瓜子( クアズ )はヒマワリやスイカやかぼちゃの種をを殻ごと煎って、塩や調味料で味をつけ、お茶請けのスナックとして食べるもの。「殻ごと」というのがポイントで、その食べ方は、殻を手で剥いたりせず、殻を前歯で噛んで割って、舌の先で器用に中身だけ口の中に入れ、殻はぷっとはき出すというもの。ここで、 「殻を前歯で噛んで割る」という動作のことを「嗑」kèといい、この時の音がこの話のテーマです。作家、テレビプロデューサーの 沈宏非著、『飲食男女』(2004年江蘇文芸出版社)収録の作品です。
聴瓜子
様々なものを食べる音の中で、水を飲む音の他、最も好ましい音は、クアズ(瓜子。ひまわりやスイカ、かぼちゃの種を炒ったもの)を前歯で噛み割る(嗑kè)音である。
瓜子 ( クアズ )を噛み割る音は、主に以下の三つの動作が途切れず行われることでできている。 瓜子の殻は歯先でパキパキと破裂し、吐き出される時に唇と舌の間でパラパラと音を発して下に落ちる時に聞こえるのは空洞のこだまである。66年前、豊子愷先生は女性が瓜子 を噛み割る音を、澄んで耳に心地よい「チッ、チッ」という音で表したが、ひょっとすると66年前は 瓜子がとりわけ歯触り好く炒られていたのかもしれず、或いは66年前の女性の歯はとりわけ鋭かったのかもしれず、「チッ、チッ 」という音は今日ではもはや人に瓜子 を噛み割る音とは連想させられず、むしろ多少留守番電話機の信号の音に似ている。
でも実は、瓜子 を噛み割るリズムが、その音よりもっと人々をうっとりさせるのだ。自分や他人が瓜子 を噛み割るのを連続して2分以上聞かされると、その絶えることなく続くリズムは、まるで楽器の旋律と肉声の歌声が同時に発せられた中国式のジャズのメロディのようである。
もちろん、こうした音やリズムの多くは静かな部屋でひとり瓜子 を噛み割った時にはじめて気にかけられるもので、一般的な情況では、しばしばがやがやとした無駄話やあれこれと話す声の中に埋没してしまう。雨が芭蕉の葉を打ち、腹を空かした馬が鈴を揺する音が聞こえるのは、その前提として雨があまりじゃじゃぶりではなく、芭蕉の葉も馬もあまり多くないことで、もし暴雨が芭蕉の林に降り注ぎ、馬も空腹の余り発狂しそうになっていると、その有様は、大厨房の中で肉や野菜を炒めているのと変わらない。
瓜子 を噛み割るのは中国人の生活に根付いた風習であり、瓜子 を噛み割る音も、如何にも中国的な音である。春節は一年の中で「中国の音」が最も強い月で、同時に瓜子 の販売の最盛期である。商品分類上、 瓜子は通常「炒貨」chǎo huò(スイカの種、落花生、ソラマメなど炒ったものの総称)に分類されるが、音の面では、 瓜子、マージャン、花火、爆竹は年越しの賑やかな雰囲気を作り出すために存在する正月用品で、何れも「吵貨」chǎo huò(騒々しい商品。発音は「炒貨」と同じ)と読まれるべきものである。
瓜子 は別段美味しいものではなく、その主な属性はそれが唇や歯と一緒に動いた時に発する音声効果の上にあり、こうした音声は美学上の意義はもとより取るに足らないものではあるが、実際の効果から言うと、少なくともレイヴ・パーティー(ダンス音楽を一晩中流す大規模なパーティー)での薬物使用の乱用の問題の解決に建設的な意見を提供する可能性がある。レイヴ・パーティーの会場には瓜子 の自動販売機が設置され、瓜子 を噛み割ることで薬(やく)を噛むのに取って代えるよう提唱され、また地面を 瓜子の殻だらけにして、これ以上すごいDJも演奏できないような人々を魅了する音楽を提供することができるのである。
瓜子臉(うりざね顔)
スーパー・ボールの勝者が、なすべきことは何でも行い、誰にも譲らない「世界チャンピオン」とするなら、世界で一切の瓜子 に関係した歴史は、全て漢字で書かれたものである。
