曲がり角で 迷いながら

自分も家族も人生の曲がり角に。戸惑いの中の日々を迷いうろついています。

振り返って

2013年11月29日 | 冠婚葬祭

Gオさんの突然の死。

入院の準備のはずが、死出の旅への準備になりました。

入院と、手術にまつまる膨大な書類の説明と確認書。

膨大な数の書類に記入に確認とサイン。

それが終わって、やっとGオさんにあえましたが、その後急変しで手術を待つ間もなく亡くなってしまいました。

臨終に立ち会った私たちは一度待機所に。ところが、前後して複数亡くなった方があり、緊急のフロアは人で一杯。

そのうちに看護師さんが、病院を出る時の上に着せるものと、下に敷く大きなバスタオル。そして、紙おむつを買ってきて下さいとのこと。売店でもいいし、この救急外来の建物の地下にも「自販機」があり、そこでも手に入るからとの事で、とりあえず、地下に降りてみました。

地下は倉庫のようになっていて、自販機があるようには見えなかったので、通りかかった職員の方に聞いてみたら、「そこを左に曲ったところに自販機がありますよ。」そして、笑いながら、「奥の自販機は、なあんでも売っているから。」と答えてくれました。

「奥」の自販機に行ったら、18度に設定された大きな自販機があり、なんと!死出の旅セットと言うのか、亡くなった人に着せるもの一式。

浴衣男女→バスタオル→紙おむつ→

そして、なんと同じ並びになぜか、パン!

はっきり言って紙おむつの横にパン!確か山形の食パン?だったかな?

う~~、もちろん、緊急の入院のひと用で、必要なものですが、今回自分たちは旅路ですからねえ(;一_一)

しかもなんで、18度?8度だったかも、とにかく保冷になっている訳ですよ。

なぜ、浴衣が保冷?なぜ、横に食べ物?仕切りはなかったような気がする。大きなボックスで前は全面ガラス。棚はあるけれど、仕切りがないのにですよ、食べ物と一緒(;一_一)ムムムム。

冷蔵された浴衣(冷やすには訳があるのかねえ。なんて思っちゃうじゃないですか!)なんぞ着たくないし、着せたくないし、その横のパンも買う気が失せますわねえ。

まあ、そこで買ってもよかったんですが、もう売店が開く時間になったので、そっちに回って買いましたが、ちゃんと、シーツと同じ大きさの大判のバスタオル(自販機のは少し大きめのもの)も売っていて、なければ困りますが、この用意周到さに、ちょいっとひきながら、言われたものを買い、そうだ!みんな朝食抜きだと、とりあえずおにぎりと飲み物をゲット。おばあちゃんはペットボトルでは飲めないので、紙コップも買って、戻りました。

しかしなあ。

なんか、あの、地下の暗い所にある自販機…。

なんとも言えない感じがしました。

救急医療って、そういうものなんだなと、少し前まで元気だったGオさんだけに、複雑な気持ちになりました。

 

ココログに日を遡って、花のカテゴリーで記事を書きました。

こちら と こちら  そして、こちらにも

いづれも Gオさんの亡くなる前に撮りだめたもので、

日付も変更してアップしてあります。

なかなか、今のものに追いつくにはしばらく掛かりますが、

おいおい、記事にしていきたいと思います。

 

Bこさん情報、実家母Yこさん情報も盛りだくさんで、

幸か不幸か記事には事欠かないのですが、なかなか時間が取れず、皆さんのところに訪問が出来ませんが、ぼちぼちやっていきますので、よろしくお願いいたします

 

 


遡って

2013年11月27日 | 

このところの、忙しさで、カメラに画像が入ったままになっています。

その前に記事を書こうと用意した物があったので、ココログに遡ってアップしました。

→ こちら と こちら

Gオさんの葬儀に関してはいろいろあり(いい事もそうでない事も)

記録には残したいのですが、なにしろ、個人情報満載だし

今のこの時代、どこでどう流れてしまうかわからないし、

さしさわりのない事だけの公開とさせていただきます。

例えば、祀り事の、知らなかったなあなんて事、知っておいた方がいいことなんかは、アップしていきますので、

何かの時の参考になれば、と思います。

 

知れて良かった情報その①

  A、なぜ数え年か。

  Q、その人が生を受けたのは、母親の胎内に宿った時と考え、実際の年に1年加えたのが本当の年齢である。


Gオさんとの、突然の別れ

2013年11月26日 | 冠婚葬祭

愛すべきおじいちゃんであった、オット父のGオさん。

もしかしたら、メタボの夫のとどちゃんよりも、長生きではないかと思っていました。

きっと90はおろか百近く、もしかして百歳を超える長寿のおじいちゃんになるのではないかと、確信していました。

つい最近になって、Bこさんの、衰えを見て、「これ以上(Bこさんが)大変になったらどうするか?」とか、「いずれは(動けなくなったら)施設に入りたいけど、どうしたらいい?」なんてケアマネに相談したりしていました。

