平和エッセイ

スピリチュアルな視点から平和について考える

核武装(2006年12月)

2007年01月10日 | バックナンバー
 十月初めに北朝鮮が核実験を行なったために、日本では危機感が高まっている。この機会に一部の政治家は、日本も核武装について議論すべきだ、と発言しはじめた。世間には、核兵器を保有すれば日本の安全保障は万全だ、と信じている政治家や国民もいるようだが、核はそれほど強力な国防手段なのだろうか。

 核兵器が戦争抑止力になるという考えは、「相互確証破壊」という観念に基づいている。これは、一方の核保有国が相手国に対し核ミサイルを発射した際に、相手国がそれをすぐに察知し、直後に核で報復することである。つまり、一方が核を使えば、相手も使い、最終的にはお互いが必ず破滅するので、両方とも核が使えない、という理屈である。これを「恐怖の均衡」ともいう。この観念が想定対象としているのは、米・露・中という互いに遠く離れ、核兵器を各地に分散配備できる広大な国々である。

 これに対し、北朝鮮が日本に向けてミサイルを発射すると、わずか七~八分で到達するという。現在の技術では、これを途中で迎撃し破壊することはできない。核攻撃を受けたあとでも、日本に核ミサイルが何基か残っていれば、日本は北朝鮮に核報復することができる。ただし、東京や大阪のような人口稠密地をかかえる日本のほうが、その被害ははるかに大きい。北朝鮮の指導者が核戦争を決意した場合、日本のほうが大損害をこうむるのである。日本が自国の安全を確保しようと思えば、日本が先に大量の核ミサイルを撃ち込んで、敵国民を全滅させねばならないが、そんなことは人道上許されない。日本が核を持てば、北朝鮮は日本の先制攻撃を恐れ、自分から先制攻撃をしかけたいという心理に駆られるかもしれない。つまり、日本と北朝鮮のような国土が小さく、距離が近い国々の間では、相互確証破壊が機能せず、逆に核戦争の危機が高まる場合がある。

 もし日本が核武装したら、韓国も核武装することは目に見えている。日本と北朝鮮の間で起こることは、日韓の間でも起こりうる。東アジアに核兵器が拡散し、核戦争の危険性が高まる。

 さらに核実験の問題もある。日本はどこで核実験をしようというのであろうか。海上で行なえば、海を汚染し、魚が食べられなくなる。世界有数の地震国である日本で地下核実験を行なえば、大地震を誘発する可能性もある。いずれにせよ、核実験や核戦争は最大の環境破壊、地球に対する犯罪行為である。

 そこまでして、膨大な費用をかけて、使えない兵器、使ってはならない兵器を保有して何の意味があるのであろうか。唯一の被爆国である日本はむしろ、全世界的な核廃絶を通しての平和建設の道を模索すべきなのである。

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1 コメント

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Unknown (lima)
2007-01-15 15:31:40
ありがとう。

賛成,共感します。
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