◆土曜日に続き日曜日の一般公開
護衛艦くらま就役30周年特別公開、今回は第二日目の公開の様子を紹介しましょう。
海上より見上げたヘリコプター搭載護衛艦くらま。第二日目は艦内一般公開の見学とともに、瀬川汽船が一日一便を運航する佐世保湾クルージング船上から撮影する軍港佐世保の姿と併せて写真を掲載してゆきます。くらま、折角の30周年、二日間特別公開が行われるのだから、一日で帰るなんてのは勿体無い。
輸送艇2号、輸送艇1号型の一隻で佐世保地方隊に配備されています。建造は佐世保重工ですから、地元出身というところ。満載排水量540tで非常に小さく、人員70名と軽車両を揚陸します。ゆら型輸送艦の簡略型として建造された輸送艇ですが、この角度から見ますと交通船と輸送艦の中間というのがわかるでしょうか。
くらま、見学前に一枚。この輸送艇2号は1992年就役で、今年が就役20周年。全長52.0 m、全幅8.7 m、吃水1.6
m。3000hpnディーゼルエンジンにより最高速力は12ノットとなっています。離島災害派遣を考えると港湾設備が使えない場合には重宝しそうですが、思い出すことが一つ。
くらま見学へ移動です。さて先ほどの輸送艇1号型ですが、単なる車両輸送ならば佐世保港を五島列島や対馬をと結ぶカーフェリーにはかないません。管区内の2010年奄美大島豪雨災害でも第8師団は海上自衛隊の輸送艦を待つことなく、被災地へ輸送力が大きい民間カーフェリーで展開していましたね。
くらま艦尾、可変深度ソナーVDSが装備されています。はるな型にも装備される予定だったものですが。くらま艦首には大型のOQS-101ソナーが装備されています。潜水艦の音響を探すためのものですが、海水の塩分層や温度層で音の伝達は大きく変わります、海流海象全て変化要素になるのですが、VDSは簡単で、海水の層の下に潜水艦が隠れているのなら、その深度までソナーを潜らせれば発見できる、というもの。
くらま、は潜水艦の天敵です。ソナーが発見した目標はこのアスロックランチャーから攻撃を加えて撃沈します。魚雷は警告などはできません、見敵必殺というもの。潜水艦は艦載機の三機の哨戒ヘリコプターが追い詰めますので、ヘリコプターが行動を封じた潜水艦を護衛艦が一撃加えるということ。
アスロック八連装発射器操法展示。2006年に中国海軍が漢級原潜を我が国領海に侵入させ、海上警備行動が発動されました。結果、漢級潜水艦は、くらま、以下出動護衛艦に延々と追い掛け回され、隠密性が売りにも拘らず原潜が動きを封じられ、その様子が報道ヘリでテレビ中継されるという体たらく。
海上警備行動の護衛艦くらま、を前に原潜は遁走しました。これを逃がした、拿捕できなかった、と批判する方もいましたが、これは阿呆らしい批判というもの、御覧なさい、中国海軍は日本近海に水上戦闘艦部隊を展開させ、示威行動を取るようにはなりましたが、あののち、潜水艦は出さなくなりました。海上自衛隊の対潜能力の前に、中国潜水艦は日本に近づけなくなった、ということ。
ヘリコプター発着管制室。ヘリコプター搭載護衛艦はるな、から装備されることとなりました。発着官制をおこなう施設で、荒天時でもヘリコプターの発着を支援することが可能です。このほか、着艦拘束装置をカナダから導入したことで、米海軍が空母艦載機として運用するHSS-2大型対潜ヘリコプターを搭載できるようになり、海上自衛隊の艦上対潜航空能力は劇的に強化されたのです。
くらま砲雷長小野2佐。白い制服が艦上に映える。ところで、30周年特別公開当時は、くらま艦長佐々木輝幸1佐、佐々木輝幸1佐は2011年12月8日(開戦記念日!)に練習艦かしま艦長を拝命されたとのこと。三月に江田島へ外洋練習航海くらま出港を撮った際に、最初に練習艦かしま、が出港したのだけれどもその時の艦長さんだ。現くらま艦長は小沢輝男1佐があたっている。
掲げられたスローガン。2009年10月27日に関門海峡で韓国貨物船カリナスターが、狭い関門海峡で禁止される追い越しを行い航路を逸脱、くらま、に衝突し艦首破損火災発生の事案があり、このことを示しているのでしょうか。当時は韓国船船長が虚偽報告を行い、のちにAIS航跡解析で虚偽が判明したことがありました。
【艦は家】、我を護れ、仲間を守れ、「くらま」を守れ、なるほど。しかし、カリナスター衝突事案ですが、全国のメディアは海上自衛隊に非があるような報道を行って後、韓国船船長の虚偽報告で韓国船の航路逸脱が要因であることは報じませんでした。メディア不信と新聞離れ等が叫ばれていますが、事実を報じなければ必然的に流れていく、ということか。
