一風斎の趣味的生活/もっと活字を!

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『わが荷風』を読む。

2005-03-29 00:09:45 | Book Review
「玉の井、吉原、浅草、小石川、麻布など――。少年時代から溺読してやまなかった永井荷風ゆかりの地を丹念に踏査し、荷風の人と文学を自らの青春への追憶と重ねて語る。著者の長年の夢を果たした出色の荷風論」
とは、カバー裏のコピー。
と言うと、いわゆる「文学散歩」、松本哉氏の荷風ものを連想するが、そこは野口氏の著書。松本氏のものとは一味も二味も違う。

「文学散歩」(野口氏の言う「紀行のスタイル」)の部分を別にして、まず、テクストの読みが違う。本書は随所に野口氏独自のテクスト・クリティークが表されている。
広い意味で言えば、作品の評価。必ずしも好意的な部分だけではない。贔屓の引き倒しのようなところがないのが、好感の持てるところ。是々非々の絶対評価がかえって小気味よい。

以下、敢えて「非」の部分を引く。
「特に『浮沈』の場合は、そのために作品全体としての迫力がいちじるしく減殺されている。そこまで作品をはこんできて、腰くだけの観を呈している。その上、『浮沈』の日記は『ひかげの花』の書簡にみられるような批判性をまったく欠いている」(本書204ページ。以下引用ページは中公文庫版による)
「『晩酌』などは、往年の荷風の文業を知る者にとって酸鼻のきわみと言いたい思いのする作品である」(本書240ページ)

狭い意味では、雑誌/新聞掲載時のテクストと単行本との異同、そして原稿そのもののと刊行されたものとの異同。
「完全な印刷物となっている現在の流布本では、どの部分が戦前の私家版と流布本との相違点か、専門の学者でもかなりな手間をかけぬかぎり、容易に発見しかねる。それが私の筆写本――戦前の流布本にペン字で書いた削除個所を糊で貼りこんであるものなら、なんの苦もなくわかってしまう」(本書94ページ)。

そして野口氏は、必ずしも初版本が荷風の絶対のテクストとは思っていない。いやそれどころか、発表すらしていない荷風独自の自筆本に鍵があると示している。
吉行淳之介説の、
「彼(荷風)は、戦後はほとんど猥文しか書かなかったのではないか。そして、導入部だけを活字にして発表し、それから後につづく部分、丹念に毛筆で書きつづられた部分は、筐底深く蔵いこまれているのではないか」(本書228ページ)
を引き、具体的な作品に当たっている。

以上のような点からも「出色の荷風論」であることは、間違いがない。

野口富士男
『わが荷風』
中公文庫
定価420円
ISBN412201171X

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