曲がり角で 迷いながら

自分も家族も人生の曲がり角に。戸惑いの中の日々を迷いうろついています。実家母要介護2夫母要支援2にダウン。

更年期と手の変形

2019年06月17日 | 高齢者

 

 

いわゆる更年期と手の変形は関係があるようです。

実際私も(現在60代)40代半ばより、一般的に言われる更年期障害らしき症状はあまり感じなかったのですが、関節炎があちこちに起きる、特に手指、手首の関節炎と、手指の変形には悩まされました。

手指の変形は私の場合、下の図の②、③、④、⑤、⑥でして、60代に入った2,3年は、変形は兎も角痛みは40代、50代のときの事を思うとかなり治まっています。

 

 

 

こちらが現在の私の右手のレントゲン写真です。

 

 

この状態は3年前の写真とほとんど同じでした。

ただ、あまり変形のなかった左手は少しずつ変形が進みつつあります。以前のように一晩でぶおっと腫れてしまうと言うことはなく、関節のところにぷくっと水泡の袋のようなものが時々現れると言う状態。

今は一番先端に近い関節と2番目の関節に白く光るものがあり、関節の隙間が亡くなってきている状態。いずれは一番下の指の付け根の部分に痛みが出てくるそうですが、それを防ぐという手立てはないそうです。

ただ、動きは悪くてもなんとかかんとか完全でなくても、にぎにぎできれば、物によっては出来ることもあるので、あきらめずに手を動かす努力をすると、出来ることも少しずつ増えてくると思います。

実際、ここ半年ぐらいで 指と頭のリハビリにその1 その2をやっているうちに(満足に弾けなくても)じりじりとカメの動きですが、動きが向上すると思います。

 

更年期と手の症状との事が掛かれている記事は

『更年期の友』手のこわばりは更年期が原因かも!   更年期ラボ手のしびれ・変形

日経電子版 指の変形、原因はホルモンバランス   他にもいろいろありますので、検索してみてください。


ただですねえ、「直る」「直す」と言うのは難しいらしいです。いずれは3番目の関節までレントゲンで見ると白くなって来るそうです。今現在私の出来る手段としては、お風呂に入った際に、指の曲げ伸ばしをじっくり行うのが良いようです。ピアノもゆっくり指をコントロールしながら弾いているうちに徐々に動きやすくなってきます。今まで開けにくかったペットボトルのキャップなども以前に比べるとかなり出来るようになってきました。ただ、痛みがある時は焦って無理して動かそうとしないほうがいいです。

それから、リュウマチなどの病気の事もあるので、自己診断せず、一度は整形外科に相談したほうがいいですよ。リュウマチも早期ならよく効く薬も出てきていますから、根気よく治療してくださいね。

ただ、手の変形関節症になる人は他の更年期障害は軽いようです。実際、私もいわゆる更年期障害と言うのは感じずに済んでします。どちらにしても、普通時期が来れば治まって来るのがほとんどなので、手が動かないといろいろ不便なんですけど、はっきり言って落ち込むこともあるのですが、うまく付き合っていきましょう。

あと、私、顔に湿疹ができるという症状もありました。

これも、更年期うつの症状のひとつで、「人に会いたくない。外出したくない。」という気持ちの表れなので、会いたくない、出たくないと思ったら無理に出なくてよい。調子が悪いので休みますと言って、休みましょう。という新聞記事を見たら、私は直ってしまいました。

他の症状の時も、体が休めと言っているのですから、どんどん休みましょうね。

という訳で、最近は全く無理をしないよしこがお送りしました~~。(@^^)/~~~


 


  

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いわゆる老化…と言ってしまえばそれまでなんですが。byBこさん

2019年06月13日 | 高齢者

オット母Bこさん92才。絶賛老化中。なんていうとバカにしているように感じてしまいますが、それ以外言いようがない…という悲しい現実。

体の曲がりがひどい。と何年言っているのか…。今まではBこさんは、「年だから背が縮んだんだ。」とか「このほうが楽だからわざとそうしているんだ。」なんぞ言っていましたが、最近では「背中が曲がってきたもんで」というようになりました。一番はスクリューのように捻じれている背骨が原因だと思いますが、よくこんなに曲がってしまうものだと思わずまじまじと見てしまうほどの様子(実際どこかへ連れて行くとBこさんには申し訳ないが、正直に言うとろくろ首が歩いているような感じなので、好奇の目と言うか憐憫の目と言うかが刺さるほど…)本人も大変だけど、家族も大変よね~~のような目線がねえ…。

実際家の中でも、廊下を歩いていて部屋のスライドドアを開けようとすると、がらっと開いてそこから右向きに捻じれた首だけがにゅっと表れて、思わず声が出てしまうと言う現実が。ほんと、夜なんかは、現実的に怖い。

