世界的科学者と経済学者が明かす「最高の老い方」
アンドリュー・スコット:ロンドン・ビジネス・スクール経済学教授,デビッド・A・シンクレア:ハーバード大学医学大学院教授
東洋経済 onlain より 220119
「老いなき世界」は私たち人類にとってバラ色の未来となるのでしょうか?
人類が「老いない身体」を手に入れる未来がすぐそこに迫っていることを示した10万部のベストセラー『LIFESPAN(ライフスパン):老いなき世界』の著者で、ハーバード大学医学大学院の教授のデビッド・A・シンクレア氏。
シリーズ累計50万部のベストセラー『LIFE SHIFT(ライフ・シフト)』の最新版『LIFE SHIFT2(ライフ・シフト2):100年時代の行動戦略』の共著者で、ロンドン・ビジネス・スクール経済学教授のアンドリュー・スコット氏。
今回、日本でも話題のベストセラーを著わした二人の著者が、寿命が劇的に延びた世界をどう生きるべきか、語りあった。
⚫︎長寿時代のカギは「教育」
アンドリュー・J・スコット(以下、スコット):私たちの世界では、ルールが変わりつつあります。より長い健康寿命を享受できるようになり、いまの若い人たちは、多くが90歳まで生きる可能性があります。
この意味を考えて、より良い年のとり方をしなければなりません。老後に関する目下の話題は、「健康でいられるかどうか」ですが、人生には、健康以外にもいろいろな要素があります。
長寿になれば、過去も未来も長くなります。大人になっても、「これから何をやりたいか」「自分の人生にとって何が重要か」ということを考えられることになるでしょう。
人生において、自分が何者であるかを発見する、そういったことが何度でもできるようになるわけです。
デビッド・A・シンクレア(以下、シンクレア):スコット先生のご意見に賛同します。私は、この時代において、政府が果たすべき役割があると考えています。それは、教育です。
一般の方々にとって、伝えるべき重要な情報がまだまだあります。世の中では、糖度が高く、飽和脂肪酸がたくさん含まれた食べ物が多く売られています。
例えば、メキシコでは、こういったものに警告ラベルが張られるようになりました。タバコと同じです。スナック菓子などには、「健康に良い食品ではない」と表示し、子どもたちにあまり食べすぎないように警告を発しているのです。
また、政府ができることとして、医師に対して、老化の予防治療を認めるという点も挙げられます。現在は、老化は「自然の道のり」と考えられていますが、それは治療可能なのです。老化そのものを予防することが重要です。
ライフスタイルの変化や、サプリメントなど一部医療品は、老化のプロセスを遅らせるために有効であるとわかっており、今後もさらにそのようなものが登場します。
スコット:シンクレア先生のおっしゃるとおりですね。つまり、「老化は当たり前のものだ」という観念を受け入れるべきではないということです。特に、日本においては、今後高齢者が増えますから、対策を取らねばなりません。
企業もそうです。例えば、自社の商品やサービスを通して、より良い年のとり方とはどんなものなのかを人々に示し、影響を与えることもできるでしょう。健康や老化に悪影響を与える食料品を販売しないようにして、より良い商品を提供していく。そして、運動を推奨する。労働環境を整えることなども、その1つになるかと思います。
⚫︎老化は逆転させることができる
シンクレア:現在、私の研究室も含めて、世界中の100以上の研究室が長寿学に取り組んでいます。今後、全身を若く維持するということが、どうしても必要になるのです。そのためには、脳も健康でなければなりません。医薬品に加えて、ライフスタイルを変化させることによって、身体と精神の健全性を維持しなければなりません。
私の研究所では、老化現象を逆転させることが可能だということを発見しています。現在は、マウスによる実験段階ですが、完全に失明した視力を蘇らせたり、脳の老化など、失われた能力を再獲得できることがわかっています。
人間に対しては、まだ今後の研究となりますが、長寿科学を使って、老化の速度をゆるやかにしたり、逆転させたりすることができるでしょうし、最終的には、疾患を治すことも可能であると思っています。
スコット:大変素晴らしい研究ですね。長寿時代を健康に過ごせる、身体的にも精神的にも強くなれるのは良いことです。
