
よし次はH氏の息子さん達とのご対面について書こう、と思っていたのですが、ちょっと昨日起きたことで忘れないうちに残しておこうかと思う事を。
以前の記事、「出会い」でも書いたとおり、H氏は一型糖尿病で、私が働いているステノ糖尿病センターに10年以上通っています。
糖尿病の分類にはおおまかに分けて一型と二型があり、一型はよく小児が発症する先天的なもので、二型はいわゆる生活習慣(運動不足、過食、肥満など)が起因となって発症するものです(遺伝が大きく関与もするのですが)。
一型の患者さんは、あることが原因(実は詳しくは未だ解明されていないけど、ウィルス感染やビタミンD不足の関係などの説が有力)で、自己の膵臓でのインシュリン分泌がほぼ完全にストップしてしまうため、生命維持のためにインシュリン投与が不可欠です。
でも、インシュリンの投与には、その時の血糖値、経口摂取量(とくに炭水化物)、運動量、自分自身の身体のインシュリンへの感受性(筋肉量とかが多く関係する)などの要素を考えた上で調節が必要で、特に持効型(24時間持続)と超即効型(食事の時に打つ。2~3時間持続)といった2種類のインシュリンを使った「強化療法(一日4~5回投与)」という治療を行っている患者さんでは、自分で自分の状態を把握&診断して、それに見合った量のインシュリンを割り出して投与しなければなりません。
なのでインシュリン量が多すぎたり、運動しすぎたり、経口摂取が少なすぎたら低血糖に、それが逆になると高血糖になってしまい、この血糖値をちょうどいいバランスに保つための、インシュリン量の自己調節というのは、本当~~~に難しいことなのです。
H氏は以前ひどい低血糖発作を起こしており、最近は入院での集中管理とカウンセリングの効果もあって比較的血糖も安定していますが、もともとやせ型で代謝が良く(一型の人はやせている人が多い)、しかも今年になって本格的にマラソンを始めたこともあり、血糖を保持するのが難しく、今でも時々は低血糖を起こしています。
ちなみに低血糖が起こる時というのは突然で(少しは予測もできるけど)、一度血糖が下がってしまうとジュースなどの糖分で急速な対処をしないと、インシュリンショックが起こって意識不明になってしまったりもするので、そうならないための予防と初期症状が出た時の速やかな対処がとても重要です。なので私も、H氏と付き合うようになってからは、自分の部屋に保存の効くパックのジュースをストックしたり、出かける時も化粧ポーチにブドウ糖のタブレットを持ち歩くようになりました(もちろんH氏も自分で持っていますが)。
そんな風に一型糖尿病の彼との新しい日常に、ちゃんと準備をしていたつもりだったのですが…。昨日H氏といったHolmens kirkeでのMessias(メサイア)コンサートで、私、ひー!っとプチパニックに。
Messiasはご存知の通り、3部に分かれる長~いコンサートです(休憩含めて4時間くらい?)。H氏はその日、夕方に1時間ほど雪の中をジョギングし、私が作った夕飯を食べてからコンサートに行ったのですが、コンサートの第1部の真ん中くらいで低血糖を起こしてしまったのです。
隣に座っている彼が「暑いね」と言い出し、確かに彼の側からボッボッと熱気が急に伝わってきます。最初は満席の教会内だし、確かに空気がこもってはいるけど、体温が高いからかな(白人はアジア人より平熱が高い)、と思いましたが、みるみるうちにダラダラと汗が彼の顔に流れだしました。やばい、これ低血糖だ!と。
H氏は自分でブドウ糖のタブレットを持っていたので、それをいくつか食べたのですが、低血糖症状がわかって自分で対処できる程度の低血糖(血糖値3mmol/l前後)の場合、ブドウ糖タブレットを最低でも3つは食べなければなりません。でも彼が持っているのは6つのみ。
前述したようにH氏は代謝がよく、しかもその日は雪の中でのジョギング(10kmくらい)、さらに晩ごはんはサーモンソテー(脂肪分&繊維が肉より少なく血糖値をあまり上げない)、グリーンサラダ、ジャガイモです。いつもはだいたいジャガイモが主食の時にはパンも食べて血糖を保持しているH氏だったのですが、この日は私が晩ごはんを作ったためパンを用意しておらず、気を遣ってか、彼もパンを食べていなかったのです。
さーらーに、この日はお出かけ用の小さいバッグだったし、化粧ポーチはいいや、と彼の車の中に置いて来てしまっていたので、普段持ち歩いている私のブドウ糖タブレットが手元にない!もう糖尿病ナース失格!患者さんには「いつでもどこでもちゃんと持ち歩いてね~。いつどこで低血糖起こすかなんて誰にもわかんないんだから!」と毎日指導してるくせに!!