少しだけ、「先が短いかも」って思った事もあるようです。前提は長く生きるの為にどうするかがあるのですが。

そんなことを言ったら申し訳ないですが、筋肉の衰えがひどく、背中が大きく曲がってきたBこさんの方が、もしかしたらがあるかもと心配でした。

ところが、Gオさん、いろいろカレンダーに予定を書きながら、突然逝ってしまいました。

夜中の1時半ごろ、物音に気が付いて目が覚め、Gオさんが呼んでいるのに気が付きました。

それからの事は、未だに夢のようです。夢ではなくて、悪夢ですよね。

でも、夢ではなくて現実だと言う事が、ひしひしと押し寄せてきます。

Gオさんが心配していた、Bこさんは、少なくとも表立っては、平常でいます。

相変わらず、「わたしにゃあわからないから、あんたっちやってよ。」ではありますが、頼むから、○○探してよ、ってのは、ありますが、逆にやりやすいって言えばやりやすいです。

まあ、時々、ズコってこともありますが、もっと、取り乱したりして困るかと案じていましたが、なんていうか、現実と思えないのか、認知機能が落ちてしまっているのか…、もっともGオさんが1月に緊急入院した時も、どうもわかっていないところがありましたが、今回も同じような感じで、「おじいちゃんがいないから、わからない」と繰り返すばかりで、例えば印鑑とか、書類とか、現金も置いてあるはずなんですが、「わからない」と言うばかり。

我が家にはまだ、仏さんがないので、仏壇もお墓もないので、49日までの間にいろいろやらないといけないのですが、勝手にもできないので、その都度聞いて確認するのですが、判断が出来ず、結局「いいよ、そっちでやって」

いいんですが…、あなたの夫でしょ?って思うんですがねえ。

お願いだから、自分の印鑑と通帳は探してくれ、って思うんですがねえ。年金ももらえないよ、なんてことも全くわかっちゃおりませんです。

先週はなんとか夫婦で休みをとりましたが、今週は、ぼちぼちとというか、役所関係は今週中にいろいろ手続きが必要なんですが、あの~~、おじいちゃんの服を片付けるよりも、先に様々な手続きに必要なものと、先立つものをさあ(;一_一)

ええ、お寺さんにいくらおさめたんだ?と聞かれたので、ウン十ン万と答えたら、何度か聞き直して、あげく、一万八千円?つわれたときには、大げさではなく、全員でコケましたぜ。何をどうしたら、18000円になるんでしょ?だって、1も8も入ってないし…(;一_一)第一単位が違うでしょうがああ~~。

あのさあ、Gオさん、いざという時に使うお金をBこさんに預けてあるつってたんですけど、なあああんもでてきやせん。

まあ、あてにもしてないですけど…。

あと、葬儀のお金と、仏壇とお墓…。

Bこさん曰く、「だって、ご祝儀(ちゃうだろ!)が沢山入ったから大丈夫でしょ?」

やっぱり、わかってないのかな?

まあ、お線香をあげてはいるから、わかってはいるんだよね。今まで、冠婚葬祭、親戚づきあい、家計の事もGオさんがやってたからね。

前にも書いた事があると思うんだけど、Bこさん、一度も銀行に行った事がありませんからね。カードも触った事もありませんから。

よって、○○詐欺、引っ掛かりたくても引っかかれませんからね。

そういう意味では安心ですが(安心か?)さっきも、喪中のハガキを至急頼まないとだよというのが、ちっともわからず、結局、オットの名前で出す事になりまして。名前だけでもBことしたら?あて名書きはやるからと言っても、「わたしにゃあわかんないだよ」とくし返すだけなので、あきらめました~~。

ま!Bこさんがあんまり頑張っても、逆にメンドクサイわな。って思うしかありませんね。

 

が!がが!

月末になって、様々な料金の支払いも直接支払うので、手元が怪しく、非常に怪しく、いや、はっきりいうと寂しいなんてもんじゃあありませんよ。

真面目な話、Bこさんの持っている現金を出してくれないと、非常~~に、厳しいが…。大丈夫だろうかあ??