更に、夕飯を食べ終わるとしばし食卓で右に倒れそうになりながら寝てしまい、あ~~と思っていると、にゅっと起き上がると言う怪奇現象。そこしばし過ぎると、部屋に戻るのですが、はっきりした声でだれかと会話をしている声が聞こえるので、電話?している?と思うと、寝言なんです。いや~~これ、ほんとに怖いですよ。普段よりもはっきり話しているような、いつもよりも声が出ているぐらいの寝言なんです。

で!先日恒例の掛かりつけ医での診察がありました。

ここのところ毎回「胃液が逆流してくるのが」と言うのが主訴で(他にもあるけれど)胃薬をいろいろ調整してもらうものの変わらないというので、先月新薬に変えてもらったのを、今までのものに戻すことに。

すると、Bこさん「胃カメラはしなくてもいいか?」と言い出し、先生も「しばらくやっていないのでご希望ならやりましょうか?」なんて言うんですよ。前回Bこさんが左向きに寝れないとかげっぷを出さないようにというのが出来なくて胃の中が見れず、入り口だけカメラに写したなんてあったので、そのことを言うと、先生もその時の写真を見ながら、

「そうだね、前回中が見れてなかったんだよね。今度は立ったままやりましょうか?それでよければやりますか?」ということになり、本人もやりたいと言うので(デイでだれだれさんがやった、どこそこ先生はやってくれるのに、この先生はやってくれないから病院を変わったほうがいいんじゃないか?などグダグダ言っているので)即!日を決めてしまいました。もちろん、私の都合で!

胃カメラの説明があり、同意書に「印」(何かあった時の為にシャチハタでない印鑑を携帯している。もうね介護3人目ともなればこっちもその辺は心得たもので、以前シャチハタしか持っていなくてわざわざ買いに走ったことあり)して、バイアスピリンを1週間前からやめる事、前日の夕方6時前に食事を済ませ、当日朝は薬も飲まずに朝8時までに来るように、と言われたあたりからB子さん引き気味に。

というのはわたくしめ、無視してですね、本人に同意書にサインさせましたですハイ!

ど~せ、嫌なら、「やっぱ、やめとく」とか言うんですから、とりあえず予約をとっておけばよいわけで、ずっと、なんで胃カメラをやらないんだって騒いでいるんですから、「予約」をとって、自分で断るんならわたしのせいでも、先生のせいではありませんからね~~。

骨密度検査の結果も出ましたけど、当然のように前回よりも下がっています。

こちらも、治療はずっとしているので、もうね、どうしようもなく。

若年成人の平均値の54%、同年代の95%

下がっている一番の原因は日に当たらないかではないかと思うのですが、その辺を散歩するなんて恥ずかしいことは出来ない人ですし~。食事もあ~だこ~だ言って、カルシウムを補うようなメニューで出しても全く手を付けず、お菓子を食らうと言うお方ですし~~。そこをバトルして食べさせても、つうか自分が嫌なら食べさせるのは無理なので、先日も「わたしゃ、こういうもんはどうも…嫌いだだよ。食べえないだよ。なんか無い?」と言うので、「食べてみて嫌なら残して。」と言ったら、全く手を付けない。の~で~、他のものは出さずに知らん顔しときました。そこで、何か出すと(いや、いろいろ出ているし。残り物だと思って食べないだけで。そいつああ常備食ってやつでっせ、お嬢さん)図に乗るので、こっちも「不惑、不感」

Bこさんは言ってみれば「愚行権」ですからね、権利ですから、いいんですよ。もうさ、92年生きているんだから今更嫌いなものを食べろとは言いませんが、こっちのいろいろ都合ってものもあるんでね(経済的な面でもね。)すんませんね。私も「愚行権」行使と行きますよ。

先日オット父Gオさんの記事を読み返していたら、Gオさんにはこんなことは思わなかったんですよねえ。まあかわいいじいちゃんでしたから。Bこさんは…ね…、……ですから。すんません~~!

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指と頭のリハビリに その2 

2019年06月05日 | 高齢者

残念ながら自分自身の事でカテゴリー「高齢者」です。子どものころからピアノは結構本格的に習っていたとはいえ、手指の関節炎はなかなかなもので、なにしろ右手の中指の第2関節はあまり曲げることが出来ず、人差し指の第1関節は右にかなり曲がっています。親指以外の指の第1関節はへバーデン結節の結節、更に第2関節にも結節が絶賛造成中であります。更に親指と手首も時々ずきっというかぐきっというか動かした拍子に痛みがはしります。

右手の親指、人差し指中指手首が痛いとなると、包丁持てない握れない、引き出し開けれない、お箸を持ってもポロリ状態になります。

ただ、ピアノと弾く時は、指を曲げたままで指を動かし、飛んでいる音は指を曲げたままその鍵盤まで手の位置を移動すれば弾けるわけです。指の上下の動きは出来ますので。

1月ごろからぼつぼつリハビリの練習を始めて、3月初めに白内障の手術。術後は良く見えるようになったので、譜読みが早くなりました。

音が読めれば弾けるのです。改めて譜読みが大切とわかりました。

白内障の入院手術直前にスマホが突然こと切れ、もう5年以上経っているので、修理よりも新しいスマホにと勧められ、アイパットもおまけについてきた。今まで見えなかった画面が良く見えるようになりしかも画面が大きく持ち運びできるので、電子ピアノの横に置き、練習の合間にピアノのレッスン動画や、弾きたい曲の演奏動画を探していた時に「フォルテ」君というピアノを弾くユーチューバーに出会いました。

