Ryojinブログ

剣道のこと、オオカミ復活運動のこと、そして紀州犬のことやいつも行き来している大好きな京都のネタなども綴っていきます。

「賀茂川食堂」と「あさが来た」のこと・・。

2016-02-26 15:47:20 | 随想・・・。

  表題の「賀茂川食堂」という番組がとても気に入っていてビデオに取って(BSプレミアムで日曜夜10時から・・・なので寝る時間になってしまう・・)全部観ています。

テーマは「思い出の食、捜します」という、住所だけの新聞の一行広告・・・看板もない店・・それを見て探し訊ねてくる人々の、それぞれの思い出深い食べ物を、そこの店の主人とその娘(探偵の役・・・)が探し出し、お客に提供する・・という、食を中心とした結構ロマンチックな物語です。

  主演は萩原健一、娘役は惣那沙里、なかなかの配役で、元々好きな俳優でしたが萩原健一・・・渋くて演技も確かでとても良い俳優になりましたね。惣那沙里も僕のお気に入りの女優です。

まずは最初に必ず出てくるおばんざい・・・かなぁ、小鉢に入ったいろんな料理・・・これが、飲み助の僕にとってはたまらんもので、いやー、ここに行って食べてみたい・・そんな思いにさせる、食欲そそる一品揃いなのです。

これも楽しみの一つですが、他にも、お店の所在は東本願寺近辺の路地にあるのですが、その食材を探す過程で僕のよく見知った場所景色や商店街の町並み・・・などがその都度現れ余計に親しみを覚える訳です。

  脇の俳優も岩下志麻など名優が揃い(相変わらずきれいだし、着物が良く似合うし、着物そのものを見る楽しみもまたある・・・)毎回のお客の役も名優(大地康雄、井上晴美、左時枝等々で他の若手も良い・・・)揃いで、かなり力入ってるなぁ・・これ、と思わせるものです。

登場人物の名前は「鴨川 流」と云います。娘は「鴨川こいし」・・・名前も良いです。

こいしは食堂に併設された「鴨川探偵事務所」の所長も兼ねていて、二階の事務所に上がると束ねた髪をすっとおろし、きりっとブレザーを羽織りそれなりに変身します・・・カッコイイです。

とまぁ、色々事情もある親子なのですが、とても良い雰囲気かもしてますねぇ・・・。

食べ物が主役・・・的な物語はやはりいいですね・・・好きです。

是非、観てみてください。

  話は変わりますが、以前から書いてみたかった「あさが来た」のこと、少し触れておきます。

この番組僕は欠かさず観ています・・・ファンですね。

最初の頃は、主人公を子供がまるで上れそうもない木の上に上げてみたり・・・これ見よがしの悪行儀をさせてみたり、しょうもない相撲など取らせてみたり・・・と「また、いつもの昔の朝ドラのかなわんパターンかなぁ・・」と懸念していましたが、子役の演技の上手さと、なんと言ってもそのドラマ全体の配役の妙に感心してしまい、徐々にそんなことは気にならなくなってしまいましたね。

ヒットするドラマ作品はこの配役が絶対・・・と思う僕は、これには感心しました。

まさしく適役というか、はまり役ばかり・・・中でも、玉木宏・・・またイケメンの客寄せかいな・・みたいに思っていましたが、これがなんと素晴らしきはまり役で演技と雰囲気・・・回を追うごとにファンになってしまいました。

それと、とにかくテンポが抜群によい・・・因みにBS朝「あさ・・」の前の再放送「どんど晴れ」も観ていますが、これと比較するとまったく良く判りますから・・・。

とにかく人気出るのも文句なくうなずけます。

配役の妙・・・一言で云えば・・・それとテンポの良さ・・・これが人気の秘密のようですね。

遅ればせながら、脚本・・・見事ですね。

  前から一度書かなくては、と思っていた「あさ・・・」のことでした。

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組織というものとあまり関わりたくない・・自分。

2016-02-26 11:18:04 | 随想・・・。

  いつ頃だったか・・・自分は「しき・・織とか式」のつくものが嫌い・・・というか苦手だ・・・と云うことに気づきました。

「組織」「常識(特に・・・)」「形式」「儀式」「式典」・・・・うーーん数えたらまだありそうだけども、逆に矛盾するかも知れないですが「格式」とか「様式」…美的なものには魅力を感じます。

