちいち物事に「怖気づく」というほどではないにしろ、とにかく「面倒」になるのですよね。

そんなこと思ってきましたよ。

・・てなこと書いていながら、妄想ばかりは後を絶たず頭をもたげてきますからね、まったく困ったもんです。どっちがどっちやらわけわかりまへん。

とまぁしょうもない話でしたが、でもまぁその現状には負けませんけどね・・結論。

支離滅裂失礼しました。

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最近思うこといろいろ・・。

2023-09-03 10:48:45 | 随想・・・。

  何だか随分更新をせずにいました。気付いたら一ケ月も空けてしまいました。

忘れ去られる前に最近の随想綴ってみます。

色々と考えることも多いのですが、とにかく危険なほどの暑さのお陰で家を出ることすら億劫になってしまい、ついつい閑居状態で、先の投稿でも書いたようにその功罪でもないですがとにかく本をよく読みました。

最近はアマゾンのプライムビデオで古い映画をもう何本も観ました。

  定期的に決まった仕事もある訳でもないので色々考えたり妄想しながら日々過ごしています。

唯々ビールの量が増えるというものです。

  街ではこのくそ暑いのに炎天下それも屋外でご苦労なことにまだマスクを外さずにいる人がいます。

全体のまだ7割位ぐらいの人が未だにはずせないようですね。

僕的にはまったくその真意が判りませんが。

何考えているのやら、多分何も考えていないのでしょうが・・まぁ癖になってしまっているのでしょうかね。

「マスクしなくちゃ」という強迫観念がね。

  そんな風景見てると所詮、人間と云うか社会意識や、庶民感覚などと云うのはこの程度で、まぁマスク程度のことは放っておけばよいのでしょうが、それが逆にイデオロギー的な面で社会が悪い流れに働いときは相当怖いという反面もありますね。

  マスクは相手に顔を隠せるという、自分に自信や信念の過小な人にとっては都合のよさも働くのでしょうか。

仕事柄とかどうかは良くわかりませんが、ものには「程」と云うものがあると思うのですが・・とにかくよくわかりまへん(>_<)

これは愚痴、言ってもしょうもない愚痴ですが、ただここから物事の本質のようなものが垣間見えたりしてくるのですよね。

そんなこと思っています。

  いやはやそれにしても暑い。毎年新記録ですものね。この先どうなってしまうことやらです。

 話は飛びますが、それでも剣道はやってますよ。

以前ほどの回数はこなせませんが、年齢や経験に応じた中身のある身体的にも精神的にも濃い稽古です。

まだまだ身体は若くて、稽古もその後の回復力も大丈夫です。

2か月に一回京都である近畿地区の合同稽古会などでもまだ警察の若い特錬生が少なくとも四、五人は並んでくれますから「オレもまだまだ捨てたものじゃないわい」などと悦に入ってます。

