新渡戸稲造記念 さっぽろがん哲学外来

さっぽろがん哲学外来の活動予定や活動の様子などを
皆さんにお伝えします。皆さんの参加をお待ちしています。

記事の更新について(お知らせ)

2013年09月02日 | お知らせ
さっぽろがん哲学外来ブログをご覧頂きありがとうございます。
おかげさまで訪問者も徐々に増えてきております。

記事の更新タイミングですが、原則として週2回(火曜日と木曜日)を目処に行いたいと考えております。なお、事情により該当日の翌日更新や中止もあり得ますが、ご寛容のほど、よろしくお願いいたします。(J)

掲載記事へのコメントなどです

2013年09月02日 | 外来待合室
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札幌の丸山先生のお話は、「新・丸山ワクチン」としても使えるかも知れないと思います。

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8・24にご参加くださった方々へお礼も含めて当日の舞台裏というのか、事務局メンバーについてのご紹介を「今の時代なら通用しない元・小学校教諭」からさせてもらいます。

昨日、拙宅の別の探し物をしていたところ、『文藝春秋』創刊1000号記念・四月特別号が出てきました。

約20年前のものです。文字通り古雑誌の匂いとセピアがかった色調です。

その中に最近、興味をもっているT氏の人物評がありましたので初めて!読みました(20年前は読んでいなかったと思います)。するとその人物の前に西山弥太郎(1893~1966)と言うヒトが紹介されていました。

昭和25年に川崎製鉄の社長になった方です。千葉製鉄所建設もされた方です。昭和28年に千葉製鉄所の第一号炉に火が入ったのは史実ですが、周囲の反対を押し切ったトップの残した言葉が「ひとりで夢を独占したくない。みんなで夢を分け合って苦労し合うところに完成の喜びが倍増する」だそうです。

T氏の後には、諏訪根自子(1920~)が紹介されていました。この雑誌の発行時には、「伝説の人・諏訪根自子は、いま東京・杉並で学者夫人として静かな余生を送っている。」と紹介されていました。

これを報告したいと思ったのは、事務局メンバーの中里さんが、川鉄出身だったと記憶しているからですが、社会人となった最初の仕事で身につけた習性は熟成を重ねて芳醇な香りを漂わせながら生きていると感じているからです。

「ひと花プロジェクト」代表の佐藤さんも滋味タップリのお話がいつでも話せる方です。三塚印刷の平野さんも、同様です。

そうすると、元教諭だけが、事務局にヘンに混ざっているのですが、まあ、そこは寛容な方々にお許しいただけましたら幸いです。

ということで投稿(独り言)の真似事でした。(大沼 記)

*芳醇な香りとは過分に過ぎるお言葉。実際の中里は、そろそろオレも加齢臭が気になるなあ、と思っているありきたりのおっさんです。(中里 補記)

がん哲学外来について

患者さんが抱える悩みは病人としての悩みではない。人間としての悩みです。 がんという大病を得たとき、それを背負って人間としてどう生きるかという深い悩みです。それは「心のケア」というレベルではなく、自分という存在そのものを問う領域なのだと思います。ですから、「がん哲学外来」では、来られた方を「病人」の側面だけではなく、ひとりの人間としての悩みに焦点を合わせます。同じ人間として、対等の目線に立って、人間を学ぶ「人間学の場」でありたいと考えるのです …(提唱者であり当会の顧問である順天堂大教授・樋野興夫先生の著書より)

札幌の「がん哲学外来」(開設趣旨)

私達は樋野興夫先生の志に賛同し、車座になって意見交換をする運営をめざします。講演会スタイルではありません。参加者全員が同じ立場、同じ目線で耳を傾け、縁のあった方々に寄り添うことを願っています。