馬王堆漢墓の女性の遺体の腹の中から消化されていない 瓜子が発見されたことがあるけれども、瓜子を食べる歴史は最大宋(960-1279年)から遼代(916-1125年)までしか遡ることができない。なぜならひまわりやスイカから作る瓜子の「親元」は、何れも五代の時期(五代十国時代。907年 -960年)になってようやく中国にもたらされたからである。それはともかく、わたしは世界で最初に 瓜子の殻を剥いて口に入れたのは、きっと女性に違いないと考えている。女性であるからこそこのように自然と注意深く繊細な観察力と我慢強さを備えていたのであり、もちろん小さく敏捷な口と指も、欠くことのできない道具である。
たとえ今後考古学上の資料で 瓜子は男性が発明したものであると証明されたとしても、瓜子が女性の食べ物であるという広く一般に認められた事柄、つまり女性だけが瓜子 をこんなり優雅に、美しく噛み割ることができるという現実を改めることはできない。もちろん、女性が瓜子 を噛み割るのは彼女たち自身のためであり、男性の気を引くのとは無関係であるが、一粒の取るに足らない瓜子にとって、このように優雅に食べられれば、たとえ種が瓜になる輪廻に失敗したとしても、死んでも心残りの無い幸福と見做すことができる。どんなに粗野な女性でも、ひとたび瓜子を手に取れば、動作も自然と美しくなる。20年余り前、わたしは広州の東郊で学校に通ったが、市内に向かうバスの中は、毎日化学工場と製鉄工場の女工で一杯で、座っている者も立っている者も、女工たちは皆手にひと掴みの紅瓜子(赤く着色された瓜子)を持ち、ちょうど『カルメン』で煙草工場の女工が皆巻煙草をくわえているのと同じである。わたしはいつも彼女たちが瓜子 を噛み割る美しい姿に見惚れて、同時にまた「広州カルメン」で紅瓜子の殻と一緒に彼女たちの口から飛び出す人を驚かす汚い話の中から、徐々に早期の性教育を終えたのである。
成都の茶館は茶館の中での瓜子の消費量が中国でトップである。他所と異なるのは、成都の茶館は男性が茶を淹れるのを好むだけでなく、女性も茶を淹れるのを好む。わたしは成都の女性の「うりざね顔」の比率が高いことを発見したが、それはひょっとすると中国第一かもしれない。広東人はこれが「形でもって形を補う」理論のひとつの確証であるとおそらく信じているだろう。実際のところ、生まれつきどのような顔の形をしていても、口を尖らせて瓜子 を噛み割った瞬間、誰しも皆 うりざね顔になるのである。
中国の女性は何種類か代表的な「中国語で言う顔型」があり、瓜以外にも、ガチョウの卵、シャオピン(焼餅。小麦粉を薄く延ばして焼いたもの)、苦瓜などがあり、皆食べ物である。言うまでもなく、うりざね顔は公認の美女の顔型であり、鄭秀文(サミー・チェン)の人気が出たのも、聞くところによると、心を鬼にして自分の シャオピン顔をうりざね顔に整形した所以(ゆえん)であるそうだ。「瓜子」がひまわりの種であろうと、やや丸く太ったかぼちゃの種であろうと、「美白」の意義を参考にすれば、やはり後者が基本となる。
中国至上主義者として、瓜子を欧米に輸出するには、今のところ難易度がたいへん高い。最も可能性があるのは、わたしはやはり日本だろうと思う。これは決してわたしたちが皆米を主食にし、同文同「種」であるからではなく、日本の漫画の中の男女の主人公が、うりざね顔なのが多数を占めるからである。
「嗑」(前歯で噛み割る)の芸術
わたしが瓜子は専ら女性の食べ物に属すると信じる所以は、女性の「嗑姿」(瓜子を前歯で噛み割る姿)に対する偏愛と言うよりはむしろ、男性の瓜子を噛み割ることへの嫌悪のためである。
男性が瓜子を噛み割る、とりわけ一群の男が瓜子を噛み割っているのを見るのは見苦しく、オスが第二の性を超越した存在として、「瓜子を噛み割る姿」は下品で見るに堪えず、一粒の女子の指先につままれたダイヤのような瓜子も、太い腕に大きな口の男の手にかかると、まるで蚤をつまんでいるようだ。同じように直接口に触れるものとして、葉巻は尚男女で寸法の違いがあるが、残念なことに瓜子はもともとLady sizeしか無く、寸法上の美的感覚の問題は別として、男性が瓜子を噛み割る音は、濁っていて聞き苦しい。だから、わたしは次のふたつの場合を除いて、男性は瓜子でこれ以上関わり合いを持つべきではない。