計算をしたくないよしこでございます~~。


葬儀は無事終了

2013年11月24日 | 高齢者

お陰さまで昨日葬儀は無事終了しました。

Gオさんの、人に好かれる性格もあり、89歳の高齢者としてはにぎやかなお葬式になりました。

お通夜の日には家族だけでのお別れの時間も持てて、また、Gオさんの趣味のものや若い時の写真も掘り出し、それを皆さんに見ていただく事も出来、最後の最後に我がオットトドのとどたる落ちもつきましたが、よい送り出しが出来たのではと思います。

Bこさんは、しっかりしているようなしていないような、時々のオオボケがありますが、喪主とは、名ばかりの頼りなさと、でも、取り乱したり、困るような事を言う訳でもなく、すべてこちらに丸投げのおっとりした喪主でございました。らしいといえばらしいですが…。

そんな、Bこさんは、ある意味哀れを誘い、今までは少し冷たい目で見たいたところのある私ですが、思いがけず、Bこさんに対して優しい気持ちで接していられます。

とはいえ、誰の弔問があっても、Bこさんひとりでは対応できず、ひとりでどこかに行く事も出来ないので、周りからみれば、これから大変ですね(Bこさんのお世話が)ということになりますが、むしろ、うまく言えないのですが、こちらの気持ちの持ちようなのか、思ったほどではないのです。以前にはいちいち説明するのが面倒だなと思っていたんですが、不思議な事に一つも面倒と思わないのです。

でも、まだまだこれから大変な日々が続きます。

両方のブログにコメントをいただきながらお返事もできないままになっていますが、だんだん、平常の日常になって行けると思います。

落ち着きましたら、また、皆さまのところにも訪問したいと思っています。今しばらくご容赦くださいm(__)m

 

まずは、ご報告まで。


長い一日 Gオさん、旅立つ…

2013年11月19日 | 高齢者

1月のCOPDの増悪と慢性気管支喘息の悪化の危機は脱し、最近では、ゴルフに行ってしまうほど、元気になったように見えた、Gオさん。

昨日朝、旅立ちました。

88歳 大往生と言えるでしょう。

誰にも好かれて明るい元気なおじいちゃんでした。

病名は急性大動脈剥離→破裂。

早朝でみんな家にいる時間。東京にいる義弟(Gオさんから見ると次男)も孫も、ひ孫も駆けつけるのを待って、最後にひ孫に対面した直後、脱力。

それまで、駆けつける人の声を聞くたび反応していたのに、最後ひ孫を連れて駆けつけた、Gオさんから見たら初孫である、私の娘が声を掛けたら、それを待っていたように静かに天国へ旅立ちました。

夜中の1時半にGオさんの異変に気づいてから、長い長い一日がやっと終わり、Gオさんの座る椅子のクッションにGオさんの背中が見え、スリッパにGオさんの足跡。あちこちにまだGオさんの姿が見えて、きっとこれは長い夢なんだと思ったり。

夢だったらいいのにね。

まだ、みんなが駆けつける前、苦しがり暴れてしまうGオさんの手を握ったら、手が冷たくて、両手で温めていたら、Gオさん、「温かいなあ。温かいよ。」と言った言葉が最後になりました。

温かいのはGオさんの心です。

いつも、笑顔のGオさんの顔は、まだまだ家の中のあちこちに見えています。

おじいちゃん。ありがとう。


二人のばあちゃん=Bこさんと、Yこさん

2013年11月17日 | 高齢者

1週間ぶりに実家母Yこさんのところに行ってきました。

やはり、日曜日の方がリハビリもないので、本人もゆったりしているし、面会に行くにはいいかな。今朝、出張の美容院に掛かったので、綺麗になって、若々しくなってました。

同室の人曰く、「アイドルの座を奪われた」そうで、ちと、はてななところは、あるものの、まあまあ、元気にしていて、ほっとしました。足の方は、ちょっと触っただけでも痛がりますけど、相変わらず「明日にも歩ける」つうてます。

外泊許可がでなかったのにね(;一_一)

まあ、元気なのはいいです。

そして、姑の方の母親Yこさん。むしろ、こっちの方が歩行が怪しい。

昨日は、思いがけないところで、転びかけました。

ええ、ゴミ箱に(部屋の中に置く小さい奴ですよ)ちり紙を入れようとして、ポンと紙を投げた拍子に(投げたって言ってもゴミ箱のすぐ前ですよ。落とすんではなくてぽんってしたんですが)バランスを崩して危うく転ぶところでした。\(◎o◎)/!もうちょっとで、頭をすぐ横のテーブルの角にぶつけるところでした(;一_一)

この間は、掘りごたつの中に入って、抜けなくなり、2人で引き上げたり思いがけないところで、補助が必要になってきました。

Yこさんのお見舞いにBこさんが行ってくれるとかくれないとか、もめもめしてますけど、その揉めるもとは結局付き添いが必要だからなんですよね。混んでいると遠い駐車場でないと止められないんですけど、なにせ、山の方の病院なので、歩くのが大変な細い坂道を上がらないといけないし、病院の前につけて、とりあえずロビーに連れて行かないといけないし、こっちも時間が開いている時でないと、連れて行けないのだけれど…。

で、実家母Yこさんが、診察の為に山から下りてくる時に、一緒にお昼でもと企画したんですけど、さてさて、Yこさんもだけど、Bこさんにもきてもらうつうと、う~~んと、Yこさんを置いてBこさんの送迎をしなくてはか?

