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難聴者の生活

難聴者の日々の生活から、人工内耳など難聴者のコミュニケーション、聴覚障害者の制度改革について語る。

「新奉仕員」の役割

2009年08月20日 19時11分18秒 | 要約筆記事業
090820-122250さと芋畑.jpg全要研の「要約筆記奉仕員の今後のあり方について」報告書が5月20日付けで発表されて、今年の全要研集会の分科会でも取り上げられた。
報告書は全要研のサイトにもでている。
http://www.normanet.ne.jp/~zenyoken/katudo/reportarikatanew.pdf

今まで要約筆記奉仕員の活動してきた方は、
今までの活動(A)から要約筆記の活動(B)を引いた残り(C)が今後の新奉仕員に期待される活動(D)になると思われているのではないか。
(C)=(A)-(B)
(D)=(C)

しかし、社会に1300万人も難聴者がいて、みな支援を受けられない現状があり、活動範囲はもっと広いはずだ。
(D)>(C)+α (α≠0)

新奉仕員が地域に散在する難聴者と社会資源に「つなぐ役割」を持つとすれば、「新奉仕員の役割」は難聴者と要約筆記関係者だけで決められず、その地域の社会資源とのネットワークの中で浮かび上がってくるのではないか。

そうすると多様な活動が予想されるし、新奉仕員「養成」カリキュラムも柔軟性をもたねばならない。
しかし、人の支援に係わる以上、対人支援の技術は重要だ。自分から権利の主張が出来ない難聴者に対しては権利擁護の視点は落とせない。


ラビット 記
写真は、さと芋畑




都議選と要約筆記事業

2009年07月12日 09時20分52秒 | 要約筆記事業
090712-052144.jpg朝一番で、都議会選挙の投票に行ってきた。郊外団地街だが意外と高齢者が多いのに驚いた。

難聴者協会で、都議候補者や都議会各政党に協会の要求に対する政見を問いただして、情報提供することが出来なかった。

東京都の要約筆記者派遣事業の廃止について、都議会に8千筆の署名を提出し各政党に要望もしたが、議会では質問にも取り上げられず当局と与党議員との話し合いで終わってしまった。野党からは連絡もない。

聴覚障害者関係団体や他の障害者団体への説明が足りず世論の展開が不十分だったかも知れない。
東京都が事業を実施する責任があるということと団体派遣の意義についての説明だ。

東京都は、要約筆記者派遣事業は区市町村の事業だからという一点張りだったが、静岡県では障害者自立支援法第77条2項により県が要約筆記者派遣事業を実施するという実施要項も出ている。
http://www.e-switch.jp/szdi-center/youyaku/youyakuyoukou.pdf

市町村で実施することが出来ない事業を肩代わりすること、広域で実施することが妥当な事業は都道府県が実施できるのだ。基礎自治体が必須事業が出来ないとき、広域事業体としての都道府県の責任になるはずだ。
東京都が団体派遣を区市への移行を強行したのは、東京都の予算を削減するための方策だったとしか思えない。

もう一つは、団体に対する要約筆記の派遣は「団体」に対する派遣というよりは難聴者等を含む「場」に対する支援だ。
コミュニケーションの本質が双方向の意志疎通であることを考えれば、聞こえない人にのみ対する支援ではなく、聞こえる人にとっても聞こえない人の参加の保障が不可欠だ。つまり、コミュニケーション支援は本質的にコミュニケーションの「場」への支援なのだ。
要約筆記が中途失聴、難聴者の団体派遣が制度化されてきたということはコミュニケーションの場への支援の制度化だったのだ。
東京都の考えた区市町村による費用按分方式は、団体派遣のようだが個人が一人ずつ派遣を依頼するという点ですでに団体派遣の意味がなくなっている。

東京都は、スウェーデンの国家予算にも匹敵する財政力があるのに、たかが数百万円の事業を止めなければならなかったのか。
今の都民に不要な東京五輪をあきらめ、緊急性の高い障害者の生活と健康、福祉を安定させるためにこそ、その力を使うべきだ。


ラビット 記




今日は遠方の法事に要約筆記の派遣を。

2009年06月16日 11時03分56秒 | 要約筆記事業
090616-093009.jpg入社以来の同僚に不幸があり、法要に会社の上司や多数参列すると思われたので、要約筆記者の派遣を依頼した。