  話はこの中でも「組織」と云うものの持つ、バカな上役や世話役のような人間が一人、二人いるだけで、僕などはとても耐えられないような、とんでもな考えや判断を押しつけられなくてはならない・・・という、腹立たしい現実が目の前に現れることがある・・という、そういうことです。

  例えばそれが自分や家族の生活がかかっていたりする会社などの組織であれば、営利団体である訳で、自分の存在そのものがかかっているのですから、それはもう堂々と良しとする考えを大きな声で発することも可能であり必要です・・多少の覚悟はいりますが・・・そこには必ず理解者や賛同者もいて、また賢い人間も必ずいるものなのですが・・僕の経験上・・・。

ところがこれが何かの趣味や嗜好の同じ人間が集まる任意の団体などになると、かなり意味合いが違ってきます。

  そこには年功序列的でバランス感覚にばかり気を使って、個々の能力や経験・・・などあまり関係無く、およそ不適材な人間が不適格な場所で跋扈する・・と云うような現象が垣間見えます。

そこでは同じ趣味嗜好の中での優位者を中心とした序列優先のような組織構成になり、互いの甘え・・・というか、顔色伺い・・というか妥協というか・・「まぁいいか・・」みたいな、そんな感情がはびこり、そのくせそこではボランティア意識を振りかざしたりする人間や、お金のことに妙にヒステリックな論を正論ぶって言ってみたり・・・その正論をはき違えたり、まさにそのようなやり場のない無秩序的な集団が形成されて行くわけです・・・要するに、僕などはそういう集団内で「それでもちゃんと頑張ってやってやろう・・・」などという感情がある程度懸命に関わり、それらが期待外れどころか「こりゃ無駄だ・・・」と感じたその瞬間を境に急激に意欲が湧いてこなくなり、逆にその時期からは明確な諦め意識が頭をもたげ「ここから少し距離置いた方が賢明だなこりゃ・・・」的な気分の方が優先され、突如そんなレベルの低い煩わしいことが馬鹿らしくなり、とっととそっぽ向いてしまいたくなるのです・・・というかなるのです。

  繰り返しますが、自分の人生に悪い影響を与えたり、生活の場に都合の悪い変化がある恐れがあれば、これはもうはっきり戦う訳ですが・・・(過去のリーマン時代は常にそうしてきたし・・そこから自分の人生を切り開いてこれた・・・と云うような経験も自負もあります・・・・)ある意味それは「命がけ」でしたから・・・。

  任意の団体のダメなところは、会社のような明確な利益追求が目的であったり、公務員や学校のような漠然とでも「地域住民(果ては国民とでも云える)の為」とか「学生の教育の為」とかいう大きな最終目標のようなものがないので、どうしても組織内に於いての個人の名誉や、またまわりから良く思われたい的な・・・思考が蔓延し、僕的には結論・・・「鬱陶しい・・」共同体となってしまう訳です。

僕は自由に生きています、誰に煩わされることもありません。

その代わりというか、自由はその責任も全部自分が負います・・・当然です。

多分終焉を迎えるまでこのままの人生が続きます。僕はそのように決めています。

  わざわざしょうもない組織の煩わしさに巻き込まれたくありませんし、まったく「人の目・・・」的なことも昨今、特に気にならなくなってきましたし・・・ようやくですが・・・とても生きやすくなっている人生なんです・・・だから余計に距離を置きたくなるのですね。

最近の某組織での一連の流れをみていて、自分を・・その思想を新たに再認識した・・・そんな気がしたのです。

  おっと、今こんな言葉思い出しました「君子の交わりは水のごとし・・・」この世界が良いのですよ・・僕は・・ちょっとピントずれですかね・・・そんなことないですよね。

そういう訳で「・・しき」のつくもの苦手・・・という話からでした。

 

 

 