51番砲、52番砲、強力な威力を発揮する護衛艦くらま、の主砲です。近年はミサイルに取って代られる印象があるのですが、5インチ砲はGPS誘導砲弾に射程延伸弾との組み合わせて対地攻撃に威力を発揮する100km以上の射程を有する最新型62口径砲が開発されましたし、3インチ砲はレーダー誘導砲弾として対空用の強力な新型が開発、まだまだ艦砲の時代は続く、と当方は考えています。
くらま艦内へ。艦内に輝くのは護衛艦くらま艦名板。昭和56年3月27日、時の海上幕僚長前田優海将によるものだそうです。くらま、といいますと、京都の鞍馬山の名を冠するもので、毘沙門天を祭る山、聞けばサンスクリット語が語源だそうで、インド海軍の新空母ヴィクラマディチャのクラマ、とも重なるものだとか。
くらま歴代艦長。護衛艦くらま、ですが艦名としては帝国海軍の時代から数えれば、初代巡洋戦艦鞍馬、二代空母鞍馬、より数え三代目にあたるとのこと。二代目の空母鞍馬は雲龍型空母の未成艦で海軍第5次充実計画として計画された16隻の空母の9番艦として計画されました。もっとも、起工した直後に選挙区悪化で中止となってしまったのですが。
艦橋の様子。空母鞍馬と護衛艦くらま、不思議なつながりがあります。護衛艦くらま、は、はるな建造の第四次防衛力整備計画、当初は五次防と呼ばれた計画に依拠して建造されることに、結局石油危機でうやむやになり、ポスト四次防という呼称で呼ばれたのですが、海軍第5次充実計画の空母鞍馬と、同じ五次、なのですよね。
艦橋はかなりの盛況だったのですが、涼しいここで見学の方々としばし雑談、翌日体験航海が行われる、ということを聞きました。なんでも、定期整備で長崎へ行くため、造船所や関係者を乗艦させ、佐世保から長崎まで体験航海を行うということ。出港時間なども、体験航海へ乗艦するかたからお教えいただきました。なるほど、なるほど。
佐世保湾内の様子はある程度把握できていまして、逆算すればどのあたりに何時ごろに到達するのか、も。しかし、確実なのは長崎港へ、出港を佐世保で撮影し大村線を長崎本線へ、快速マリンライナーと必要ならば特急かもめ乗継で、駅からは三菱の対岸まで市電を利用すれば、そんなことを考え始めたわけ。
撮影できるのならば、大海原を進む護衛艦くらま、を撮影したいものです。別の場所で聞けばカリナスター衝突事故の修理後に舞鶴基地へも寄港していたとのことで、護衛艦がどう行動するかは、部外秘、当方も敢えては聴かないのですが、そういえば体験航海くらま入港を撮ろうと清水サマーフェスタに足を運ぶも豪雨で体験航海中止になったことを思い出したり。
くらま飛行甲板。艦内を一通り見学して、一礼し桟橋へ戻ることに。瀬川汽船が一日一便を運航する佐世保湾クルージングの時間もありますので、このあたりで中座ということにしました。ちなみに、かなり本日作成の記事が長くなりましたので、クルージングの記事は次回にじくりと掲載することとしましょう。
護衛艦ゆうだち、とともに。凄くどうでもいい話ですが、佐世保地方隊HPでは両日一般公開を見学すると記念品がもらえる、ということでした、が、くらま見学時にこの話を聞いてみますと、これは初日に聞いたのですが、・・・、え?、そんな話在りました?やりませんよ?、と。代わりにパンフレット大盛りでもらいました。ううむ。
ところでスマンかったです。地方総監部は米海軍佐世保基地の正門対面の少し高台になっているところで、此処は倉島庁舎、佐世保地方総監部はもっとむこう、広報館のあるあたりです。津波への脆弱性を別の記事で書きましたが、地方総監部はもう少し標高が高い場所、海抜のある場所ですので、大丈夫やもしれません。
お土産購入です。ここにはPXのほか、自販機もありました、アイスクリームもうっていましたし、土産物に酒類から自衛隊フィギュアまで置いていました。記念に購入したのは識別帽新デザインと、サイドパイプ。しかしこのサイドパイプ、京都では中々練習する場所がありませんね。舞鶴とかに行った際に吹いたら迷惑でしょうし。
海上自衛隊の業務車両。陸上自衛隊の73式小型トラックを長く運用していた海上自衛隊ですが、陸上自衛隊が後継に充てている1t半パジェロを導入することはなく、民生車両を仕様変更して導入しているようです。無理に自衛隊仕様とせずとも、ということでしょうか。もっとも、基地警備には機銃を搭載可能な車両が欲しいと思うのですが。こうして佐世保基地での見学を完了し、佐世保港へと向かったのでした。
北大路機関:はるな
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