家から電車を乗り継いでもうすぐ着くが4時間もかかる。居住地で広域派遣の制度があるわけではないが、派遣センターが先方の派遣センターに取り次いでくれた。
こちらのセンターも先方の県も各市と要約筆記者派遣の契約をしていないと出来ない。

着いた。


ラビット 記





新しい要約筆記事業の説明会

2009年05月23日 15時53分16秒 | 要約筆記事業
090426-101130.jpg4月26日、東京都福祉保健局障害者施策推進部自立生活支援課担当課長、東京手話通訳等派遣センター所長等を招いて、東京都の要約筆記事業の廃止に替わる区市按分方式の説明会を行った。

東京都は障害者自立支援法により要約筆記者派遣事業は区市町村の事業となったことを理由に団体派遣に相当するグループ派遣を廃止し、複数の難聴者等が参加する場の要約筆記者派遣事業を区市の要約筆記者派遣制度により、費用の参加者の按分による方式を区市に提案した。

区市は、東京都のグループ派遣の制度の費用負担を参加者で按分する制度に変更したのだ。私たち利用者の意向を無視して進めたために大きな矛盾がある。

利用条件を参加者全員が申請すること、10人以上としたこと、個人の申し込みに主催者が確認することなどが問題と指摘されている。
全員が事前に申請することは当日の状況により行けることもあれば出来ないこともあるので鼻からできない条件だ。
さらに10人以上とすることでそれ以下の人数の活動が制約される。小さなサークルや少人数の集まりは少なくない。
さらに聞こえる人の中で聞こえない人が参加する場合は対象外なのだ。聞こえない人のみが制度の利用をすることになり、コミュニケーション支援が「場」への支援であることからも矛盾している。

区市により、利用時間の上限が設定されているところもあるが、費用は按分されるのに利用時間はそのままカウントされる。
これでは、活動が活発な人ほど利用制限が考えて抑制してしまう。支援費制度の利用申請の急増を考えてのことだろうか。考え方が逆でないか。

東京都は特定の団体には派遣しないとして「10人以上の任意のグループ」に対してしか派遣しなかった。これは当事者団体の活動の意義を否定するものだ。
当事者が多く集まって様々な活動をすることは難聴者等自身の意識の向上や、社会の障害者に対する理解の促進にとっても重要だ。

難聴者協会が一番多く利用しているとしてもいろいろな団体が利用するためにはこれらの条件をなくさなくては当事者の活動が活発にならない。


ラビット 記




市町村要約筆記者派遣事業の利用者の負担

2009年04月21日 13時11分36秒 | 要約筆記事業
090419-170558.jpg市町村で要約筆記者派遣事業が始まる。障害者自立支援法で必須事業になったにも関わらず、実施していない自治体がまだある。

しかし、要約筆記者派遣事業の開始に利用者に様々な形で負担を求めてくるとしたら、止めさせなければならない。

コミュニケーション支援は聞こえない人だけが受けているのではない。聞こえる人も利用している。聞こえる人も自分の話を相手に伝えてもらっているのだ。
コミュニケーション支援事業は、聞こえない人が申請することになっているが、だからといって聞こえない人だけが負担するというのは筋が通らない。

要約筆記者の派遣は無償で実施するが派遣に関わる交通費を利用者負担というのは形を変えた利用者負担だ。
それは利用者によって利用をためらわせるもの以外でしかない。

午前中病院に行き、午後から市役所で相談し、その跡地域の会合に出ると行った場合、その都度要約筆記者を派遣依頼すれば負担が増える。積極的に自分で社会に参加しようとすればするだけ負担になってしまう。
医者に行くのに要約筆記を利用するのをためらってしまうだけでなく、受診も止めてしまうかもしれない。

要約筆記者にかかる交通費はまちまちだろう。自家用車を使って移動する人もバスを使って移動する人もいる。いつも同じとは限らない。いくらかかったか聞こえない人に説明して請求する?現金で支払う?
視覚障害者は点訳奉仕員、朗読奉仕員にサービスを受けるのに交通費を負担するのだろうか。手話奉仕員と交流するのに交通費を払うことはないだろう。