隣でダラダラ汗を流しつつ、残りのタブレットをもぐもぐ食べつつ、でも私に心配をかけないようにと「大丈夫だよ!」と一生懸命ニコニコしたりおどけて見せているH氏をハラハラ見守りつつ、もう気が気じゃありません。この満員御礼のコンサート中にインシュリンショックになっちゃったらどうしよう、そこまで血糖が落ちちゃったら救急車です。コンサートも中止。自分の部下(コーラスに参加している)のコンサートでそんなことが起きちゃったら、H氏もきっといたたまれないはず。
そんなこんなで1部の後半は私がほぼパニック。H氏は大丈夫だよと言いましたが、1部が終わって休憩になった瞬間に「車の鍵貸して!」と引ったくって駐車場に走り、血糖測定器と私のブドウ糖タブレットを即効で取ってきたのでした(駐車場が近くてよかった…)。
結局血糖も彼が食べたタブレットで安定しており、症状も取れて落ち着き事なきを得ましたが、最悪の事態になる一歩手前でした。その日の運動量、食事量、さらにはなかなか途中退席できないような長いコンサートだし、私ももっと気をつけてあげるべきでした…(と言うとH氏は「糖尿病なのは僕なんだから!」と気にするなと言いますが…)。
ステノでは低血糖が起きた時には、まず1に血糖測定、2にグラス半分くらいのジュースを飲み、3に10~15分程度血糖がその後どう反応するか待って見て、その後4に黒パンなどの吸収の遅い炭水化物を摂取すること、とスタンダードの指導をしていますが、低血糖が問題の患者さんにカウンセリングをすると、だいたい彼らは「そんな悠長なことやってられないよ~!もうパニックになって冷蔵庫の中からその辺にあるものまで、手当たり次第になんでも口に放り込んで飲み込んじゃう」と言っています。
そしてその気持ち、すーーーーーんごくわかった。私自身が低血糖な訳ではないけど、あのパニック、不安はH氏と一緒にいたことでかなりリアルに体験できました。恐かったよー。
H氏が落ち着いても、私はまだ不安で「もうちょっとタブレット食べた方がいいんじゃないの?」としつこく言っていると、H氏は「大丈夫だよ~。これで食べたらもっと後でどかんと血糖が上がるからね(低血糖が起きた後は身体の自然な作用&糖の摂取で一時的に高血糖になる)」と慣れたもの。それを見て私も「低血糖でパニックになる患者さんの気持ちがわかったよ…落ち着いてなんて言ってられないのね…今後の指導の仕方を考えるわ」と反省。言うは易しってやつですね。
H氏には以前にも「患者さんへの糖尿病教室での授業が難しい」という話をしたときに、「僕自身入院して授業に参加してみて初めて分かったけど、一番効果的な指導っていうか、得るものが大きいのって、患者同士の体験、経験の交換だったりするんだ。けっこう”こんなのって自分だけ?ていうか僕だけおかしいんじゃないか?!”って一人で悩んでたりとかする事を、他の人も体験してたって聞くとすごく救われるし、その人がそれに対してどう対処しているかって聞くのはものすごく為になる。もちろんナースや医療者にはそこでその患者独自の対処に対する、医療的コメントをしてもらえるともっといいけどね。だからKanaheiも今度授業するときは、患者に体験談を交換させてみるといいよ」と教えてくれたのでした。で、実際その授業形式はすごく評判になって、患者さんもみんな喜んでくれたのです。
H氏は私について「世界一素敵で優しい彼女、しかも世界一有能な僕の治療者」と言ってくれていますが、私にとっては「世界一素敵で優しい彼氏で、世界一の糖尿病患者心理の指導者」です(すいません、のろけてます)。そんな彼、家に帰ってから「低血糖で大変だったから、特別にクリスマスクッキーをたくさん食べてよろしい」と許可を出したら、本当に満面の笑みでもりもり食べていましたが…。甘党め。
そんなわけで、これからも色々学んで、もっと患者さんの気持ちがわかるdygtig(上手)なナースになりたいです。
写真:
私の部屋にできたH氏用コーナー。低血糖用のパックジュース、銀の缶はクネッケ(クラッカー系パン)、間食用アーモンド(血糖保持に良い)、そしてヒュゲ用クッキーとチョコレート…。インシュリン用の針までなぜかあります。