「闇の子供たち」
2008
阪本順治
かなり高い評判を受けて鑑賞。
正直、それほどでは有りませんでした。
タイにおける幼児買春と臓器売買を追うジャーナリスト(とNPOの人)のドラマ。
重いことこの上なしのテーマです。
ジャーナリスティックな作品かと思いきや、意外と浅くその辺りの追い込み方は周防監督の「それでもボクはやってない」には遠く及ばずです。
原作は未読なのですが、恐らく原作からしてそれほど徹底的な取材を行わずに「タイでは幼児買春と臓器売買がつながっている」という事実だけからの想像で描いているのでは。幼児買春と臓器売買を繋ぐパイプの部分の描き方が結構いい加減だったり、子供を売らざるを得ない親の立場は全く描かれていなかったり、使い物にならなくなった子供はゴミと一緒に捨てるという本当なのか分からないくらい大雑把な描き方です。
意外なほど淡々とコトは運びます。
それと相反する程の幼児への虐待シーンの痛々しさ。間違いなく、この映画のテーマはここだと思っていました。
『下手なジャーナリズムや届かない善意よりも作品として痛々しさを植え付け、オレなりのやり方で少しでも力になってみせる』という気概で臨んだ作品かと思っていましたが、中盤からいきなり登場人物たちのキャラクターが崩れ始めます。
なんだか、サスペンス然とした作りに。
アレレ?と思っていると、なんだか終盤はいきなり完全な劇映画へ。
ちなみに、最も壊れたのは主人公の南部(江口洋介)です。当初のキャラが破綻(展開ではなく)してしまっている。それをやっていいいのはサイコサスペンスだけの禁じ手では。
恐らく坂本監督は「ジャーナリズム」と「一人の人間の持ちうる二面性」という相反するテーマを同時に描こうとしてしまったのでは。
これは非常に危険なことだと思うのです。
社会問題をモチーフとして、本作のように普遍的な人間の原罪らしきものを並列して描いてしまうと、その原罪が正当化されてしまう。
生き物を食べなければ生きていけないという様なことと同義にされてしまってはいけないのです。
ダメなものはダメだと言いきらないといけないと思うのです。
そういう意味で「それでもボクはやってない」は追い込んだ上で(弁護側に偏った視点で)問題を提起しまくった作品ということで評価できます。
本作の場合は最も衝撃的な「幼児回春と臓器売買」を最終的にぼかしてしまっているのが問題です。
本作のラスト15分がそれまでの流れを壊してしまっています。
非常に気になったのが俳優各人が勝手に芝居を完結させている気がします。テーマがテーマだけに中途半端な芝居はできないというのは分かるのですが。
それをまとめ上げてトーンを創り出すことこそが監督の役割だと思うのですが、その求心力のようなものが本作には感じられませんでした。完全なドキュメントであればむしろ演出は不要となるのですが、本作の場合は必要だったのでは。
実力派と言われる役者揃いの割にはちぐはぐです。
本作の構造だと誰にも感情移入できません。
中盤から全ての登場人物が感情を失ったかのようにただ動いているだけ。
初めて宮崎あおいの芝居がダメに見えました。
それ以前に、ラストシーンでの役者の芝居が破綻しまくっています。狙いならわかりにくすぎです。二面性を描くのならもっと表層的なことでは無いと思うのですが。二面性どころかどこにもコアが無い人たちにしか見えません。
本作くらいのレベルの作品が邦画(というか映画として)の最低ラインであるべきだと思うのですが、本作をして「ハイレベルな作品」と言ってしまう評論家がいるのが現状です。
結構ボロクソに書いているのですが、ラスト15分がなければ成立しているし、そこがなければ良い映画なんです。
中盤以降の展開も鑑賞者にこの社会問題を理解させる、考えさせるための仕掛けとして機能しています。
なぜ、あのシークエンスが必要だったのか、理解に苦しむ映画です。
気になる方はご覧下さい。
ちなみに、今のところ鑑賞した全員が口をそろえて同じようなことを言っています。
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