一風斎の趣味的生活/もっと活字を!

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最近の拾い読みから(144) ―『鉄道ひとつばなし2』

2007-04-25 09:35:34 | Book Review
本書の著者・原武史は、
「本職は私立大学の教員で、日本の政治思想史、特に近現代の天皇や皇室」
の研究者で(このジャンルでは、2000年刊行の『大正天皇』で話題を呼んだ)、
「鉄道の専門家ではない。」

したがって、鉄道専門誌に掲載されているようなエッセイとは、一味違ったものとなっている(前著の『鉄道ひとつばなし』や『「民都」大阪対「帝都」東京――思想としての関西私鉄』をも参照)。

ここで、原の鉄道エッセイものに流れている基本的な考え方/感じ方をいえば、それは「文化的保守性」であろう(歴史研究者は、政治的な考えとは別に、文化的に保守的になる傾向がある)。
それを端的に示しているのは、「第三章 日本の鉄道全線シンポジウム」に引かれている三島の次のようなことば、
「すべてが明るくなり、軽快になり、快適になり、スピードを増し、それで世の中がよくなるかといへば、さうしたものでもあるまい。(中略)いつかは人々も、ただ早かれ、ただ便利であれ、といふやうな迷夢から、さめる日が来るにちがいない」(三島由紀夫『汽車への郷愁』)
であろう。

そのような観点から書かれている本書には、「迷夢から、さめる日」を決して迎えていない現状への苦々しさが、随所に読み取れる。
その苦々しさは、たとえば、小田急「ホームウェイ71号」に関して書かれた、
「『成長する郊外』(東急田園都市線沿線・引用者註)では、定員の多い通勤型の車両に客を無理に押し込むのが精一杯で、座席指定の特急を走らせるだけの余裕がない。この贅沢な通勤は皮肉にも、『上質な暮らし』などという不動産会社の広告に惑わされず、流行に背を向けて決然と『衰退する郊外』(多摩ニュータウン・引用者註)に住み続けることを選んだ人々にこそ赦された特権なのである。」
や、ロンドン市内および近郊の電車事情を述べた「ケンブリッジで電車通勤を考える」「鉄道から見た倫敦」によく現れている。

ということで、一般の鉄道マニアではなく、むしろ、
「鉄道を通して見えてくる日本の近代や、民間人の思想や、都市なり郊外なりの形成や、東京と地方の格差」
などに興味をお持ちの方にお勧めできる書籍であろう。

それにしても、この市場経済絶対主義の下で「迷夢から、さめる日」などは来るのでしょうかね。

原武史(はら・たけし)
『鉄道ひとつばなし2』
講談社現代新書
定価:777円 (税込)
ISBN978-4061498853

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1 コメント

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歴史研究者の文化的保守性 (iaa)
2007-04-25 23:49:47
「歴史研究者は、政治的な考えとは別に、文化的に保守的になる傾向がある」

どのようにしてその「傾向」が出るのか興味があります。
歴史に「たら・れば」はなく、史実を積み重ねているうちに愛着がわく、などという単純なものでもなさそうです。
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