  この剣道ですが特にこの頃、僕の意識は「決して周りと一緒くたになっていてはダメだ」と、常に周りより一つ頭抜けてる自分をイメージしています。

生意気なようですが僕は常にその意識でいます。

 これには稽古の強さだけでなく精神的な、抽象的な言い方ですが「明確でしっかりとした背景」が要ります。

具体的には身体は意識と比例するということです。意識(特に無意識だろうなぁ・・)が身体を制御すると言っても過言ではありません。

僕は長年そんなことばかり考えながら剣道だけでなく、思えば行動規範そのものを支えてきた様な気がします。

  相変わらず外は暑いです。が・・何だか少しだけ風が涼しくなったような気がしました。

こうしてまた季節が移りゆくのですね。

あと少し経てば今度は「寒いなぁ」とか言い出すのですよねきっと。

  物事はすべて移り変わります。と同時にすべては終わりに向かって進んで行きます。

今からの人生どうやってい生きて行こうかある意味楽しみでもあります。

  先日とうとう母が入院しました。足がいけません。認知も進行しています。

今回そのことで母には教えてもらいました。それは最後の教えかもしれません。

  母は92歳になりますが、今の僕らの年齢からでこそやっておかなければいけないことがあると云うことです。

そうでなければ「こうなるよ」ということです。

母は何もしなくてもとにかく健康で身体の丈夫な人でしたが、後半の人生は如何せん生活がものぐさでした。

運動嫌いも甚だしく、まったくと云っていい程身体は動かしませんでしたね。そんな意識すらなかったと思います。

あれほど根が丈夫な身体の人でも85歳くらいからかなぁ、何もしなかったら最後はこうなるよと云うことです。

足腰の強さや認知感覚は必ず生活習慣の工夫で予防できますもの。

  人生やはり最後まで自意識と動ける身体は持ち続けなくちゃね。ピンピンコロリ・・か。

そのつもりで生きて行きますよ僕は。

  と云うことで久々の投稿でした。

今、「病気の本当の治し方」世古口祐司著 という本読んでます。

眼からうろこ・・というより僕的には「やっぱりな」と云う感じです。

人生変わるかも知れませんよ。良い意味。

  皆様暑さに負けず、また付き合わず適当にやり過ごして何事も楽しくやりましょう。

終わります。

 

 

 

 

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猛暑の功罪か本を読む。

2023-08-01 09:11:25 | 随想・・・。

 連日超猛暑が続きます。

とんでもない暑さでいまだ経験したことがないような暑さです。

年々再々酷くなっているようで先が思いやられますが、まぁ人類もそこまでアホではないでしようから今からこぞって本気で温暖化に立ち向かうと思いますけどね。

  それにしても経済的にもかなり影響が出ているのは確かですね。

表に出たくない・・お金を使わない、エアコンなど電気代ばかりが高騰する等々、身近なことから見てもその経済への影響という広がりは果てしない程ですね。

我が「ムカデシャット」も大変です。売上げがまったく上がりません。

ある方の説によるとムカデがこの暑さで繁殖できず卵を産まないと云うようなことらしいです。

実際、ピークとも云える今の時期でもムカデ見かけませんから・・。

そんなのがここ2、3年続いています。気候のことばかりは何ともなりませんのでいつか昔のようにとは言いませんがある程度普通の季節感に戻るのを期待するしかありませんね。

  さてさてこの暑さのお陰でもないのですがとにかく本を読むことが多くなりました。

まったくジャンル関係なく依然読んだものも含め立て続けに3冊、今4冊目。

※「ヘヴン」川上未映子 

※「力人」雷電為右衛門 もりたなるお 

※「一人称単数」村上春樹

村上春樹の短編を更に何篇か追加で読みました。(何度読んでも面白い・・)

今はこれも過去に読んだ浅田次郎の「一刀斎夢録」上巻が机の上にあります。

  そして次はというと「トレーニング」・・かなり充実した鍛錬を週2回レベルでやっています。

この時期は毎年なのですが暑さ嫌いな僕は剣道の稽古は減ります。その分自己鍛錬に力を注いでいると云うことですが、剣道もなんだかんだと云いながらも週2回程はできていますけどね。

鍛錬において気付くことは多々ありますが、まず僕の年齢でも確実に筋力はアップすると云うことですね。

  前にも書いたように筋トレ的には今まで色々な経験と研究(少々おおげさかも・・)を続けてきましたが、我が岡田式鍛錬も「腕立て伏せに始まり腕立て伏せに終わる」ここに行き着きました。

ただ負荷は自重だけですから徐々に強度を上げていく必要があります。器具を極力使わないと云うのが僕の理念ですから自重ではそれなりの工夫がいります。

最近は腕立て伏せを平坦な床の上ではなく40cm程の台の上に足を乗せ身体はまっすぐにしながらしっかりと角度を付けてやっています。                                                これかなりきついのは確かなんですが、何と逆に平坦なところより最初の回数が多くこなせることに気付き「こんなにできるんかい!」みたいな感じで実際驚きましたね。

いつの間にか完全に筋力はアップしていましたね。その瞬発力も持久力も含めてです。

学説通り筋肉はいくつになっても発達するし鍛えられると云うことまさに実感していますよ。

在り来たりな言い方ですが年齢が行けば行くほど絶対に「身体は鍛えておかなくちゃだめ」ですね特に筋肉・・筋力、これです。

  とまぁ、そんなこんなで暑さにかまけて引きこもりながらも色々やっていますが、生来の「外に出なくては落ち着かない」と云う性格もあり適度に日焼けなどもしてるし、意外と様々なストレスにも耐えながら健康的な生活してると思いますけどね。