行政の提供するサービスにそんなあいまいな負担が合ってはならない。市民プールの料金だって、料金は議会で承認を求めなければならない。
要約筆記者派遣事業にいかなる形の自己負担もあってはならない。

要約筆記者がこれに反対しているだろうか。要約筆記奉仕員として養成されたなら、要約筆記事業が社会福祉法第2種事業の権利を守るための事業であることも学んでいないかも知れない。守秘義務あることや対人支援の考えや方法も学んでいないのだろうか。

コミュニケーション支援の有料化がいかに聞こえない人の権利を奪うか、考えてほしい。


ラビット 記




東京都の要約筆記者派遣事業を残せ!

2009年02月15日 22時46分01秒 | 要約筆記事業
090212-182434雛人形.jpg我々は、広域派遣の捉え方が行政に引きづられていないか。

東京都は、国の意向や障害者自立支援法の趣旨だとして、あくまでも唯一都の事業として残っていた集団の場への要約筆記者派遣事業の区市事業への移行を強行する構えだ。

個人が居住地以外で要約筆記派遣を利用する広域派遣と違う、同一の場所に複数の居住地にまたがる難聴者等が派遣を依頼した場合、全体投影(OHPやOHC、液晶プロジェクターによる要約筆記)の広域派遣はどのように考えるべきか。

障害者自立支援法以前は、都道府県で要約筆記奉仕員派遣事業が実施され、多くの都県で団体派遣が行われていた。これは、1970年代みみより会や当時各地で結成された難聴者協会の会合の情報保障としてOHPを使った要約筆記が行われていたからだ。つまり手話によるコミュニケーションが使えない重度の難聴者の集団討議を可能としたのがOHPによる要約筆記だ。

元々集団の場のコミュニケーションをするために生まれたのだ。

ここに、コミュニケーション支援の本質がある。つまり、さまざまな聴力、コミュニケーション方法を持つ難聴者、健聴者も含めた人々の間のコミュニケーションを成立させているのだ。それは、要約筆記はその場にいる人々全体のコミュニケーションを支援しているということだ。「場」へのコミュニケーション支援である。

聞こえない人一人と聞こえる人一人の間であっても、そこには「場」が存在する。その「場」を要約筆記、手話通訳が「意志の仲介」をするのだ。

聴覚障害者のみがコミュニケーション支援サービスを利用していると考えるのは大きな間違いであることに気づく必要がある。

それを「場」に参加した聴覚障害者一人一人を調べて、居住自治体に按分して負担させるなんて、まったく愚の骨頂だ。それなら聞こえる人にも負担させるべきだし、都庁前の広場を通る人に利用料を徴収すべきだ。

広域派遣とは、行政の都合だ。コミュニケーションは行政区分では区切れない。

東京都は目を覚ませ!!


ラビット 記





難聴者の社会福祉学習 社会福祉援助技術ノート(4)

2009年02月15日 17時42分29秒 | 要約筆記事業
090110-110331.jpg要約筆記者が社会福祉サービスの担い手としてコミュニケーション支援にあたるというのは、障害者自立支援法の地域生活支援事業のコミュニケーション支援事業が提供されるということだ。

その要約筆記者によるコミュニケーション支援は、社会福祉援助技術としての個人援助、集団援助、地域援助があるが、どれにあたるのだろうか。

聞こえない難聴者が要約筆記を利用してコミュニケーションするのだから、「個人援助」だろうか?難聴者協会の例会などの場合は「集団援助」なのだろうか?地域において要約筆記者派遣サービスが利用されるということは「地域援助」なのだろうか?