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心も身体も判りやすくなってきたかなぁ・・・。

2016-02-21 13:26:24 | 随想・・・。

  表題の言い方はあまりよくわかりにくいかも知れませんね・・・僕自身もそうですが・・・。

でもしかし、ふっとそんなこと感じると時が確かにあるのです・・・この頃。

  さて、この10日程はすっかり体調を崩し、発熱、咳に悩まされ大切な予定もキャンセルしたり、また1日中寝ていたり・・・と、まぁ散々な数日でしたが、少し良くなればこれはもういつものペースに自然と戻っていくわけで、早朝のワンコの散歩と剣道はしっかりサボらせてもらっていますが、飲み食いはまたまたエンジンがかかってきたか・・・という感じで、この金曜は榎本さんと昔からよく知った弁護士のK先生とで食事(酒は「黒龍」の純米吟醸垂れくち・・・美味しかった・・・)とカラオケでばりばりに楽しく発散してきました。

  その間、咳はほとんど出ませんし、歌にも影響は・・・少しあったかなぁ・・・程度で、いつものようにやっちゃいました・・しかし、その夜はまるでそのしっぺ返しかのような酷い咳が出て、眠りも浅く、一瞬ぶり返したかなぁ、と思いきやまたそうでもなくて、昨日から今日にかけては普通の体調にほぼ戻っています。

風邪なりなんなりやっぱり時期が来たら治るんですね・・・咳は最近長引くものが多いようで、あっちこっちでそんな話を聞きますし、ご多分に漏れず僕も確かにその一人です。

これは僕の場合、今始まったことではなく若い頃から咳には長く悩まされてきました。それでも今はものの10日程で大体治まってしまうようになったので楽になりました・・・以前は最高で2ヶ月位続いたことがあります・・・・僕の唯一のウィークポイントこの気管支だといっても過言ではありません。

今の咳はウイルスもないただの喉からでる突風みたいなものですが、まわりは気にすると悪いので「ウイルスまき散らしの咳」じゃないことは説明します・・・・ここもケチらずちゃんとまわりに伝えるのが大事ですから・・・・。

  そんなこんなで体調もほぼ元通りになり、剣道稽古のことまた考えだした矢先「訃報」が届きました。

京都のH先生が亡くなられたということでした・・・・急でした。驚きました。

話を聞くと、自分の担当の稽古日に「少し調子が悪いわ・・・」と、稽古もせずに見ていたらしいのですが、皆に薦められて翌日渋々病院へ行くと速効入院で集中治療室行きだったらしいです。その後5日後に亡くなられました「肺」が機能しなくなっていたようです。

相当な自覚症状はあったと思いますが・・・・。

  この先生は僕にとって恩人とも云える方で、15年程前に奈良の柳生である「中堅剣士講習会」という、まぁ、合宿のような剣道漬けの4泊5日間、寝食を共にした中で、後に自宅にもお邪魔して奥さんと共に楽しく食事を頂いたこともあり、何よりその時、後に息子がお世話になる「東山高校」の当時の剣道部の顧問O先生を紹介してもらった・・・という良い縁を頂いた方で、僕が京都に稽古に来るといつも喜んで出迎えてくれ、人も紹介してもらい、そうした何気ないけれどとてもありがたいお世話になった方でした。

  朝から京都の告別式会場(山科にある由緒ある静かで小さなお寺でした・・・)に出向き、お顔も拝見できたし、斎場にお見送りした後、そこを辞し、少し家にも立ち寄り所用を済ませ夕方5時頃には尾鷲に帰宅していました・・・久々の日帰りでしたが、本当に京都は近くなったこと、今更ながらに実感しましたね・・・。

  そんなことありました。

身体のことも心のことも、バタバタと何かが重なったり錯綜したりした時・・・その出来事に対する思いやそれから広がる寂寥感とも取れるような感覚・・・またそれと真逆の自分への心意気・・・みたいなものも、まるで身体の奥から声無き声のように溢れてくるんですね夜中に・・・・ふっと聞こえてくるんですよね。

そして、漠然と感覚的に良くも悪くもなく「なんか物事が判りやすくなってきてしまったかなぁ・・・」などと思う訳です。

身体は身体で、こうしたらこうなるんだなぁとか、どんなふうになればどうなるんだなぁとか、このような、また心は心で、こんな時にこんなこと思うのかとか、やれやれ、そうそう滅多に乱れもしないものなんだなぁとか、人に感情があるってことはやっぱいいものなんだよなぁとか・・・。

