「元治元年(1864)から明治13年(1880)にいたる16年間の幕末・明治史を分析」したのが、本書です。
二百数十ページにわたり、さまざまな史料を元に分析がなされているのですが、基本的なところは巻末「エピローグ」にまとめられていますので、時間のない方は、そこだけを読んでも、著者の意図は分るようになっています。
著者の分析の主たるテーマは、政策目標としての「強兵」「富国」「立憲制」「議会制」が、それを担った勢力によって、どのように具体的な政治行為に表されてきたか、という点にあります。
「西郷隆盛のグループは、日本を東アジアの最大強国にすることをめざした。」これが「強兵」ですね。
「大久保利通の下に集まった者たちは、政府の手で日本に近代的工業を起こし、鉄道や港や道路などのインフラストラクチャーを整備しようとした。」これは「富国」路線。
「長州の木戸孝允を中心とするグループは、一方で堅固な中央財政を確立し、その中央集権政府の恣意的な権力行使を抑制するために、憲法の制定を最重視した。」もちろん「立憲制」を目標とするグループ。
「板垣退助が率いる土佐の政治家たちは、中央集権政府の抑制を憲法にではなく議会に求めた。」「議会制」を目標とするグループです。
これらのグループが、互いに拮抗し、あるいは妥協を重ねながら、それぞれの目標を達成しようとした。それが、明治政治史の基本的な流れだというのが、著者の見解です。
ただし、
「この四つのグループに共通するのは、自己の路線を実現していくために、租税負担者である農民の力を借りようとはしなかった。」
さて、個々の事件(例えば「民撰議院設立建白書」の提出、「大阪会議」の開催など)は、直接、この本に当たっていただきたいのですが、一点だけ、小生が「目から鱗」状態になった指摘があります。
それは「国民皆兵」制度を採り入れることによって、民衆から徴募された兵士たちだけが鎮台兵になったわけではない、ということです。
著者は、この時期の「官軍」を3種類に分けています。
「第一官軍」(後の「近衛兵」)は、明治4(1871)年に、薩摩・長州・土佐の3藩から献兵された「御親兵」、歩騎砲兵合わせて約6,300人。
「第二官軍」は、「江戸無血開城以後の東北戦争で政府側に付いた諸藩兵」を、政府軍として再編したもの。こちらは、廃藩置県後の4鎮台合わせて、1万5,000人ほど。
「第三官軍」が、「明治6(1873)年の徴兵令施行により集められようとしていた農民兵約3万人」(6鎮台制)。
しかも、「第三官軍」が、外戦用と考えられていた、という指摘は、実に意外な点。
「それ(=「第一官軍」「第二官軍」)を皇居守護と国内治安に当てて、主としてロシアを仮想敵とした外戦用の軍隊を、主に農民から徴兵される徴募兵で組織しようというのである。」
これ以外にも、「征韓論」(「明治6年の政変」)が巻き起こった時点で、薩摩軍団が目指していたのは、台湾出兵による日中戦争だった、という指摘など、なかなか論議を呼びそうな意見が盛りだくさんです。
刺激的な説が説かれている本書は、明治初期の政治史にご興味のある向きには、ご自分での検証も含めて、面白く読むことができるではないでしょうか。
坂野潤治
『未完の明治維新』
ちくま新書
定価 777 円 (税込)
ISBN 978-4480063533