第一:瓜子を売ることで商売に成功し、それによって更に個人の身分や地位が向上する。
第二:腹痛や頻尿を患い、場合によっては排尿が困難な男性は、薬を飲む以外に、適度に瓜子を食べると良い。聞くところによるとかぼちゃの種は脂肪酸を豊富に含み、前立腺でホルモンを分泌するのを助ける働きがある。毎日だいたい50グラムずつ、生でもよく炒ったものでも良い。3ヶ月以上食べ続けないといけない。
馮鞏(フォン・ゴン)と牛群(ふたりは何れも、中国漫才、「相声」の芸人)はこれまでずっとわたしが好きな芸人であったが、新聞によれば、春節晩会(大晦日夜のテレビのバラエティ番組)の準備で、ふたりは毎回70斤(35キロ)にもなる瓜子をひたすら食べ、わたしは本当に笑うことができなかった。ふたりのりっぱな師匠が瓜子なんかを口に入れるくらいなら、煙草を吸った方がましだ。
しかし言ってみればわたし自身も信じられないのだが、男が十人いれば、九人まで瓜子を噛み割る様子は見苦しい。けれども、瓜子を噛み割るスピードとテクニックについて言えば、わたしが見聞きしたところでは、女九人寄ってもひとりの男性にかなわない。SNSで「小三」というペンネームのすばらしい「嗑文」が見られる。「手に虱くらいの大きさのスイカの種を持ち、機関銃のように右の口もとから続けざまに投入すると、前歯が一本しか見えないのに、左の口もとから直ちに殻が噴出され、噴水のようだ。しかも殻は真っ二つに割られ、全部揃っていて、よだれが少しも付いていない。それでも尚、口の中で噛み砕くのが滞るようなことはない。そうこうするうち山盛りの瓜子がみるみる小さくなり、殻の山が瞬く間に大きくなり、しばらくすると瓜子の大きな袋が空っぽになってしまった。」
悪くない。文中の「嗑主」は間違いなく男性だ。男でなければ、こんなに高い効率はあり得ない。
葵花宝典(ヒマワリ宝典)
黒瓜子
黒瓜子はスイカの種、紅瓜子は蘭州白ウリの種、白瓜子はかぼちゃの種。これらの白、黒、赤が一色で来るのに比べ、ただヒマワリだけは黒、白半々である。なぜならヒマワリの種は「花」から生まれたもので、「瓜子」でなく「花子」である。
瓜子の値段はウリの価格に従って高くなり、大いにオヤジ、英雄、好漢の意味がある。しかしかぼちゃの種やスイカの種はヒマワリの種ほど美味しくない。ヒマワリの種はよくヒマワリの種子だと誤解されるが、実際には、これは一粒の種子であるだけでなく、一個のれっきとした果実である。ヒマワリの果実は典型的な痩果(そうか)で、形が小さく、皮が薄く、やや紙質を呈し、内に一粒の種子を含んでいる。このため瓜子と比べ、ヒマワリの種はもともと果肉に近い成熟した深みのある味わいを備えている。スイカの種をもう少し炒ると、見た感じ少し黒っぽくなり、ヒマワリはもう少し乾すと、食べると口の中がぽかぽか暖かくなる。実際、ヒマワリの種はまだ炒る必要があるのだろうか。ヒマワリの種は、ヒマワリが太陽の方向を向いている間に、日光に晒され、十分に乾される。
スイカの種や紅瓜子の振り払っても取れない渋みを取り去るため、炒る時にしばしば大量の調味料を投入する。スパイスには、ウイキョウ、花椒、桂皮、八角などが含まれ、発がん作用のあるサフロールが含まれている。食塩、香料、サッカリンなどの調味料は、あまり多く摂取し過ぎると、健康に良くない。最近また研究報告がなされた。瓜子に含まれる油分は、大部分が不飽和脂肪酸で、過剰に摂取すると、大量のコリンを消耗し、体内のリン脂質の合成と脂肪の摂取や燃焼に障害を引き起こす。大量の脂肪が肝臓に堆積すると、肝細胞の機能に重大な影響を及ぼし、肝細胞の破壊をもたらし、酷い場合には肝硬変を引き起こす。
実際のところ、食べられるものには皆害になるところがあり、瓜子もまたその例に漏れず、適量が望ましい。ただ瓜子の問題はどこにあるかと言うと、食べないでいるならいいが、ひとたび口に入れると、しばしばコントロールが効かなくなってしまうことだ。ヒマワリの種は、比較的噛み割り易く、しかも味があっさりしているので、口に入れると狂ったように手が止まらなくなり、しばしば知らず知らずのうちに、家族や仲間と談笑し、興が乗ってくるうち、目の前の瓜子の殻は山のように堆積し、恐ろしい造山運動が展開される。
