早稲田建築AO入試 空間造形力エキスパートコーチ 高橋順一の日記:合格最短の秘密

早稲田建築AO入試ブログ。国内外有名美大デザイン受験指導32年約1000名累計合格率89.9% 空間造形コーチ高橋順一

手塚治虫さんからの伝言:エピソード

2017-02-08 17:06:55 | 早稲田建築AO受験マスタ−コーチの秘密

人生のエピソード”手塚治虫”氏からの伝言:再考

 

1973年の私が多摩美のグラフィックデザイン科合格が決まり、愛知芸大のデザインに出願し、名古屋の小学時代の友人宅に止まりながら、1次の石膏木炭デッサン(ブルータス)受験の結果を控えた、19才のある日の出来事だった。

 

友人のO君は線画が上手で、当時人気のマンガ家の”永井豪(ハレンチ学園後の、マジンガーZ,デビルマン)”のアシスタントだった。その彼が今日、手塚先生が来るんだけど、おまえも来るかと言われた……それで行かない理由もないし天下の”手塚さ

 

ん”に会えるのかという想いで、彼の友人のアシスタント宅の8畳ほどの和室に行くと、真ん中に大きな台があり、それぞれの座る位置に彼らマンガ家アシスタント達の分厚い手描き作品が、積み重ねてあった。

 

私はその一番末席にすわって、”手塚先生”の到着を待った。そして、そこに本当にアノ天下の”手塚治虫先生”が来られたのだ…..そして、座るやいなや、まったく予想もしない質問がそこにいた、プロのアシスタント達に浴びせられたのだ。それはこういうことだった。はじから君たちの学歴を言ってくれと!.........そこにいた全てのアシスタント達の作品は私が見ても、みんな技術的にはうまいものに見えた。

 

順に中学卒、高校中退、高校卒、そして、私の番が来て ”多摩美のグラフィックデザインが合格し、愛知芸大の入試で1次のデッサンが通過して…” その時、”手塚先生は、なぜ君はマンガ家にならないのか?”と言うではないか、そこで慌ててあれこれと返答したのだが… 絵だけではダメなのだとその時に、何か鋭いものが突きつけられたと感じた。美には「構造的な美」と「詩的想像的な美」があるのを知ったのは、美大に入学しさまざまな美と当時の世界の美術や音楽、芸術のグローバルな動勢の中で発見していったが、この時の手塚治虫という巨人が教えてくれた事はいつまでも心にのこっている。

 

しかし、手塚先生はテクニックの話はまったくせず、これからの日本はとても複雑になっていく。子供達の世界観もまたとても窮屈になる。そこで、それを超えて大きな”夢”を直接与えるのはマンガやアニメーション映画(当時はデイズニー)の世界だと…。

 

だから、ただうまい絵や技術を描くだけではダメで、さまざまな世界や専門分野の知識をマンガ家みずから学ばねばならない。たぶん、分業ではなく自分自身が知らねば行けないと言うことだと、その時の若い自分は受け止めた。

 

そのあとで、医者のブラックジャックの話があり、自分は大阪大学の医学部の医学博士号を取得したが、同期でマンガ家は自分だけだとも話された。

その訳は聞いたら、敗戦後の日本でちいさな子供達に”夢を与えたい”と、医者になるのも同じような夢を持っていたけど、自分は子供に希望を与えたいと思い、

マンガ家の道を選んだと話された……。

 

その言葉は、それからデザイン科を卒業し、上場一部デパートでデザイナーを4年弱でドロップアウト(今で言うスピンアウト)し、Design事務所を起業し身体を壊し、最初のちいさい絵画塾を開き、それから美大受験生を指導するという、狭き視点ではなく自分のフレームを広げる事の、大切さを未来に羽ばたく若い人達に伝え生かせる事になるとは、その時は想像もできなかったことでした…….

 

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