Yこさんは介護タクシーでの送迎にしたんだけど、Bこさんのはどうするか?わたいは、Yこさんに付き添っているからねえ。でも、Bこさんにはひとりで来いとは、言いにくいのよねえ。でも、私はBこさんの診察が終わり次第、仕事に行きたいんだよね~~。

う~~。めんど!

ココログに 花沢の里④をアップしました。

→ こちら


忙しい日々?

2013年11月16日 | 日記

こちらの方は、ちょっと、間が開いてしまいました

NPO法人の方の仕事は、メンバーがまた一人活動停止状態で、もう誰をどこに入れたんだか自分が入ったんだか訳わからなくなってまして、それにともない、細かいトラブルはもちろんあり、小さな事でもたび重なるとかなりの負担。

それでも、大きく山は越えたかな、と言う感じです。

でもねえ、やっぱり、疲れてしまい、Bこさんの居眠り、笑っている場合じゃありません。私もオナジクの状態です。以前はこんなの平気だったのに、一昨日なんで、予定よりも早く終われたにもかかわらず。疲れが半端なく、ついつい、横になったら、夕飯の支度が大変になり結局自分の首しめました(Q )) ><ヨヨ

てなわけて、一応整理して写真をアップするので精いっぱい。

 ココログにアップした、花沢の里の記事②

→ こちら

書きたい事は一杯あるんですけど、とにかく眠い❣パソ開くと、眼は閉じます。

よって、文字入力なんぞできやせん~~。

年寄りネタもモリモリ。マゴネタもしたり。

あ!マゴ2人、七五三無事お祝い出来ました

いろいろあったのですが、今回七五三のお祝いで、初めてムコさんの方も参加してのお祝いとなり、娘も結婚して6年 母となって5年。それなりに気遣いも出来、ヨメとしても、母としても(妻としては不明だが)ぐんと成長してくれたのが、マゴ達の成長と共にうれしい事でした。

マゴ達も、私になついてくれて、思いきり体当たりで遊んでくれる(どっちが?)のはいいのですが、ママがいない日に預かるのは、やはり男の子2人は、てえへんだす~~。戦隊もののヒーローなりきり、座布団を武器の代わりに本気でブン投げる(いやあ、これがまた飛ぶんですな!)は、あちこち飛び移るはの、相手は、う~~~、来年はもう出来ないであろうなあ。

今日もあれ、なんでこんなところが筋肉痛?って思ったら、マゴに鍛えられてましたな!

いわゆる、孫は来て良し帰って良し ってやつですかな。

 

6の付く日はむし倶楽部の日です。

ココログに むし倶楽部 アップしました

→ こちら


続けての電話

2013年11月13日 | 仕事編

前日に引き続き、なぜか、同じ時間に何件もの電話。

1件はパート先の医院から。

「○○(公共機関)から電話があったから、よしこさん、電話してください。」

「は?」

「書類の事っていうから、よしこさん、電話してください。」

内心、そっちで用件を聞いてくれればいいのにと思いながら、一応電話。

う~~ん、自宅では対応出来やせ~~ん。なんで、うちに電話してくるかなって電話でした。

どうも、公共機関への書類の提出って煩雑なので、受付事務の彼女は自分でやろうとしません。これって、私個人が対応することなのっていつも思うんだけど。これも、公私混同?つうのかねえ。

それ以外にもNPO法人で行く施設からも3件立てづつけに、え?なんで私?って電話が。もうめんどくさいから対応しときましたけど、う~~む、こっちでも、私は苦情処理係か?

という、公私にわたって、めんどくさい事の多い昨今ではありますが、とき~~どき、寄り道をします。

その一つ、焼津市にある、花沢の里を訪ねてきた時の写真を

ココログにアップしました。

→  こちら

おばあちゃんちを思い出す、昔ながらの里です。

 


間違えられると不愉快だねえ

2013年11月12日 | NPO法人の活動

う~~ん。人の過ちが自分がやったと勘違いされました。

それも同じ日2件も。全く別の事だったのですが、1件は夕方の忙しい時。そして、もう1件は夜久しぶりに歩きにいき(夕方の件があって、憂さ晴らしにあるいたのさ~~)帰ってからメールを見ると、え?って事が。

結局、こうこうだったよと、それぞれ説明し、どこそこに確認して。誰誰に確認してと言う事で、一旦終息。

朝になって、やはり、向こうの勘違いだった事が確認できましたが…。

う~~。

気分が悪いっす。

まあ、自分も勘違いはあるからさ~~。人の事は言えないからね~~。でも、やだねえ。

気分直しに、かわいいウラナミシジミでも、見てますかねえ。

ココログに ウラナミシジミ⑥をアップしました。

→  こちら 

もうそろそろ、ウラナミちゃんも、冬支度かな?