4月から動画をあげ始めてすぐに1万の登録者(現在3万人かな)。レッスン動画はライブで1300人が視聴するという人気ぶりで、なかなか楽しい人なので、私も毎日視聴するようになりました。フォルテ君の楽しい動画を見ていると、私も弾きたいって気持ちになります。

フォルテ君、初期の動画です。→ マッチョが突然引き出すストーリトピアノ    これ以外にも楽しい動画が一杯。

   最近のまじめな動画 ラ・カンパネラの演奏  この前に練習動画をあげています。

   私が挑戦しようと言う気になったレッスン動画

          レッスン動画(幻想即興曲の10時間目)

  指が動かないからとあきらめていたショパンをもう一度弾きたい、そして以前練習して弾けないままになっている曲に挑戦してみようと言う気になりました。

ショパンはとにかく譜読みが難しい。

 

はっきり言って、はじめのうちはレッスン動画(幻想即興曲の10時間目)を見ていても譜面の一体何所を弾いているのかわからなかった。

幻想即興曲の譜面はこんな感じ

右手8音のところに左手6音を合わせると言う(^_^;)簡単に言うと右手4拍子、左手3拍子って事ですわ。それの細かい版と思って頂ければ。

更に

もともと♯が4つの上に臨時記号が((+_+))ドのダブルシャープ(Xみたいなやつね)は「レ」の音だし、「ミ」の♯それは「ファ」、シの♯は「ド」の音を弾くと言う、アハアハ状態ですわ。

完璧頭の体操でしょ?

でもね、フォルテ君の動画を見るとすごく弾きたくなるんですよ。

はじめはもうね、全然音がつかめなかったんですけど、何とかなるもんですね~~。

まだ音は外していまうところがありますけど、何とかものになりましたよ。

ラカンパネラに、80過ぎのおばあちゃまが挑戦している練習動画もあって、これも刺激になりました。

和音がたくさんあるのは弾けないですけど、流れているやつは何とか弾けるようになるなと、今練習というか挑戦が楽しいです。

この後、もしかしたら、私も指がって方が見たいかもしれないので、現在の指の写真を載せます。

自分の指ですけど、見たくないって感じですけどね、正直アップに堪えない状態なので、見たくない方はこの先は見ないでくださいね。

左手→右手の順番で出てきます。右手の方が状態が悪いほうです。

 

 

 

 

親指を伸ばして握った時

親指を中に入れて握った時

右手でコインは握るとすり抜けてしまいます。それでも、右手の中指はこれでも曲がるようになったのです。以前は真っすぐ伸びたままでした。何年か整形外科にリハビリに通い、自分でも指を反対のの指で(自分では動かせないので)曲げ伸ばしを頑張ってやって、ここまで曲がるようになりました。

ピアノを弾いて痛くならないかですが、弾いているときは傷みません。けれども、普段は指が固まってしまっているので、時々指を握ったり伸ばしたりをしてほぐします。自力では動かないところも指先を反対側の指でつまんで曲げ伸ばしすると動きますから、充分指の曲げ伸ばしをすると他の動作をする時にも役立つと思います。

素早く何かを追いかけながら見るというのも、眼にも脳にもいいそうです。

手芸なんかも良いかなと思ったんですけど、針が持てないのでストレスになってしまいました。

手芸が楽しいと言う方は、何か編み物とか(指が動かせなくてもという道具も買っては来たんですけど、今までやってないものを不自由な手で行うのはハードルが高くそのままになっています)お好きなものをやってみるといいと思いますよ。楽しいっていうのがポイントですよね。リハビリってやっぱり大変ですから。いつの間にかリハビリになっていたっていうのがいいんじゃないですかね~。

譜面だけあって弾いてない曲がたくさんあるので、また新しい曲に挑戦してみたいと思います。では~~(@^^)/~~~

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指と頭のリハビリに  その1

2019年06月02日 | 高齢者

 

残念ながら自分自身の事でカテゴリー「高齢者」です。

まあ一応医療保険、介護保険ではまだ前期高齢者にはなっていませんが、ひと昔なら当然おばあちゃんと呼ばれたお年頃。

実際小5筆頭に、孫も3人いるし。お祖母ちゃんにはちがいないのよ。

3月に白内障の手術をし、花粉症の方も5月連休明けぐらいからやっとやっと治まってきて、ちょっとスッキリしてきたので、ピアノの練習を本格的に再開しました。

子どものころからピアノは結構本格的に習っていて、子育ての最中に再度グレードに挑戦。音楽理論だの聴音だの初見だの様々習いまあまあのところまでグレードを取り、一番上のグレード挑戦中に習いきれずに(お金の面でも)断念するも、丁度今のEテレ(昔の教育テレビ)でやっていたピアノの