すでに変化は起きています。健康に関する教育が行われていて、世代ごとにその成果を観察すると、リスクを減らし、危険を避けて、より健康な長寿を楽しめるようになってきたようです。
シンクレア:若い人が健康問題に関心を持ってくれるのはうれしいことです。5年前には、こういった話題に関心を持ってくれるのは、50代以上でした。
しかし、いまアメリカでは、Z世代の人たちが、自分自身の健康を、生物学によってコントロールできることに関心を持ってくれています。食品や運動によって、120年ぐらい生きられるかもしれないという可能性は、ポジティブに受け止められているのです。
スコット:日本では、大幅に出生率が下がり、少子化が進んでいます。今後は、人口動態の変化が問題となるでしょう。他国よりも高齢者の比率が高いため、若者と高齢者との緊張関係が厳しくなるかもしれません。それが、「老害」というような言葉につながり、日本の心配事になっているようです。
しかし、若者の寿命が延びた時にどうなるでしょう。高齢者のサポートだけでなく、自分たちの将来も考えなければなりません。いまの若者の多くは、今後、健康な高齢者になります。
そう考えると、若者と高齢者が対立しているかのような捉え方は、間違いなのです。イギリス・アメリカでも世代間の対立が、メディアによってよく取り上げられますが、現実には対立するものではありません。
例えば、日本人は、つねに安定性を好むと言われますね。若者が多い時代でもそうだったわけです。ですから、年齢構造が変わるからと言って、政治的な方向性が根本的に変わるわけではないと私は思います。世代間のバランスが異なる中で、新たなバランスを見つけることになるでしょう。
⚫︎健康寿命の延びがもたらす経済的価値
シンクレア:最近、スコット先生と私とで『nature aging』という機関誌に論文を発表しました。人々が、より長い時間健康でいることの経済的価値を論じたものです(”The economic value of targeting aging” 2021.7.5)。
分析では、健康寿命が1年延びるごとに、何兆ドルもの経済的価値が生まれるとわかりました。若いうちから健康を気遣い、人々の健康寿命を10年長くできれば、アメリカだけでも100兆ドル相当のプラスになるということです。
こういった資金は,教育や気候変動問題など、数々の課題に費やすことができるでしょう。ですから、「高齢者が増えると負担になる」というのは、認識が間違っているわけです。
スコット:まったくそのとおりです。「高齢化社会」というと、高齢者が増えて、人生の終わりに近づくにつれて健康状態も悪くなるという物語を思い描きがちですが、いま私たちが話しているのは、若い人たちが、長い期間、元気に活動できるという物語です。
つまり,「年をとる」ということと,「人生の終末を迎える」ということは意味が違うのです。
シンクレア:その人の将来の健康の因子について、両親から遺伝子によって受け継がれる部分は20%しかないことがわかっています。残りの80%は、人生を通して、どんな生活をするかということが影響します。
例えば、私がいま20代の若者なら、健康な食事を心がけますね。「地中海式食事法」と言われているものです。日本では、沖縄の食事が良い例です。植物由来のものを中心にし、赤肉は減らします。そこに、若干のたんぱく質を追加し、あとは、息切れするぐらいの運動を週に3回。
いつ食べるかも重要です。栄養不足や飢餓はよくないのですが、実際には、人間の身体は1日2食のほうが対応しやすくなっており、カロリーや栄養素は、しっかりカバーしたうえで、少しお腹を空かせているほうがよいのです。
また、1食はたくさん食べて、もう1食は少しにするという形にしたほうが、疾患への対応力も強くなり、老化も進みません。
スコット:生活環境のなかの「行動」という点では、20代の方々に、子どもたちの様子を見てほしいと申し上げたいですね。つまり、いろいろなことに興味関心を持って関わっていくことが大事なのです。
今後、人生において長い時間を使うことができるとなれば、いろんなオプションを開いておくことが大事です。選択肢を持つことですね。
50代になると、自分の得意なことや価値観などがしっかりできてきますが、人生が長くなれば、そこでまた学び直しができます。自分を見極めながら、投資をして、人生を探索し、自分に合った変化をしていくことが重要ですね。
