デュランタの花木は勢いがよく、次々に花を咲かせます。
切り花用に枝を切ってもすぐに花を咲かせます。
花期は7月~9月です。
用途は切り花、鉢植え、庭植えです。
殖やし方はさし木です。
花言葉は「独り善がり」と紹介されています。
今日は白のデュランタとパンフラワーの水仙のアレンジメントを紹介致します。
次々と咲く庭の「デュランタ」
愛好家の展示品・パンフラワーの「水仙のアレンジメント」
デュランタの花木は勢いがよく、次々に花を咲かせます。
切り花用に枝を切ってもすぐに花を咲かせます。
花期は7月~9月です。
用途は切り花、鉢植え、庭植えです。
殖やし方はさし木です。
花言葉は「独り善がり」と紹介されています。
今日は白のデュランタとパンフラワーの水仙のアレンジメントを紹介致します。
次々と咲く庭の「デュランタ」
愛好家の展示品・パンフラワーの「水仙のアレンジメント」
私たち人間は、自分で自分の体を設計し、造り出したのではないことを理解しています。だれでも気が付くと、畏怖の念を抱くまでにくすしく創造され、愛や公正(義)や知恵や力を調和よく発揮できる能力が備わっているいることに驚かれたに違いありません(詩編139:14~16)。しかも、私たちは悪を憎む「良心」が備わっていることも、理解しています(ローマ9:1)。何度もお伝え致しましたが、聖書の創世記には、男性も女性も神の像(かたち)に創造されたことが記されています(創世記1:26,27)。ですから、男性も女性も平等であり、私たちは上記に記した、神エホバの偉大な特質の愛や公正(義)や公正や力を丁度映像を映し出すように反映する能力が備えられ、創造されたのです。しかも、畏怖の念を抱くまでにくすしく創造されているのです(詩編139:14)。この事実を率直に偉大な創造者エホバ神に深く感謝し、喜ばれる方々は幸いな人です(伝道の書12:1)。
では、どのようにして偉大な創造者エホバ神は、無から畏怖の念を抱く、くすしい人体の人間を創造してくださったのでしょうか。聖書の創世記には簡潔に次のように記されています。
「それから、エホバ神は地面の塵(土)から人を形造り、その鼻孔に命の息を吹き入れられた。すると人は生きた魂(命を持つ体)になった」(創世記2:7)。
上の聖句に記されている通り、簡潔に人を塵、つまり土で形造り、鼻孔から命の息を吹き込んでくださり、土から生きた体を持つものとして創造されたことが簡潔な表現で記されています。私たちは、死ぬと土に帰る事実を知っています。それは土を用いて形造られたからです。エホバ神はその時、畏怖の念を抱く、くすしい体の設計プログラムのDNAとRNAを組み込んでくださり、命を維持する息、つまる空気を吹き込んでくださり、生きた体に創造してくださったのです。しかも、エホバ神の持たれる偉大な特質の愛、公正(義)、知恵、力を反映できる能力を備えてくださったのです。
人体の構成元素を調べると、すべて土に含まれている元素だそうです。ただそれだけでは生きた体にはなりませんので、偉大な創造者エホバ神の設計したDNA,RNAが組み込まれ、空気が吹き込まれ呼吸が始まり、体のすべての細胞に酸素が運ばれ、命の維持ができるようにしてくださったのです。特質すべきことは愛や公正や知恵や力の能力を有機物質が備えることは進化論では考えられません。私たちは神エホバの愛情溢れる創造の業の一つによって私たちの命は存在しているのです(啓示4:11)。あなたも、偉大な創造者エホバ神、命の源に深く感謝を表わされる方々のお一人であれば幸いです(詩編36:9)。
天の川 聖書レッスン 帰り道 今日の一句
庭のランタナで休む「川トンボ」
今年の夏は中国四国地方の豪雨被害、大阪の震度6による地震被害と続く台風21号による被害、北海道の震度7の地震被害、と自然災害が頻発しました。苦難、試練に直面した被災者の方々は、最善を尽くし、ご自身の生活の立て直し、復興につくされていらっしゃるに違いありません。そうした中でもなお、長期の避難所生活による、疲れや気苦労から心の余裕を失うようなことも生じるかも知れません。私たち人間には、高齢化に伴う諸問題や能力に限界があり、諸問題に直面し、心の余裕を失うことが生じるのは止むを得ない事です。そのような時に確信や勇気の源となる「心の余裕」を、どうすれば持つことができるでしょうか。聖書の詩編には次のように記されています。
「わたしはあなたのおきて(エホバの教え)の
道を走ります。
あなた(エホバ)がわたしの
心に余裕を持たせて
くださるからです」(詩編119:32)。
上の聖句では、私たちに、苦難、試練があってもなくても、神エホバの律法・教えを調べ、その教えの道に沿った生き方・適用をするなら、神エホバご自身が「心の余裕」を持たせてくださることが記されています。まして、能力の限界のある私たちは、困難、試練に直面しているなら、一層神エホバの教えを調べ、記されている知恵、識別力を求め、最善を尽くして適用しなければなりません(箴言2:1~14;3:13~18)。エホバの教えのみ言葉は、「足の灯」、「通り道の光」となりなります(詩編119:105)。そうすれば、心の余裕、つまり希望が確信となり、やり遂げる勇気となるでしょう。その結果、快い道、平安の道、命の道の祝福が神エホバからもたらされます(箴言3:17,18.イザヤ48:17,18)。
もしも、あなたが諸問題に直面し、「心の余裕」を失っていると感じることがあるなら、み言葉の個人研究を日ごとに行い、黙想し、適用し、事ごとに神エホバに祈願をしてみるのは如何でしょうか(詩編1:2,3.ヤコブ5:16)。神エホバは、「普通を超えた力」を与えてくださり、あなたの道筋をまっすぐにしてくださいますので、「心の余裕」が生じます(コリント第二4:7.箴言3:5,6)。
盆地道 真っ直ぐに伸び いわし雲 今日の一句
9月23日の庭の「山吹」