シリーズでやっていたレッスンを見て、(これ以外にもベートーベンだのポップス、リチャードクレイダーマンのシリーズもあった)自主練をしていたんですが、50代になってから、手の関節炎と手指の変形に悩むようになりました。

特に右手の中指は元の太さの1,5倍ほどに一晩で腫れあがり骨棘が関節の中に数個できてしまい、今は腫れなくなったものの、3年ほど前までは冬になると腫れて傷みました。親指や手首も時々腫れて痛み、ピアノを弾くのが難しくなってしまいました。

それに、ピアノは1階のリビングにあり、オット父Gオさんが亡くなってからはほぼほぼ一日オット母Bこさんがリビングで過ごすし、自分の部屋に居てもトイレに行く時には中を通るので(以前は廊下で行き来が出来ていたが、歩行困難の為段差のある廊下が歩行できなくなった)別の意味でピアノを弾くのが困難になったのです。

3月に白内障の手術を受けるのに、花粉症があまりひどいと手術が出来ないとの事で、花粉の飛びだす1月末からは引きこもり生活になりました。今まで毎日外を歩いていたのですが、今年は我慢我慢。とにかく手術が終わり安定するまでというか花粉が飛ばなくなる5月連休明けまで引きこもりつうわけで、5カ月引きこもり。

オット母Bこさんと日がな顔を突き合わせているもの嫌なので、食事の片づけが終わると2階に上がってきてしまうのですが、そのころになるとPCやスマホなどはとても見にくくなってきていたので、(もちろん書籍も見難いしくたびれる)冬西日のあたる娘の部屋でぼ~~としておったらですね、上の写真にある電子ピアノ。夜ピアノの練習が出来るように買ったもので、ピアノの一音一音の音色あ強弱もちゃんと出るグレードの高いものです。これで練習してみようかと、まずはモーツァルトから。

本はもうこんなボロボロなんですけどね。私の腕と一緒で補修が必要です。

  

まず、というかこの時は基礎的なそして、音階が主になっている為指の練習にとてもいいものなので、とにかく固まってしまっている指を動かすところからという感じ。ピアノの練習というより指のリハビリのつもり。

ところが、何年も引いていなかったこの電子ピアノ、何ヶ所か鍵盤を下げたら戻ってこないところが数カ所((+_+))

わたしと一緒。油切れ状態。

押して下がってしまった鍵盤をあげあげしながら、ぽちぽちと練習開始。

だんだん音も思い出してきて、またすぐ隣の音を上がり降りするような指を広げなくてもよく、また大きな音を出す(鍵盤をバンと叩くようにして引くような手首や指に負担の掛かるもののない)必要のない曲から徐々にモーツァルト中でも少しずつ細かく動かすものへ。

音は沢山あるものの、大きく離れた音はないので、曲がったままの指でも弾けるようになってきました。

4月まではモーツァルトの本の中のほとんどの曲は弾けるようになりました。

特に白内障の手術後は音符が良く見えて、一層弾き易くなってきました。

電子ピアノの方も、徐々に油が回ったのか、鍵盤の動きがよくなり、引っかかって上ってこないと言うことが無くなってきました。

弾けるようになってくると益々楽しくなり、練習時間も必ず確保できるように、頑張れるように。

 

その2に続きます。

 

 

 

 

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数年ぶりに故郷へ 

2019年05月21日 | 旅行

オット母Bこさんとの完全同居の為なかなか自分一人泊りで出かけると言うことは数年なかったのですが(オット父が存命中には冠婚葬祭時には出掛けることは出来ていた。Bこさんはなんで出かける?実家母Y子さんと私の弟で行けばいいでしょ?というスタンスではあった)この10連休は実家一家と共に行ってきましたよ。故郷へ!

長野県の片田舎、カーナビだとたどり着かないような場所。ほぼほぼぽつんと一軒家状態の田舎なので、車でないと行かれないし、暗くなると灯りもガードレールもないような道なので(落石注意!が ずっと続き行った時は小石がばらばら降っていたよ( ̄▽ ̄;))なかなか大変なんです。

それでも、今回はお葬式とか法事とか時間に制約のある旅ではないし、服装もラフでいいし、久しぶりに肉親だけの旅行なんで、気は楽。ぜんぜん留守の事は気にならないし~~。

途中の道路もだいぶ整備されていたし(高速やバイパス等)連休中にもかかわらず(反対側とか高速を降りたその先は混んでいたりしたけれど)ほどんど渋滞もなく、天気も良かったので楽しいドライブでした。

実家母は認知機能がなんではありますが、私はあまり気にならず、むしろ久しぶりに気を使わずに世話が出来たので楽しかったですよ。景色も丁度りんご、梨、桃そして桜も満開で良かったです。山藤もきれいでした。

高速道路のサービスエリアではきれいな

 

 