東京都は要約筆記者派遣サービスが地域生活支援事業で区市の必須事業になったとして、団体、集団への派遣も個人に対する支援であるとして、派遣費用を集会に参加した聴覚障害者の居住区市に按分することを考え、区市に対して説明を始めている。

しかし、説明を受けた区市から、公平な費用負担が出来るのか、急な変更は無理と疑問を出されている、事業の実施を依頼された手話通訳等派遣センターも費用按分の事務は実務上無理としているが東京都は来年度の予算は計上せずに何が何でも強行する構えだ。

派遣を依頼した聴覚障害者の名簿を要約筆記者に現場まで持参させ、集会の主催者に参加者をチェックさせて、また要約筆記者に報告させるという無茶苦茶なことを考えている。

申し込んだ聴覚障害者のリストを要約筆記者に持たせたり、主催者に、参加者に障害の有無や居住地をチェックさせるなんて、ファッショも良いところだ。障害を理由にした差別そのものであり、憲法の保障する集会参加の自由すら損ないかねない問題だ。

これが大東京の貧困な聴覚障害者の福祉の実態だ。


ラビット 記




やきいもと要約筆記?

2008年09月08日 07時00分29秒 | 要約筆記事業
080907-195025.jpg昨日は、S県S市で、難聴者協会が助成を受けて実施される要約筆記者研修事業の最初に、「障害者自立支援法と障害者権利条約~コミュニケーション支援事業の同行について」を話した。

障害者自立支援法と障害者権利条約は全くよって立つところが違う。
障害者自立支援法は、増大する支援費の予算措置を応益負担の導入を前提に実施された制度だ。それまでの施策に大きな転換点はない。
一方、障害者の権利条約は国際的な障害者の権利の確立を目指した人権条約だ。国際的な障害者運動の発展的な内容を反映している。

政府は権利条約に署名したものの批准に向けた大幅な法改正や障害者差別禁止法などの制定には消極的だ。
障害者自立支援法の見直しが2009年に行われるが厚生労働省自身が権利条約の批准のためではないことを言っている。

講義の後、要約筆記者が難聴者の権利を守って活動するとは具体的にどういうことか、要約筆記者と難聴者の関係はどうなるのかという鋭い質問があったが、短い時間ではかえって混乱しかねないので回答は控えた。
要約筆記者が難聴者の権利を守るということは要約筆記自体が権利擁護の事業であり、活動であることを理解しなければならない。
要約筆記奉仕員養成カリキュラムでは、要約筆記事業の法的位置づけ、他の社会福祉サービス都の関係、要約筆記が通訳として機能するための考え方、技術について十分学ばない。

今後のコミュニケーション支援事業は、地域福祉のあり方の見直しの中で地域の中に深く組み入れられなければならない。地域の中に何も支援を受けていない難聴者が大勢いるからだ。
地域の中で聞こえの活用と要約筆記の補完的、あるいは複合的な利用が出来るような働きかけが必要と説明したところで時間がなくなってしまった。


近隣のスーパーに焼き芋が復活した。


ラビット 記







要約筆記奉仕員養成講習会終了にあたって

2008年09月06日 09時02分51秒 | 要約筆記事業
080827-085112.jpg要約筆記奉仕員養成講習会の終了にあたって、難聴者の立場から、考えた。

講習会の内容が奉仕員講習会のカリキュラムに沿ったものだとすれば、要約筆記が難聴者のコミュニケーション支援の手段の一つであることは学ぶだろう。しかし、聞いた言葉をその場で文字にして書くことの難しさも感じているだろう。
聞こえない人の大変さを理解しても、自分がそれを支えるだけの力を持っていることに自信がないので、終了後の活動に参加する人が少ない。

そうした人たちに終了後も難聴者とのつながりを持ってもらい、要約筆記社への道をあゆんでもらうために、何を話したらよいだろうか。

一つは、難聴者の困難なことに挑戦しているを実感として感じてもらえるような話。もう一つは、難聴者が何を一番に求めているかということを理解してもらう話。最後に、コミュニケーションの成立はどのように出来るかという話をしたい。

難聴者は人と一緒にいても「一人」でいる。テレビを見ていても聞こえない言葉が続けば何か分からなくなってしまい、聞く気持ちが萎えてしまう。高齢者の場合は、子供夫婦や孫に聞き返すのも遠慮してしまう。一緒に見ている家族が笑っても追従笑いしかできない。これは寂しい。コミュニケーションの断絶状態にいつもいる。
所々しか聞こえない、ところどころ聞こえないことがある。これが「孤立」につながること、補聴器で聞いたりしても自分だけの力ではどうしようもないこと、しかし、難聴という障害は理解しにくいために理解を求めるのも難しい。
地域でも職場でも家庭の中でも難聴者は寂しい思いをしながらもみんな負けないで我慢して生きている。