  どこか尻切れとんぼのようですが、とまぁそんなことです・・・・悪しからず・・・。

 

 

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京都に来ています・・が、身体ガタガタ・・・。

2016-02-14 20:43:57 | 京都のこと

  水曜日からこっち、京都に来ているのですが・・・・先に書いたようなこともあり、尾鷲を出る前から、何かしら体調に異変が起こっていることは、その頃からうすうす感じていました。しかしまさかこんなに酷くなるとは思いもよりませんでしたね。

その為の予防処置も相当頑張りましたし・・・・。

  先の京橋珍道中・・・まではよかったのですが・・・その日帰ってから急に咳が酷くなり、おまけに熱までも・・・その日はともかく翌12日はふらふら状態で、病院に行くことすら億劫で、一日中何処にも出られないどころか起きられないような状態で、よく知った薬局に電話してこれはという漢方を処方してもらい自宅まで届けてもらう、と云うような体たらく・・・・(車の運転などもっての他としか云えない・・・)で、しかし、症状は一向に収まらず、コクの散歩だけはいくらふらふら状態でも少しは連れ出さなければならないし・・・、さらに薬剤師曰く・・・「オカダさん、インフルみたいですね・・・」もうその瞬間、すべての予定の歯車が狂ってしまい、13日の楽しみは稽古も後の一杯もすべてキャンセルせざるをえませんでした。

この稽古会をこんなことで休むのは勿論初めてですし、それより何より前君との楽しみにしていた約束が・・・こう・・ダメになってしまった・・・・彼は、去年から娘さんが京都の大学に進んだので僕も彼とこっちで予定が合えば一緒に稽古会に参加して後はご飯を・・・といつも言っていたし、彼も「オカダ先生、是非一度お願いしますね・・・・」と言ってくれていたし・・・それが実現するその矢先、こんなことになってしまいました。

そして翌13日は忸怩たる思いを胸に一日中寝ていました。

彼には本当に失礼してしまいました・・・無理しても楽しくないし(無理できませんでしたけど・・・・)逆に迷惑ですよね・・・。

  その時ふと、気付いたのです・・・あれ、これって去年もこの頃同じようなことになったんじゃなかったかなぁ・・・と、調べたら案の定、去年は稽古会が終わって尾鷲に帰ってからほとんど同じくらいの日に同じような症状で、インフルを心配して長野先生にお世話になっていました。

結局はインフルではなかったのですが・・・その時は・・・ただ前にも書いたのですが長野先生に「身体が相当悲鳴上げとるで・・今・・」と言われたのを思い出しました。

で、今回はと云うと、土曜の昼過ぎから熱が下がったのを確認しました。それで僕的に勝手に「やっぱインフルじゃなかったな・・・これ・・」となってなって、そのまま休養しつつ様子を伺うことにしました。ところがです、咳が酷いんです、一晩ほとんど眠れていないような気がします。

昨日から病院も休みだし、結局今日も咳を気にしながら(だいぶん楽にはなってきたが・・・)何をする訳でもなく、時間が過ぎて行きました。

このままで尾鷲に帰っても家内に迷惑かけるだけだし、もう少し回復してからと・・・やっぱり予定通り明日までいます。

今日は生暖かくまるで春のような日りでした朝のうち降っていた雨もお昼前には止み、とにかく助かりました・・・まだ咳はありますがだいぶん良くなりました。

昨日、一昨日と、まるでろくなものを食べていません・・・というか、贅沢ですが・・・ 何を食べてもあまり美味しく感じられないのです・・・。

今日は少しだけ頑張って近くの「きはら」まで夕食に出向きました。ビールはいつもの半分・・酒・・少し・・相変わらず何かと美味しい物を頂いて一時間ほどで帰って来ました。

咳は一度もしませんでした・・・よりによって 赤ちゃんを連れた若い夫婦と子供二人連れの家族が僕の近くに陣取ったこともあり我慢していましたが、あまり長続きもしそうにないので温かい「半田そーめん」は諦めました。

今日の感心メニューは「このこの茶碗蒸し」美味しかった・・・・。

帰ってこれを書いていると、コクが何やら表の気配を告げます・・・そっと覗くと隣の「エイスケ」のテッチャンがお椀を持って立っています・・・「咳にこれ良いらしいです・・・」と、レンコンの根元をすってこさえたスープを届けてくれました。