環天頂アークという、太陽の周りに見える逆さの虹のようなものが、きれいに見えました。

こんなにきれいに見えることはめったにないそうで、ニュースにもなったようです。

着いた日は小さい頃弱かった母の代わりによく面倒を見ていただいた叔母さんの入居先の施設に行って久しぶりの対面。

叔母さんも認知症が進み、話はすらすらするものの、実際の年はもう70歳の自分の息子が今大学に行っているといったり、私の事は従兄弟だと思っていたり、車いすでの生活でもともと小さい人ではありましたが、本当に小さくなってしまっていました。

けれども、にこにこ話をする時の顔は昔のまま。

帰る時はまた切ない…。車いすを自分で動かして、あとを追いかけてくる叔母さんとそれを止める職員さん。後ろを振り返るのがいいのか振り返らないのがいいのか、それこそ後ろ髪をひかれると言うのはこういうことだなと、今思い出しても哀しくなります。

私が誰かはわかっていないようですが、会えてよかったと思います。

夜は水入らずでのお泊り。

古い宿ですが、景色は良いところです。

部屋の窓からの景色。

 

 

 

宿泊した宿は本当に古い旅館で、お風呂はムムムだし、エレベーターは使えないし、段差はあちこちあるしでしたが、食事は美味しかったですよ。(母親は前より味が落ちたとかぶうたれてましたけど)

 

このお弁当は3年ほど前今の上皇ご夫妻が昼食に召しあがったものと同じだそうです。

これに、和牛焼き肉と天ぶら、お蕎麦や茶わん蒸しなどが付いていました。

仕上げのデザート

 次の日は 母親の実家へ寄らしてもらい、従兄弟や甥たちが集合し(これも義理の関係の人はおらず肉親のみ)子どものころ夏休みにおばあちゃんちに泊った時の状態。みんなもう還暦を過ぎてしまいましたが(母親たちは80代後半)昔にかえって話に花が咲きました。

そして素晴らしいお知らせがありました。

親は田舎を出てしまいましたが、甥っ子が脱サラして農業を継ぐことになりました。と言っても農業では食べていけないので、地元に就職し

週3日働き、他の日は休耕田を借りて(含む叔母さんの家の畑も)農機具も借り、農業をやるそうです。

え~~!知らなかったよ、おばちゃん。普段おとなしい無口の子なので。

なんか熱く語っていてびっくりだよ。

もう青年団にも入ったし、消防団にも入ったし、なんかねマタギにならないかなんつう話も来ているらしいです。

甥っ子君、期待の星で輝いていました~~。

帰りに甥っ子の働いているお店で地元の農産加工品を買って帰ったんですが、我が家でも大好評で、オット!お取り寄せしておりましたです。ハイ!良かった良かった。

ガンバレ~~。

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日本平東照宮に行ってきた。

2019年05月18日 | 近隣を訪ねて

連休前の週末には友達と日本平東照宮に行ってきました。

この友達とは家族構成が似通っていて、介護も経験しているので、お互いに思ったことが言い合えるので、定期的にあってランチをしたり、ウオーキングをしたりしてガス抜きをしている友達です。

 

行った日はちょうど清水港に豪華客船が来ていて、外国のお客さんが一杯でしたよ。前日の天気予報では大雨の予報でしたが、曇り空で富士山は見えなかったものの、海は良く見えました。

東照宮にはロープウエイから行くか海の方から参道の石段1396段を上がって来るかどちらかで、私たちはロープウエイで往復しました。

東照宮のいろいろはHPに載っているのでそちらを見てくださいね。(日本平東照宮→こちら

山門からの景色 上の方、門の透かし彫りが透けています。

 

 

家康公の石嶺です。

石などは全て沼津から船で運ばれたものを 石段(これとて作ったのですが)からあげてここで細工。石の柱部分は掘ってくりぬいて作ってあるそうですよ。ボランティアの方がこの前あたりに居て、説明してくれました。

 

一枚の大きな岩をくりぬいて柱を作る

 

石柱と石柱を石の楔で止める。

日本平は砦ともなっていたので、ロープウエイの日本平東照宮駅前には砦の石垣も残っていました。

 

とにかく、すべて石垣。石段。女坂などはありませんので、段を登るしかありませんが、一つの段が高く幅が大きいため、特に降りるときは気を付けないと危ないです。

歴史ロマンにしばし浸り、そして、この後ランチとおしゃべりと、ちょっとまったりして命の洗濯をしてきましたよ。

いつも付き合ってくれる友達に感謝!ありがとうね~~!