シンクレア:もう1つ、現在の医療の問題は、高齢になってから、個々の病気の治療をしようとすることにあります。アルツハイマー、糖尿病、心臓病などは、90%は老化によって生まれるものです。
しかし、今の病気に対する考え方は、それらに対して1つずつ絆創膏を貼ることで解決しようとするもので、「年をとる」というプロセスのなかで、徐々に病気の要素が生まれてきているという点は、無視されています。
年をとれば、同時に15ぐらいの病気にかかり、体の中ではさまざまな合併症が増えていきます。そこに個々の絆創膏を貼っても効果はありません。現に、がんの治療をしても、寿命は、平均2年間しか延びていません。
やはり、根本的に解決するには、老化治療を行うべきなのです。これは、21世紀における健康問題の大きな革命になるでしょう。
スコット:がんにならなくても、アルツハイマーになるのではと思っている人は多いですが、複数の病気が、「老化治療」という1つの治療で済むのなら、そのメリットは大きく、波及効果もあるはずです。生活の質は大きく向上するでしょう。
⚫︎マルチステージの人生へ
スコット:『ライフシフト』では、前の世代とは違う考え方が必要だと訴え、マルチステージの人生を推奨しています。特に仕事においては、より柔軟な働き方を模索するということです。
最近は、日本でも徐々に在宅勤務ができるようになり、子どもを産みやすい環境づくりが進んでいるようです。仕事と生活のバランスを、ライフステージに応じて変えられるようになる必要があると思います。
時間を見つけて運動をしたり、人との接触を増やす、余暇をとるということによる変化も起きますし、仕事そのものが、他者とエンゲージメントするうえで有用なものですから、さらにより良い働き方へと変わっていくことになるでしょう。
シンクレア:人生が長くなるということは、経済的な面を考えると、早期リタイアはできなくなるということになります。長い期間働かなければならないのですから、労働環境そのものが変わらなければなりません。
人生の後半になっても、より楽しめるキャリア作りをしていけることが重要だと思います。そして、退職後も、健康であれば、物を買ったり、旅行したりと、経済に貢献しつづけることができます。社会の変化によって、経済の中で生み出される価値も変わるでしょう。
⚫︎何歳でも挑戦できる社会へ
スコット:長い期間楽しみながら働き続けられることは重要ですね。
コロナ禍では、さまざまな学びがありました。その1つとして、人との関わりの重要性があります。単に長く生きるのでなく、高齢になる間にも、どんどん新しい人やアイデアと出会うために、人間関係を深くしていく必要があるのです。また、そういったことが、より健康に寄与していくこともわかっています。
これまでとは違う変化が必要です。そのためには、新しい時代のロールモデルをしっかりと発信することが大切ですね。
自分の好まない仕事をしている人は、「長く働き続けるなんて嫌だ」と感じるかもしれません。しかし、マルチステージの人生では、サバティカル休暇をとることができます。
失敗しても、やり直しできます。中年になって、自分の人生に悩む方もいますが、それはやり直しがきかないからです。人生のどの段階においても、自分の未来に向けてアクションを起こせるわけです。
特に『ライフシフト2』では、テクノロジーの重要さに触れ、働き方が変わることを書いています。人生を10代の冒険のようにとらえ、マルチステージで生きるということを、生涯を通して考えなければなりません。
シンクレア:スコット先生の本は、経済、社会、科学をうまく組み合わせて書かれており、大変面白く読みました。私の本『LIFESPAN(ライフスパン)』では、「年をとる」ということを、生物学的に論じています。
なぜ老化現象が起きるのか。食事、運動などの分野別に、老化はライフスタイル次第で減速できることも書いています。さらに、私が80歳になる父と一緒に摂取している老化予防のサプリメントも紹介しました。
長寿化によって、何が起こるかではなく、それがいつ起きるかを考えることが重要です。ネガティブな影響もあれば、ポジティブな影響もあるでしょう。私たちの本では、その点を、地球上の方々にしっかり伝えていきたいと思っています。読者の方にはさらにメッセージを広めていただければ幸いです。
(構成:泉美木蘭)