何で、我慢するのか。それは聞こえないのは自分のせいだと思っている人は多い。また、確かに難聴なのは自分だが聞こえの問題を自分だけでは解決できないこともすぐには解決できないことも分かっている人もいる。
そうした時、難聴者は自分が苦しんでいることを理解してくれる人を求める。
いま聞こえなくて毎日が大変だが自分のことを理解している人が同じ会社にいる、同じ地域にいる、家族にいるということが「我慢する」支えになる。
これは、要約筆記が出来る出来ないに関わらず、理解してあげること、理解していることを伝えることは出来る。
要約筆記奉仕員養成講習会を終了したばかりの人がもちろん明日から要約筆記が出来るわけではないが、少なくとも難聴者のいろいろな問題は学ん出いるはずなので、自分という存在が難聴者の支えになることを理解してもらおう。

難聴者が困難を感じているのはコミュニケーションが出来ないことだ。そのコミュニケーションを成立させるにはいろいろな方法がある。静かなところで話をするのもそうだし、ゆっくり話をするのもそうだが、筆談が難聴の程度に関わらず有効だ。確実に伝わるし、書くという行為はけっこう負担だがそれを自分のためにしてくれているという気持ちも伝わる。
難聴者には、書かなくても大丈夫、聞こえますという人もいるがそれでもはなしながら書くということを繰り返していると書いたものを見ることが自分には全部伝わっているという安心感になる。
要約筆記が出来なくても、筆談することで難聴者とコミュニケーションすることが出来るし、気持ちの安定につながる。

要約筆記者になるということは、難聴者にその場の聞こえを文字で書くことにより保障するという非常に難しい仕事なのですぐにはできないこと、しかし
そのことにより難聴者の社会の中で生きる権利、一人の人間としての尊厳が守られることを伝えたい。


ラビット 記




これからの地域福祉・研究会報告書と難聴者施策

2008年07月28日 21時56分13秒 | 要約筆記事業
080728-125944.jpg厚生労働省のWEBに、地域福祉のあり方に関する研究会の報告書が公開されていた。
議事録も出ているが、1980年代から地域で福祉の充実を図る方向が打ち出され、2000年の社会福祉基礎構造改革前後から、高齢者、児童、障害者など分野別に施策は大きく転換されてきた、しかし、国民のニーズが多様化している中、さらに分野横断的な支援サービスが求められ、その担い手や行政の役割等を検討する必要があると説明されている。
(第一回議事録中村社会援護局長、大橋座長発言)
http://www.mhlw.go.jp/shingi/2007/10/txt/s1003-1.txt

難聴者が難聴者当事者集団以外にも地域に多く分布しているならば、地域でケアを受けられる仕組みを構築するためには何が必要か、何が課題なのか、専門家も交えて、積極的にアプローチしたい。
>そのためには、2007年10月から2008年3月まで精力的に開かれた研究会の内容をよく研究したい。
「平成20年3月31日
これからの地域福祉のあり方に関する研究会報告書

「これからの地域福祉のあり方に関する研究会」を開催し、
平成19年10月より検討を行ってきたところであるが、
今般、別添のとおり報告書を取りまとめた。」
http://www.mhlw.go.jp/shingi/2008/03/s0331-7.html

報告書本文
http://www.mhlw.go.jp/shingi/2008/03/s0331-7a.html


鹿児島の種子島の新米が入庫した。
この時期の新米は水加減に注意して炊飯が必要だ。
炊いている時の新米の香りは格別。
もう昼休みが終わる。


ラビット 記




東京の要約筆記者の対応

2008年07月27日 21時58分48秒 | 要約筆記事業
080727-冷やし中華004355.jpg080727-チャーハン065857.jpg昨夜は、理事会だった。

派遣センターに登録された要約筆記者の団体から難聴者協会に対して、交流会と意見交換会の二つの企画の提案があった。

登録要約筆記者ということは、有料派遣も含めて、公的派遣を担っている人々だ。
東京の個人派遣の大多数、おそらく90%以上は非会員が依頼している。それだけ要約筆記が社会に浸透しているとも言える。
協会の会員は個人派遣の利用が少ないが、社会の中でアクティブに活動している会員は要約筆記のコミュニケーション支援を主体的に利用している。
職場にも初めての人が派遣され来ても一緒に来たベテランよりも良い書き方をする。ちゃんと会議の内容にあわせて書ける人が増えているのは嬉しい。

