イエス・キリストはみ言葉の預言の成就のため、ご自身がエルサレムに入城される時は、弟子たちに命じ、子ろばを徴用し、その子ろばに乗って入城されました。その時、群集は「救いたまえ、ダビデの子を!エホバの名によって来るのは祝福された者!彼を救いたまえ、上なる高きところにて!」と、叫びつづけました(マタイ21:1~11)。この状況を見たパリサイ人たちは苦々しい思いを抱きました。
次にイエスは、神殿に入られ、そこで商売をしている人たちを、祈りの家・神殿を「強盗の洞くつとしている」と、追い出された場面がマタイの福音書に次のように記されています。イエスはみ父エホバの神聖な神殿で、一種のゆすり行為の商行為を容認することはありませんでした。毅然としたイエスの態度を見倣うことができます。
「それからイエスは神殿の中に入り、神殿で売り買いしていた者たちをみな追い出し、両替屋の台と、はとを売っていた者たちの腰掛を倒された。そしてこう言われた、「「わたし(エホバ神)の家(神殿)は祈りの家と呼ばれるであろう」と書かれているのに、あなた方はそれ(神殿)を強盗の洞くつとしている」。また、神殿の中で、盲人や足なえの人たちがやって来たので、その人たちをお治しになった」(マタイ21:12~14)。
上のマタイの福音書に記されている通り、イエスは神殿の中で不当な両替をしたり、犠牲に捧げるはとを売ったりしている者たちをとがめ、腰掛を倒し、毅然として追い出しています。神殿内で商売をしていた商売人たちは、犠牲に捧げる動物やはとを彼らから買うしかない人々に、法外な値段で売りつけていたので、いわば民を食い物にする強盗です。それでイエスはこのような悪徳商行為を、一種のゆすり、または強盗とみなしておられたことが分かります。イエスが、み父エホバの神聖な神殿・祈りの家を汚す不公正を一切許さない、毅然とした態度を取り、模範を残されました。私たちもイエスの神聖さを毅然と守られた行為に見倣うことができます。
イエスはその後、神殿に来た盲人や足なえの人たちを治し、弱い人たちの必要を顧みておられます。イエスはどのような出来事の後も憐れみ深いみ父エホバのご意志を行なわれました。
ヒヨコ草 小さき花の 可愛さよ 今日の一句
小雨の中、庭で咲いている「ヒヨコ草の花」
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