一風斎の趣味的生活/もっと活字を!

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最近の拾い読みから(191) ―『ゼウスガーデン衰亡史』

2007-10-24 01:16:34 | Book Review
日本文学の伝統には、あまり見られなかった「ホラ話」を壮大に描いた作品です(アメリカ合衆国文学/ラテン・アメリカ文学には脈々としてあるようですが)。

気宇壮大さは、物語の主要な時間が、1984年9月1日から始まり、2089年3月にまで及んでいることでお分かりのことと思います(ただし、ゼウスガーデンの滅亡は2075年6月4日に設定)。

ここで例によって、ストーリー紹介と売り文句とを。
「下高井戸オリンピック遊戯場は場末のうらぶれた遊園地だった。しかし双子の兄弟藤島宙一・宙二の天才的な経営手腕と絶妙のコンビネーションにより信じられない急成長を遂げ、ゼウスガーデンと名を変え、ありとあらゆる人間の欲望を吸収した巨大な快楽の帝国となっていった。人類の欲望と快楽の狂走の果てにあるものを、20世紀末から21世紀末の歴史空間を通し、壮大なスケールで描いた三島賞作家の最高傑作長篇」(「BOOK」データベースより)

ゼウスガーデンとは、日本国内に造られた「快楽の帝国」です。
「ゼウスガーデンは今や日本国を完全に凌駕していた。」
そこで最高の価値を持つのは「快楽」。したがって、治外法権まで与えられたこの帝国の興亡は、「快楽」というものの持つ極大から極小に至るまでの諸相を現しています(バブル景気の真っただ中で執筆・刊行されたことを想起!)。
その諸相を、ギボンの『ローマ帝国衰亡史』に則った歴史叙述の書き方で表現しようとしています。しかし、その書き方は、必ずしも巧くいっているとはいえない。

それでは、なぜ「歴史叙述の書き方」としては巧くいかなかったのか。

その理由は、この小説が「ホラ話」の骨法を踏まえているからです。
特に、この小説では、「過剰さ」が、その骨法の多くをレトリックの面で支えています。
以下のような列挙法 *(ゼウスガーデンの最高幹部会〈元老院〉議員の金銭的腐敗を示す部分)が、そのいい例でしょう。
「公邸、私邸、セカンドハウスと支給され、
その公邸、私邸では、
 メイドから、コックから、ベビーシッターから、家庭教師から、執事から、家令から、運転手から、不足番から、お化粧係から、マニキュア係から、ヘアメイク係から、スタイリストから、照明係から、カメラマンから、アシスタントから、給仕から、お伽衆から、道化から、口上衆から、門番から、送り迎えの自動車から、送り迎えの飛行機から、送り迎えのグライダーから、それらの維持費から、光熱費から、交際費から、交通費から、交遊費から、交合費から、
 とにかく何から何までぜーんぶ鮫入りプールのツケとした上、
 豪華なパーティーを開くわ、豪勢な宴会を開くわ、豪儀な散敗をするわ、豪遊するわ、豪飲するわ、豪食するわ、豪語するわ、芸者をあげるわ、二号を作るわ、三号を作るわ、四号を作るわ、五号を作るわ、六号を作るわ、七号を作るわ、八号を作るわ、九号を作るわ、それでもって妾だけで野球チームを作るわ、野球拳をするわ、猫じゃ猫じゃを踊るわ、逆立ちするわ、立ち小便するわ、あかんべするわ、
 それはもう腐敗の限りをつくしていた。」

*「列挙法はおびただしい量の意味内容を造形するためにおびただしい量のことばを用いる。ことばの量を無理やり現実とつりあわせようとすることで表現を大げさにしている。それによって混乱や繁栄などの現実の複雑さを表現しようとするのである。しかし列挙法はことばの量をふやすことで多くの内容を語っているかのようにみえるが、結果的には文章がいたずらに長くなり、問題の個所がぼやけてしまうこともある。」(佐藤信夫『レトリック感覚』より)

したがって、「過剰さ」という「ホラ話」のレトリックと、歴史的叙述のパロディとしての個々のエピソードをつなげていく構成法とが、妙にちぐはぐで、必ずしも全体として巧くいっているとは言えません。
その面を是正するためには、エピソードの描写により力を入れて(これも「過剰」になるくらいに)、現在の分量を大幅に増やすしか手はないでしょう(井上ひさし『吉里吉里人』を想起!)。

もう一つの方法としては、時間的/歴史的な壮大なスケール感を失うことを敢えて選ぶ、という戦略もあります(その代わりに、空間的なスケール感を生かす)。
その戦略を取って成功したのが、同著者の『カブキの日』だったのではないでしょうか(物語の叙述を、ほぼ1日の出来事に収斂させている)。

小林恭二
『ゼウスガーデン衰亡史』
福武書店
定価 1,575 円 (税込)
ISBN4-8288-2228-3

*元版は現在入手困難。文庫本がハルキ文庫(角川春樹事務所)で出ている。

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