皆様もこの殺人的な暑さ、災害級の暑さなどとも云われている昨今、とにかく身体にはくれぐれも用心して乗り切ってくださいね。

で、甲子園の高校野球・・ヤバくないですか(>_<)

 

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すべては流れのなかにある。

2023-07-03 08:24:14 | 随想・・・。

  はてさて随分と間を明けちゃいました。

それでなくても奇特で希少な読者さん達なのに、こんなんじゃ益々そっぽを向かれてしまうというものです。

なんだかんだとやる事も多くまた考えることも多くて(大した事考えていません。ただの妄想です)ついつい不精しちゃいまして気付けば一か月以上たっていました。悪しからず・・。

  さて表題の言葉ですが何だか哲学っぽくて少々大袈裟な感じしますが、昔の手帳をめくっていたら飛び込んできた言葉というかフレーズです。

一緒にこんな事も横に書いていました「10年という歳月は人も風景も生活も随分と変えてしまうものだ」まさしくそうですね10年前を振り返ってみると何だか昔の出来事のようなことばかりなのですが「それでもまだ10年前かいな・・」感もしなくもなく、ただ時間の流れや様々な出来事に翻弄されてきた自分が垣間見えますね。

10年という歳月は、勤め人でない僕にとって余計にその世界が多様だったような気がしています。

逆にこの歳になると10年前なんてのはほんの最近のことのようにも思えてきたりしましてね。

だからたまに50年前のことを思うのですよ。まだ10代の頃・・・。

そうなってくるともうそれは驚くほどの変容ですよね(僅か10年でも自分も含め周りも世の中も随分変わってしまっているのにね・・)

  だからこの先50年後のことなどもまったく想像できないようにも思えます。ただ今から50年前に現在のことを想像することは当時最先端の科学技術からしてもそれは至極至難と云うよりほとんど無理だったでしょうが、これから先50年後のことは今の先端技術やその研究によって随分と理解や想像のレベルが変わってきていると思いますね(例えば量子コンピューターの出現など・・)

とまぁこのように徒然に永遠に?続く時の流れを思う訳です。

  科学技術は日進月歩、AIなどという今まで人類がSFでしか想像もできなかったものが現実として目の前にあります。

良いか悪いかは別にして科学技術の進歩は致し方のないものです。人類の宿命とでも云いましょうか、当たり前のことだと僕的には理解しています。

ただ「人間が自らの利便性を追求して作ったもの」それが逆に安全を脅かす、そういうこともある訳で、現在において至近な例といえば「原発」など典型的なケースかも知れませんね。

確か前にも書いた覚えありますが、原発の限界はというか怖さは「もしもの時にそれを解決できる技術が未だない」ということなんですよね。

僕は頭からその存在にノーという反対派ではありませんが、そのことが「うーん」と首を傾げてしまう原因のようです。

お次は、多分と云うより間違いなくその脅威となり得るものとして先にも書いた「AI」技術でしょうね。

  話は変わりますが「現代が昔よりすべてに優れている訳ではない」ということを認識させられるものも色々と有る訳です。

太古の建築技術や構造物、書や絵画に見るあまりに見事な精緻さ、更に武術などの身体操作に関わる現代人では想像もつかないような奥深さ等々、考えればきりがない程「昔の方が優れていた」的なものが多くありますよね。

  昨今「温故知新」などという言葉が、特に最近の著しい科学技術の進歩の中で益々重要なキィワードとして現実味を帯びてくるようですが、そのことは忘れずにおこうと肝に銘じている自分です。

僕的には決して新しい知識や技術、社会構造や制度などを否定する気は毛頭ありません。だってちょっと自分の身のまわりを観ただけでも判るようにどれ程その恩恵を受けているやら知れませんものね。

  と云うことで、尻切れとんぼになっちゃいましたが、まぁとにかくこうしていても地球時間的な時はどんどん過ぎ去っていきます。

その流れの中でたまには「高い視点からものを考えてみる」と云うことも大事かなぁなどと思ってる訳です。

今日は久し振りでしたが、取り敢えずこの辺にしておきます。

 

 

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