しかし、こうした利用者から、要約筆記に対する不満や要望が出てきているのは何らかの警報だろう。派遣元が変わるまでは自主財源で要約筆記者のレベルと集まれる時間帯に分けて少人数で年間研修を30回も行っていたのが移行後は手話通訳と一緒に年数回のみだ。

一般ユーザーのからの反応はないというが派遣が終わった後利用についてアンケート用紙を渡してくる位しないとならないだろう。
普通のサービス業でも顧客満足度を高めるために意見や要望を聞くための様々な手法を開発している。
トラベル関係のサイトではホテルは利用者の生の声を投稿してもらいそれがそのまま評価になっている。
どんな業界でも消費者の声を聞くことに多大な経費と労力を割いている。

こうした要約筆記利用者の要望を吸い上げ、対応するにはいろいろな方法があるだなっているろう。アンケートも一つの手だ。意見交換会形式は集まった人に自分がどうい羽ところで利用しているか漏れてしまう個人情報問題がある。登録要約筆記者内で事例研修を行うことが出来る。

協会の会員は、例会、理事会、サークルの活動以外に、自らの生活の場で積極的に要約筆記を使って欲しい。先日の東京都の交渉で初めて個人依頼した人もいた。


帰宅して冷やし中華を作った。といっても麺をゆでて具材を載せるだけだが。今朝は、冷凍のチャーハンをフライパンで炒めて、肉を玉葱血と炒めたのを添えた。これにお気に入りの「陽だまりの珈琲」を入れて飲めばうーんだ。


ラビット 記







地域の要約筆記者に求めること。

2008年07月27日 08時04分11秒 | 要約筆記事業
080725-ホッピーカー185908.jpgホッピーカー80724-184357.jpg今日はM市で講義。地域福祉の関わりで要約筆記事業の意味を話すつもり。
恐らく、参加された要約筆記者が市で養成されて長く活動して来たことを評価して欲しいと期待しているなら、そういう話にはならないと思う。

市町村で奉仕員として養成された方々は、本来は社会参加促進事業としての役割、社会で難聴者と支援専門機関、当事者団体、支援者団体とを結びつける役割を担なうはずだ。
難聴と難聴者を理解し、地域の支援ネットワークの中で難聴者が参加できるような環境整備や人間関係を築いてくれる役割だ。
出来るだけ多くの人々が「難聴者支援コミュニケーター」とか「聞こえのサポーター」になってもらうイメージに近い。

講義は終わった。
今後の要約筆記者のあり方については説明したが、「では、難聴者と関わっている私たちは具体的にどうすればよいのですか。」という質問があったように、権利擁護の通訳としての自分たちという意識でいま関わっている難聴者以外の難聴者のために地域に関わる意味が十分に説明できなかったようだ。

これは今度のN市の講義に際しても補足しておこう。


ラビット 記




地域における要約筆記者の役割(3)

2008年07月25日 07時47分41秒 | 要約筆記事業
紅いダリア80724-084436.jpg赤紫色のダリア80724-084452.jpgいくら難聴者が地域との接触を避けていても、そこに居住している以上、ゴミの処理から地域住民の寄り合い、冠婚葬祭、子どもの保育、通学など避けられない。高齢になれば、介護サービスを受けるために市町村の窓口、介護支援者とのコミュニケーションも必要になる。

その難聴者に接した近所の住民や市町村の職員、介護や保育のサービス従事者、教職員、自治会役員関係者、各種ボランティア団体、商店街、交通機関従事者が難聴者の特徴とコミュニケーション方法を知っていれば、それだけで難聴者のバリアーはかなり下がるし、またカウンセリングなどの専門的支援や身体障害者日常生活用具、補聴器の給付、購入補助、要約筆記サービスの利用につながる。

