一風斎の趣味的生活/もっと活字を!

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『荷風さんと「昭和」を歩く」を読む。

2005-03-17 00:20:06 | Book Review
今改めて読み直してみると、本書が著者近著の『昭和史』と表裏をなしていることに気付く。いわば本書は、裏『昭和史』の趣き。
つまり、タイトルどおりに荷風『断腸亭日乗』の記述を通じて、昭和史を編年体で、その時々(当時のことばにすれば「時局」)に、荷風が何を感じ、そして何をしてきたかを描く。

例えば、昭和8(1933)年8月の防空演習。
「8月10日。晴。終日飛行機砲声殷々たり。此夜も燈火を点ずる事能わざれば薄暮家を出て銀座風月堂にて晩餐を食し金春新道のキュペル喫茶店に憩う。防空演習を見むとて銀座通の表裏いずこも人出おびただしく、在郷軍人青年団其他弥次馬いずれもお祭騒ぎの景気なり。此夜初更の頃より空晴れ二十日頃の片割月静かに暗黒の街を照らしたり」
以上が『断腸亭日乗』よりの引用。
これに対して、著者は、
「この大演習を評し、信濃毎日新聞主筆桐生悠々が八月十一日付で『関東防空大演習を嗤う』という社説を書いて物議をかもした話は、戦後になってつとに知れ渡ることとなった」
と付ける。

そして、世の熱狂に対していかに冷めていたか、『断腸亭日乗』では意識的に触れられていないことから、逆にあぶり出そうとする。著者の言う「歴史探偵」の手法である。
「終日ラジオの声喧しく、何事をも為しがたし」(昭和11年8月5日)
「八月十一日。晴。曝書」
「わたくしが荷風さんへの敬愛をより深くするのは、『日乗』のこの辺のところを読むことによってである。この、連日記録されているほとんど天象だけの一行の背後で、実はナチス・ドイツの首都ベルリンでひらかれていたオリンピックの、国民的熱狂があったのである」

「『太平洋戦争への道』が、昭和十六年六月の時点で、荷風さんの眼にはっきり見えていたのである。当時の国民的熱狂に流されていれば見えるはずのないことであった。
 昭和という時代を生きて、荷風さんはついに日本人ではなかったのではないか。始終かりそめの世に生きていた。日本にいながら、日本からの亡命者でありつづけた。一言でいえば、戦前の『皇国』観念とも、戦後『解放』意識とも縁なき存在で終始した。首尾一貫して、政治や社会の変容の背後の不気味な闇だけをみつめていた。それで歴史の裏がよく見えた」

このような「荷風の眼」を、意識的に現在も持つためにはどうしたらよいか、さまざまな想念を誘う一書であった。

半藤一利
『荷風さんと「昭和」を歩く』
プレジデント社
定価1,529円(税込)
ISBN4833415461


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