 

 

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一応Y子さん騒動 一息つきました。

2019年05月11日 | 介護

実家母Yこさんの騒動、一段落とはいえませんが、一息ついたって感じです(連日の通院は必要なくなった)。

連休中に外反母趾による左足親指付け根の炎症、根治ではありませんが、まあまあ終息になりそうです。どちらかと言うと炎症より、認知機能の低下が問題なんですが。連休後半から今日まで当番医を順繰りにまわり、連休明けは近くの外科にて処置をした結果、大きな腫れは治まってきて、山は越えました。けれども、痛みが治まってくれば、どんどん出歩いてしまい(人はそれを徘徊と言う…)車通りの多いところも臆せず渡ってしまう(目的地に向かってまっしぐら( ̄▽ ̄;))と言う暴挙。

本当なら今日あたり手術の予定だったのですが、Yこさんの拒否で延期となり、その間に炎症を起こすと言うねえ…。

Yこさんはある意味呑気なんですけど、弟がね~~、連休中メンタルやられましてパニックす。実家に帰っていた弟嫁から「弟がパニックで何言っているかわからないんですけど、おばあちゃんの様子はどんなですか?」なんて問い合わせが来る始末。

連休中は自分も休みなんだから、毎日当番医巡りとはいえ、時間の拘束はあるものの、仕事に支障があるわけでも無し、時間が掛ることを覚悟してそれなりの準備(暇つぶし等など)をしていけば、いいわけでねえ。うちなんか、Bこさんのお尻が爆発中、病院に連れて行くにも一日掛かり(連れて行くのにですよ!連れて行くまでと言ったほうがいいかしら?朝から掛かってやっと夕方搬送したことあり)あのお尻爆発よりはず~とず~と楽だと思いますけどね~~、とは弟には言わなかったけどね。なんで男の人って病院で待つとかレジの順番を待つとかって出来ないんでしょうかね~~。前に人がいるんだから仕方ないじゃないですかねえ。病院が混んでいるは別におばあちゃんが悪いわけでもないわけで、「連休中に病院通いで一日つぶれた!」とぶちぶちYこさんにあたったって仕方ないと思うんですけどね~~。しかもYこさん、昨日病院に行ったなんてことは覚えちゃいないんで、「昨日も何時間も待たされて」なんて言われても「昨日は別に病院には行ってないでしょ?」なんて宣っちゃうんで、余計ね~~弟は腹が立っちまうんですよね。

わかるけどね。わかるけど、それ言っても仕方ないんすよ。と弟に言っても仕方のないことで、まあ、私にできるのは愚痴を聞くことと、行けるときには代わってYこさんの病院に付き合う事しかないんですけどね。

弟嫁さんも実家から戻ってきたので(実家ではお母さん88才が一人暮らし)お土産をもってきてくれました。お互いに御迷惑かけてすみませんと頭を下げ、ちょっと話をしたんですが、(はっきり言って実母Yこさん、大変口も悪く態度も悪いので、ほんと申し訳ない!弟もね~頑固者で細かいので弟もご迷惑おかけしてますですよ)「おばあちゃんの事は私、申し訳ないですけど、ちょっと引いてみているので、私は大丈夫ですよ。」と弟嫁は言っておりました。

激しく同意です。もうね私もオット母Bこさんの事は思いっきり引いて見ておりますので。でなきゃやってらんないですわよ。

あとは、どうやって手術を承知させるかなんですけど、入院してもヘタすればすまして家に帰ってきちゃいそうなYこさんであります。実際、入院中脱走したことあり(まあその時は肩でしたけど、またそういうときっていろいろ知恵がまわるんですよねえ)で、入院手術も大変ではありますが、なんとか6月には予定をしたいと弟は考えているようです。

はてさて、それまでYこさんは無事に過ごせるでしょうか~~。

でもまあ、私自身はこの連休なかなかいい連休だったんですよ。次回はそのお話を(@^^)/~~~

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令和の夜明けは介護の夜明け…だった(/ω\)

2019年05月05日 | 介護

ゴールデンウイークは例年どこにも出掛けず、庭の草取りに明け暮れる「介護」だか「支援」の家族を持つわたくし。

久しぶりに、オット母Bこさんはオットに任せて、弟と実母と3人で故郷へ帰ってきました。その時も実母Yこさんの認知度の低下と、還暦を迎えた弟の様子(はっきり言って高齢者高齢者してきました。しかも頑固Gさんタイプ)はあったものの、故郷の叔母たちも超高齢故それなりにあれれではありましたが、久しぶりの故郷。そしてちょうど今花盛りのところでリフレッシュ。

けっこう、るんるんで帰宅したんでありますが、5月1日デイサービスからの電話。しかもオット母Bこさんの事ではなく、弟と同居の実母Yこさんの事ででした。

曰く「Yこさんの足が痛そうだったので看護師が確認したところすぐに当番医に行ったほうがいい。」との事。ですが、すみません、私ではなく弟のところに相談してもらえますか?と返答しておきました。

「なぜ弟ではなく私のところに電話でしょうか?(前にもあった)」と聞くと「第1連絡先がよしこさんの携帯電話になっています。」

私「……?」更に様子を詳しく教えてくれたのですが、それは私も当番医に行ったほうがいいなと思う状況でした。そして、当番医が○○先生ですからと促すわけですが、実家母Yこさんの当番医は別の病院のはず。そこの医院は行ったことがないはずなのですが、いや、第1主治医がそこになっていますと宣う。

ただ、オット母Bこさんの主治医ではあるので、思わず連れて行こうかななんて思ったんですけど、余計なことをすると弟が怒るので、とにかく弟に連絡してくれと再度要請。

と!弟は「断った。痛くて歩けなかったら車いすですごしてもらう。」なんぞ言うので大丈夫かなとは思ったんですが、大丈夫ではなかった。しかも、弟のヨメさんは実家に帰省中。

またですね、実母Bこさんと弟は、かなりもめもめしておりまして、よくあるじゃないですか?息子が母親を…なんて事件が!