ゴッホ以後、ヒマワリの種の母体のヒマワリは、西洋の精神病研究の上でずっと精神錯乱のしるしと見做されてきた。中国では、ヒマワリは文革当時、「忠誠」のしるしであった。ヒマワリは永遠に太陽の方向を向き、たいへん直観的で、中国式の認識論に符合した。しかし今考えてみると、このしるしは狂気じみているだけでなく愚かである。瓜子であれ花子であれ、これが太陽の方を向いていようといまいと、最後には食べられてしまう。これが中国式の実践論である。
長個屎尖頭(大便の先端が伸びる)
中国を除き、世界各地の人々は瓜子を食べない。面倒を厭い、美味しくないものを嫌うと言うより、彼らは終生一粒の瓜子に含まれる広くて深い学識に触れることもないと言うべきである。
瓜子が奇異であるのは、それが形態として食べ物と認められるかどうか、また食べてから満腹と感じられるかどうかによる。
瓜子も口腔、食道、胃腸といった伝統的な路線に沿って進むものではあるが、瓜子を食べる快感は、その大半が「嗑」(前歯で噛み割る)にあり、ことばを換えて言うと、「殻無しの瓜子」はきっと市場が無くて売れないだろう。次いで、くるみやピーナツ、ピスタチオなどを食べる時も「殻をはずす」という工程があるが、こういったものはたくさん食べると満腹で腹が張る感覚が生じるのを免れない。瓜子はそれとは異なり、正に豊子愷先生が言うように「俗語では瓜子は食べても腹が膨れない(不飽)と形容され、「三日三晩食べると、大便の先端が伸びる」(吃三日三夜,長個屎尖頭)と言う。」
[注] 豊子愷(ほう しがい)1898-1975年。中国の画家、随筆家、翻訳家、教育家。「漫画」と呼ばれる題つきの絵で知られる。また、『源氏物語』を最初に中国語に完訳した人物。浙江省崇徳県石門鎮(現在の嘉興市桐郷の石門鎮)で生まれた。1914年に杭州にある浙江省第一師範学校に入学し、中国における西洋絵画・西洋音楽の草分けであった李叔同に音楽と絵画を、夏丏尊に国文を学んだ。1921年に日本に私費留学して西洋美術や音楽を学んだが、資金不足のためわずか10か月で帰国した。しかしこの留学は竹久夢二を知るなど豊子愷に重要な影響をもたらした。
豊子愷先生がこのように瓜子文化に関心を持つのは、当時進歩的な知識分子の考え方では、瓜子を噛み割ることは中国の貧困、衰弱、野蛮の原因を形作るもので、アヘンを吸ったり痰を吐くのと同罪であった。魯迅はこうした食べ物を嫌っただけでなく、一切の形式のおやつにも反対した。もちろん、西洋や日本の近代医学の影響を受けた魯迅や豊子愷たちは、瓜子が「食べても腹が膨れない(不飽)」から健康に無益だと信じ、否定的な態度を取ったのではなく、心を痛めたのは、瓜子を噛み割ることでの時間の浪費であった。豊子愷先生は1934年4月20日にこう書いている。「時間の浪費を利するのは、……世間の一切の食べ物の中で、いろいろ考えてみると、瓜子だけである。だからわたしは、瓜子を食べることを発明した人は、すごい天才だと思う。そしてできるだけ瓜子を楽しむことができる中国人は、暇つぶしのやり方の上で、本当にすごい、積極的な実行家である。中国人は、「ゲップ、ペッ」、「チッ、チッ」という音の中で無駄に使われた時間は、毎年統計を取ってみると、きっと驚くべき数字になるだろう。将来このままの状態が続くと、ひょっとすると中国全土が「ゲップ、ペッ」、「チッ、チッ」という音の中で消滅してしまうかもしれない。わたしは元々瓜子を見る度に恐ろしく感じていた。ここまで書いて、わたしは今まで以上に恐ろしくなった。」
確かに、「嗑」と「不飽」は何れも途中経過で、時間の消耗こそが最終である。時間の経過により、中国が最終的に瓜子のために滅ぼされたのではないと証明されて初めて、わたしたちはこれまで以上に、瓜子のため滅ぼされたのは、「チッ、チッ」として過ぎ去った時間だけであり、効率や金銭に置き換えられ、瓜子 を噛み割る音の中で消耗されたのは、時間により特定された品質である、と知るのである。