ありがたいですね。

今日は本当は隣で軽く夕食しようかと、考えていたのですが、彼には一昨日食欲の湧かないままに夕食の雑炊をお願いしたりして、僕の風邪の経緯を知っているので「いくら何でもまだ治ってもいないのに悪いよなぁ・・・」と遠慮したのでしたが・・・・。

と、まぁこんな感じでだいぶん良くはなりましたが・・・明日はすぐ近くの耳鼻咽喉科の医院で診察してもらって、それから帰ろうと思っています。

しょうもない苦労話・・・?で、悪しからず・・・・。

これすら疲れます・・・・やれやれ・・・。

※推敲なし・・・です。

 

 

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またまた京橋・・・とその顛末。

2016-02-13 12:16:26 | 京都のこと

  長崎で勤務する宮本さんが久々の休暇で大阪は堺市に帰省し、その機会に「また京橋でやりましょう・・」となった訳で、今回は尾鷲から駒さんも参加することになり、賑やかで楽しげな喧噪と・・・ディープで混沌としたまたあの界隈で飲みました。

  以前一度お邪魔したことのある立ち飲み屋を取り敢えず目的(確固たるものでもないが・・・)にと行ったもののまだ開いていなくて、その界隈をウロウロしながら、まず一件目は典型的な居酒屋のスタイルのお店にお邪魔しました。吉田類の「酒場放浪記」によく出てくるような間口が広くてテーブル席も多く、何よりもメニューが滅茶苦茶多い・・・酒は「みよし正宗(広島の酒・・・僕は知らなかった)のみ・・・と、そんな感じで・・・、その酒・・熱燗で飲みましたがなかなか美味しい酒でした。

  それより何より、JR京橋の改札前で待ち合わせた時間が3時ですから・・・。駒さんなどは11時頃には既に着いていて、その晩のホテル探しもかね周辺をウロウロしていたらしいいです。この人はそんなことはまったく厭わない人で、僕が約束の20分程前に着いたらもう待ってくれていました。一方の宮本さんも早くに着いていたらしく同じようにうろうろと今夜・・・?のお店を物色していたみたいでした。

  二人ともなかなか気合いが入っていて、イマイチ体調不良の僕は少し圧倒されそうになりましたが、何はともあれ、ここでは明るいうちどころか朝からでもあっちこっちの立ち飲み屋でみんな飲んでますから・・・・要するに「まっ昼間から酒など飲んで・・・」などという酒飲み性悪説的な概念などまったくありません・・・何かまだ僕などには心のほんの片隅にある些細な罪の意識さえもきれいさっぱりに無くなるってもんでして・・・「ホントここ救われるなぁ・・・」みたいになるわけです。

  久々の再会(特に宮本さんと駒さんは何年ぶりだろう・・・・そうそう、僕の岡山の八段審査の際に二人で応援に来てくれた時以来かな・・・)を祝し、ワイワイとしたたか飲んでその居酒屋を出た時はまだまだ日も高く・・・と、いっても、まわりはかなり盛り上がって来ているなぁ・・・みたいな雰囲気はひしひしと伝わってきますが・・・・。

もうこうなったらあたりが明るかろうが暗かろうがそんなの関係なく「さぁっ、次行くぞ・・」みたいな乗りで、当初の目的の立ち飲み屋(「ぜがわ」と云います・・・前にも書きました)に向かいました。

  まだ時間も早いせいか、お客も少なくて、相変わらず女将さんは若くてきれいで・・・とその時、カウンターにいた女性客にどうも見覚えがあったので声を掛けてみたら、何と前回お邪魔した時、このカウンターの中で接客してくれていた「あの子・・」でした。

  いつもここで働いている訳ではなく、たまたま今日ここに居合わせただけで「奇跡的な再会・・・」とまでは言いませんが・・・・とにかく本当に偶然に再会したわけです(実はもう一つの僕のこの店に来る目的は、この彼女に会うことにあった・・・内緒・・・)で、もう俄然嬉しくなって・・・僕だけでなくまわりもです・・・?話も弾んで彼女も帰るところだったのにもかかわらずそのまま付き合ってくれて、楽しく飲んで食べて(ここの「ローストポーク」は実に美味しい・・・)やっていたのですが話はここから意外な鬱陶しい展開となってしまったのです。