ああなりかねないような感じなんですよ。帰省の時も急に私も行っちゃおなんて思って、一緒に行ったんですけどね、一緒に行って正解だったなと思いましたよ。母親の事だけでなく、弟も道がわからなくてパニックになりかけたり、高速の入り口を間違えそうになったり(ヘタすれば逆走だわさ)がありましたからね。

孫たちも連休中なんだかんだ4日変わりばんこに来る予定。(明日もちびちゃんが来る。けど、実母のトラブルがあり、内心それどころじゃないのよ)

帰郷の時の様子、そして、実母のその後は別記事で。

令和初っ端の記事がこんなんで、なんか申し訳ない。まあ誰も期待はしていないと思うけど。

とりあえず中継でしたあ(/ω\)

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Bこさんは、要支援でOK(*^^)v Bこさん見捨てるヨメ=私

2019年04月27日 | 支援

 要支援1→要介護1→要支援2と、介護と支援の間で行ったり来たりのオット母92才Bこさんですが、背の曲がり(右前に大きく捻じれている)ですが、それ以外は眼もよく見えるし、頭は変にクリア(これがまた厄介のもとではありますが)ではありますが、歩行器でどこでも行ける訳ではありません。例えばタクシーへの乗り降りも一人では出来ないし、タクシーを降りても段差はクリアできないので(結構段差のある建物は多い)付き添いが必要。歩行器を自分で段差をあげると言うことは出来ないし、荷物は持てないし。結局送迎と目的の場所(ドアの中まで)まで送って行く必要があります。

 なので、「自立」とはならないですけど、歩行器を使えば歩けるし、介助があれば段差も越えられるし、認知も問題ないとなれば、ましてや息子夫婦との完全同居、二人とも退職して家にいる。そしてその子どもも近くに住んでいるなんてなれば、介護の認定は下りない事は重々承知なので、ヨメの私は全く介護の認定をとりたいなんて思っていません。もう、そのむなしい努力はしないことにしたので、先日ケアマネから「認定審査をやり直すか?」と聞かれた時にははっきり、「介護をとることはあきらめています。手間がかかるだけで認定がひっくり返ることがないのに申請はしません。」と伝えました。(キーパーソンであるはずのオット、この時家に居るのに同席しなかった!あんたがやることでしょうが!)

Bこさんは、「え~?私、介護が取れないと…」とか言ってもごもご言ってましたけど、去年Bこさん自身が言った言葉を言ってやりましたよ。

「お義母さんはなんでも自分で出来るので、私は着替えや洗面、入浴(これも見守りだけで自立=自分で出来る)食事も全部介助なしですから。頭もしっかりしていて、暗算も私よりも出来ますよ。(実際そうですからね。病院に行った時私が立て替えて支払い後で清算するのですが診察と薬局での支払いをBこさん暗算でいくらいくらと正確にしますよ\(◎o◎)/!)よく覚えているし。先日泊りに行った時も準備も何も手伝わなくてもちゃんと出来たし、ベットからの移動もひとりで出来ましたから。家でもタッチアップなしでやってるんじゃないですかね。夜なんかトイレに行く時も歩行器は使いますけど全部ひとりで出来ますからね。」

「それに、昼夜ひとりで家に居るなんてことは無いし、病院に行くにも夫婦で付き添ったりしてますしね、ヘルパーさんにも笑われましたけど、すぐ近くの美容院や医院だって、歩かずに来るまで送迎しているし、いない時は孫娘が近くにいるので来てもらっていますから、そんな恵まれていて介護は付かないですよね?」

ケアマネさん、戸惑いながら「じゃあ、今のままで…。」

「はい、介護になれてもBこさんの利用の仕方では支援でも全く困りませんから。週3回入浴。週2日リハビリ。はっきり言ってこれ以上予定が入ったらこっちが逆に大変です。週3回誰かが来てとなると、こちらも出掛けられないですし。入浴もいざとなれば自分で入りますからデイの利用も今のままでいいんじゃないですかね。週2日のリハビリで歩行もかなりよくなっているとデイでも言われていますし。関節炎があるわけではないし、痛みもないし、血液検査も何の問題もありません。のに、なんだかんだ言って薬は出してもらってますが。病院も内科、外科、耳鼻科、眼科、歯科と月1回連れて行けば、週に1回はどこかに連れて行っていますし。洗髪は美容院でないとと言うので、美容院にも週1回連れて行っています。」

ケアマネさん(新規に変わったこともあり)「そうなんですね。それじゃあ、これ以上は介護保険の利用は必要ないですね。(たぶん介護認定になれば利用料が上がるし、ケアマネの立場だと支援のままだとうまみがないからだと思う。)」と残念そうに言う。

本来は介護認定が上がる?下がる?方がいいはずなんですが(介護保険の利用が少なくなればいいはず)実際はデイなど経営が厳しくなっている(利用者が減ってきているらしい。介護施設も近くにいくつも出来てきたし。)

今まで、申請を希望してもとても無理だからと言われていたのに、風向きが変わってきた?