特に、高齢者支援ネットワークは地域に構築されているので、そのサービス提供者に難聴支援の必要性の理解やノウハウが入ると高齢難聴者のQOLは格段に高くなる。高齢者が各種サービスを利用するのに要約筆記サービスも併用することが考えられる。

障害者権利条約の批准に伴い、障害者福祉のみならず就労、教育、自治、司法そのほかの分野に、難聴者の権利擁護の手段として要約筆記の登場する割合は格段に高くなる。


地域福祉は、社会福祉法の第一条の目的にその推進が掲げられている。福祉サービス利用者の利益の保護及び地域における社会福祉(地域福祉)の推進を図ることだ。
第3条には、福祉サービス提供の理念として、「個人の尊厳の保持」と「自立生活の支援」が掲げられている。
(続く)


ラビット 記




地域における要約筆記者の役割(2)

2008年07月25日 06時26分23秒 | 要約筆記事業
黄色い花080724-084515.jpg紅い花80724-184936.jpg私たちは、要約筆記事業が地域生活支援事業の名の下で行われることにもっと注意を払うべきだろう。

難聴者は、地域社会から疎外され、また自ら関わりを避けていたということがあるが、そのことも含めて地域社会の中で支えられなければならない。
これが、新しい社会福祉のメインストリームである地域福祉の基本的考えだ。行政と住民が協動して、障害を持つものも持たないものも暮らしやすい、安心して過ごせる地域づくりを目指すことはどういうことか考えてみたい。

要約筆記はどういう支援なのか、一般の難聴者自身は知らないので利用しない。たいていは、難聴者協会や難聴者のいろいろな団体かが例会やイベント等でOHPによる要約筆記が行われているのを初めて見て、知ることになるのではないか。

しかし普及が遅れているのは難聴者のせいでも難聴者協会のせいでもない。聞こえに支障のある人々に要約筆記というコミュニケーション支援サービスがあり、利用を呼びかけるのは行政の本来の役割だ。
障害者自立支援法以前は要約筆記事業は都道府県で行われていたのがほとんどで市町村で実施していたところは少ないので、必須事業化されても障害福祉課の職員ですら知らない。未だに要約筆記者派遣事業を行っていない理由として、ニーズがないというのは話が逆だ。他の市町村、過去の都道府県の事業をみればニーズのあるのは一目瞭然だ。

要約筆記が地域の他の社会資源にどういう支援をするのか、どういう資格を持った人が支援するのかが知られていないことも一因だろう。
(続く)


ラビット 記







地域における要約筆記者の役割(1)

2008年07月25日 06時24分32秒 | 要約筆記事業
ひまわり080724-084530.jpgダリア080724-084452.jpg障害者自立支援法で、要約筆記者等コミュニケーション支援事業は市町村の必須事業となった。

必須事業となったことに多くの意義がある。
一つは、聴覚に障害を持つ人々はコミュニケーション支援を受ける権利のあることが法律で規定された、法定化されたということだ。
それまで、コミュニケーション支援事業、要約筆記事業は厚生労働省の通知によるもので、どこが実施責任を負うのか法的な根拠はなかったのだ。

二つは、コミュニケーション支援が行政の必須事業であるということは、その支援に社会福祉サービスとしての専門性が要求される。
特に財政状況が厳しい現状では、行政はサービスを厳選し優先順位をつけて実施せざるを得ない。誰もが出来る支援、思いやりなどは共生社会では互助として、地域住民が担う必要がある。

三つ目は、市町村の事業であることだ。
市町村の事業というのは、その人の居住する生活の場所で地域の実情に合わせた場所で支援サービスを受けるという「地域福祉」の意味であり、もちろん市町村の財政状況によって受けられるサービスに格差が生じるのはやむを得ないということではない。
本来は、誰でもどこでも日本国民として憲法に保障された健康で文化的な最低限の生活が保障されなければならない。

私たちは、地域福祉の事業として、要約筆記事業がセットされたという意味を深く考える必要がある。
難聴者は、その聴覚の機能障害がコミュニケーションの障害であることから、自治会の祭りや集まり、学校行事など自ら地域社会との関わりを避けてきた。近所の住民との挨拶すら避けたりする。それらの難聴者は移動の困難はない人が広域に活動、社会生活を送っている。
(続く)


ラビット 記