  その時、同じカウンターで飲んでいた一人のおっさん・・・これがまたとんでも酒癖の男でして、最初は僕らの為に席を明けてくれたりして「いい人やなぁ・・」と思っていました・・・一番端の駒さんとも何やら話しこんでいるし、まぁ楽しくやっているんだろうと思っていたのですが、ちょっと様子が変になってきて何やら女将さんに悪態を付きだし、奥の席の一人の若者と僕らの方を睨んでは何かブツブツ言っているし「おかしいなぁ・・こりゃ・・」と思っていたのですが、何と、やっと勘定を済ませさっさと帰ると思いきや「こらっ!われ!何じゃ今のおつりの渡し方は!こらっ!」みたい(ほとんど合っている・・・)になって、女将さんにまさに殴りかからんばかりの形相で(女将さんは負けてはいなかった・・・大阪弁でばりばり言い返していました)これはあかんわ、と止めに入った僕に今度は標的を変え、もう一人の若者と共に、とにかく文章表現不可能な悪態を付き始めました。

「こらぁっ!われ!どこの組のもんじゃ!おぅ!」これに対してはあまり差し障りもないので、思わず「俺か!こら!3年8組・・じゃこらぁ!悪いんかこらぁ!」などと実につまらんこと言っては自らほくそ笑んでいるうちはよかったのですが、あまりに騒ぎ立てるので通行人は皆こっちを見てるし「これはちょっとまずいなぁ・・」とその若者と二人で店から連れ出し、しばらくその悪態を聞きながらかなり離れた場所でそのおっさんを置いてきぼりにして、僕たちもそれぞれに別の路地を行き、ちょっと時間をおいて店に戻ったらなんとまぁまた来ていました(苦笑・・・)

で、若者が「これはあきまへんわぁ・・・僕、警察呼んできますわ」と言って、しばらく店には入らず表で様子を伺っていたのですがほんの5分もしないうちに二人の警官が現れそのおっさんを連れ出し、そいつは暴れもせず、すごすごと「これで安心安心・・」みたいに「やっと拳のおろしどころが見つかった」みたいにさっきまでの剣幕がまるでウソのように二人の警官に挟まれ雑踏の中に消えて行きました。

  ホントやれやれでしたね・・・店を出た後、駒さんがいつの間にか僕が手を出さないようする為にか、後を付けてくれていて、僕らも「ちょっと暗いところへ連れてくぞぉ・・こらぁ(あまり迫力ないが・・・)」とか、それなりに脅しつつ落ち着くところに落ち着かそうとしていたつもりだったのですが、その悪態はとどまるところを知らず、三人でみ合っていているうちに何かの拍子に思わず僕の手がおっさんの少し顔に当たってしまいました。

そしたら今度は「われ、殴ったやろこら!・・・警察行くぞ!こら!」となる始末・・・と、その時、一緒にいたくだんのおとなしい若者がまるでブチ切れたみたいに、えらい剣幕で、これまた流暢な大阪弁で「なにぃ!こらぁっ!殴ってへんやろわれ!ええかげんにしくさらんとほんとにしばきたおすどぅ、こらぁっ!」と、まぁこんな(何かこう・・関西・・大阪・・ど真ん中・・みたいな・・・)感じを・・・?を満喫し、そんなこんなでようやく店に戻ってちょっとした警察の聴取に答え、飲み直し開始でした。

しばらくして彼女も帰り、我々もまた街中へ・・色々あったし、もうそろそろやなぁ、それが7時頃です。それから宮本さんの是非共の誘いで、おっさん三人でカラオケへ・・・性懲りも無くまた何曲か歌ってしまい・・・そこを出たのが8時前・・・駒さんはホテルの方角にさりげなく「それじゃ・・・」と行くし、宮本さんとは、また改札前で「それじゃ・・また・・」と握手して別れました。

僕はおけいはん(京阪電車のこと)でのんびりと出町柳まで・・・京橋・・・「酒飲みが安心して飲める街・・・」何かのキャッチフレーズみたいですけど・・・益々好きになりました。

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