と言うより、私の気持ちが変わったのかな?

ある意味あきらめ。ある意味冷静。傍観。冷たいとも言う。

そして、このヨメ。この連休、自分の故郷に実家母と行ってきます!

5年ぶりかな?ずっと我慢してたけど、もう我慢しない。実家母が病弱だったため母代わりになってくれていた叔母さんにも会いたい。

もう許可はとらない。

行ってきます!と宣言で終わり!ブフフ!そう仕向けたのは、オット母Bこさんとオットだあ~~。

え?もちろん、Bこさん不遜ですけど、そんなんで遠慮してたら、叔母さんにも会えなくなっちゃうからね~~。

 

 

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白内障の手術後にわかったこと

2019年04月22日 | 医療

  白内障の手術をして丁度1ヶ月を過ぎると、違和感もだいぶ無くなってきました。とはいえ、花粉アレルギーとドライアイの私にとっては、辛い季節。手術後の違和感なのか、アレルギーやドライアイからのゴロゴロ感や充血なのかよくわからないのです。ちょうど花粉症がひどい時期からまだヒノキ、ハンノキの花粉症が盛りの時なので。

  けれども、見え方は普段は裸眼でよくなり、ひどい近眼でずっと眼鏡をしていたので、(近眼のメガネは物が小さく見える)物が今までよりも大きく見えるため、もっと近くにあると思うと遠かったりして、例えば紙に氏名を記入するときなども位置がずれてしまい一文字書いては次の字が位置がずれると言う状態で、距離感に慣れるのに(そりゃ、55年も超近眼メガネで過ごしていればね)しばらくかかりましたね。最近やっとスカを食うことが無くなってきましたが。

  パソコンの文字もよく見えるようになったので、手術後に白内障の事を書いてある記事を読んだのですが、先に読めていればよかったかなと言うものがいくつかありましたので、ご紹介します。

  白内障の手術を受けるときに医師に伝えておくこと→YouTube ですので、見えずらくても音声でわかります。

  白内障の手術後のトラブルについて→こちら 手術が終わったらOKではなく、その後も大事です。案外「簡単な手術」であること(実際手術時間は10分程度)すぐに見えるようになることから術後の処置がおろそかになりがちです。

 そして、最近、眼の運動などが推奨されていてそれに励まれている方もいるかと思いますが、こんな記事もありました。

 →目を激しく動かす「眼トレ」は、やってはいけない  激しく目を動かす行為は、目の中の硝子体線維を激しく揺さぶる行為であり、目の健康増進や目の老化防止などにはまったく役に立たないばかりか、網膜剥離の原因にすらなるそうなので、ぜひお読みください。

更に、こんな記事も

日本の眼科治療は世界から20年遅れている――『やってはいけない目の治療』 眼トレの記事と同じ深見先生の記事です。

色んな情報があって迷ってしまいますが、紹介したものは信頼できるものではないかと思います。

  少なくとも、白内障の手術が誰もが行う「簡単な」手術ではありますが、眼の中にメスを入れ、レンズを入れるという手術であり、水晶体だけ透明になるだけで、その周りの膜やいわゆる白目が濁ってしまっていれば、思ったような結果にはならないし、手術をして終わり。ではない。眼科の先生方が一番怖いのは白内障後の感染症だそうです。それは、自分で行うものであり(目の周りの消毒や目薬の点眼時の清潔)かなり気を使わないといけないものであることをお忘れなく。

  そして、眼内レンズの焦点は1つだけなので、今までいわゆる目の良かった人(視力があった人)にとっては、合わせた焦点によって、遠くが見えない、近くが見えないとなって、「眼鏡が必要になる」人もいますので、明るくはなったけれど…ということもありますので、ご注意くださいね。

  私にとっては、とても良かったのですが、実際何年か前に白内障の手術をした何人かは「やっても視力がでない」とか「近くに合わせてしまったので、日常生活に不便が出た」と言う人がいますので、特にレンズをどこに合わせるかについてはよく考えて選ばれたほうがいいと思います。相談の出来る眼科医が…といっても先生、とっても忙しくてなかなか相談が出来ないかもしれませんが、よくわからないまま手術をすることがないように、白内障の手術を受けるときに医師に伝えておくこと→YouTube ここだけはよく見てくださいね~。

 

 白内障関連の私の記事は→ その1 その2 その3 その4 その5 そして白内障手術後の様子 です。参考になれば幸いです。

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